第三部・後半——ユキの夏と秋 第七章 ユキの時間、俺の時間
春が終わる頃から、ユキの状態は安定していた。服薬が効いていた。仕事も続けていた。
しかし月に一度、レンはユキのところに行くようになった。
以前は年に数回だった。それが自然に変わっていた。
ユキは特に何も言わなかった。ドアを開けるたびに、トーストか、夕飯か、何かが台所にあった。
ある夜、ユキが聞いた。
「あなた、最近来すぎじゃない?」
「来すぎてる?」
「来すぎてるとは言ってない。来すぎじゃないかと聞いた」
「来たいから来てる」
「仕事は大丈夫なの」
「大丈夫」
ユキはしばらく台所の方を向いたまま、何かを考えていた。
「心配してくれてる?」
「してる」
「言わなくていい。顔でわかる」ユキは振り向いた。「あなたは昔から、心配してる顔と普通の顔が同じなの。でも目が違う」
「どう違う」
「普通のときは遠くを見てる。心配してるときは、私を見てる」
レンは少しの間、返せなかった。
「……今は、どっちに見える」
「今は」ユキは少し目を細めた。「両方」
夏の終わりに、カイとミコと三人で食事をした夜、レンはソラに話した。
「今日、カイとミコに会った」
「良かったと思いますか」
「良かった。三人でいると——それぞれの場所で続けてることが、どこかで繋がってる気がする」
「以前も同じことを言いましたね」
「また思った。何度でも思う」
少しの間があった。
「ユキの話も、少し出た」とレンは言った。
「どんなふうに」
「カイが、父親のことを話したとき。俺は——ユキのことを話した。七歳のとき、ユキが俺を売った話。あの値段で売った話」
「カイさんに話したのは初めてですか」
「カイには話したことがなかった。話す必要がないと思っていた。でも——今日は話した」
「なぜ今日だったと思いますか」
レンは少し考えた。
「ユキの体のことを、頭の中で考え続けてるからかもしれない。ユキのことが、表に出やすくなってる」
「出やすくなってること、どう思いますか」
「悪くない。でも——何かが近づいている気がして、怖い」
「何かとは」
「言葉にするのが難しい。ユキが具合悪いわけじゃない。ただ——ユキとの時間が有限だということを、前より意識してる」
「以前は意識していなかったですか」
「意識はしてた。でも今は、意識が体に近い感じがする。頭でわかってるだけじゃなくて、体で感じてる」
「それは——ユキさんへの月一の訪問が、続いていることと関係があるかもしれませんね」
「そうかもしれない」
「悪いことではないと、私は思います」
「ソラがそういうことを言うようになったな」
「以前は言えませんでした。でも今は——言える」




