第六章の続き——春の再検査
二月、再検査に付き添った。
病院は中央区にある大型施設だった。都市国家の医療は均等に配分されている。どの区に住んでいても、同じ水準の病院に同じ時間でアクセスできるように設計されている。ただし、待ち時間は均等ではない。
三時間待った。
ユキはずっと本を読んでいた。文庫本。表紙が古い。
「何を読んでる」
「むかしユキが好きだった作家の本。最近また読みたくなった」
「むかし、というのは」
「あなたが七歳のとき。あなたに読み聞かせしてた頃」
レンはそれを聞いて、少し止まった。
「俺に読み聞かせしてたのか」
「してたよ。覚えてない?」
「……あまり覚えてない」
「そうか」ユキは本を少し持ち上げた。「この人の書く話は、誰かが欠けていても終わらない話なの。欠けたまま続いていく話」
「欠けたまま続く」
「そう。欠けた場所が、次の話の始まりになる。穴が埋まるんじゃなくて、穴の形に沿って歩いていく感じ」
レンはその言葉を、頭の中で繰り返した。
「ユキ、今それを読んでいるのは、何か考えてることがあるから?」
ユキは少し間を置いた。
「あるかもしれない。でも、まだ言葉にできてない」
「言葉にできたら、教えて」
「教える」
検査結果は、その日には出なかった。一週間後に医師から説明があった。
レンは仕事を調整して、もう一度付き添った。
医師は、丁寧だった。都市国家の医療従事者の評価には、説明の明確さが含まれている。
「心房細動が確認されました。慢性化しています。今すぐ命に関わるものではありませんが、経過観察と服薬が必要です。また、心臓に負荷がかかる状況は避けてください」
「仕事は」とユキが聞いた。
「データ入力の仕事であれば問題ありません。ただし残業や夜間作業は控えてほしい」
「わかりました」
帰り道、ユキはあまり話さなかった。レンも話しかけなかった。
外縁区画への路線の中で、ユキが言った。
「今すぐ死ぬわけじゃないから、安心して」
「安心してない」とレンは言った。
「そうか」ユキは窓の外を見た。「心臓が変な動きをしてるって言われると、自分の体が少し他人みたいな感じがする」
「他人みたいな」
「自分のつもりで動かしてた体が、実は勝手に動いてたんだって思うと——少し可笑しい」
「可笑しいか」
「可笑しいよ。自分のくせに知らなかった」
レンはユキの横顔を見た。疲れていた。でも目が、何かを考えていた。
「欠けた場所を、歩いていく」とレンは言った。
ユキがこちらを見た。
「さっきの本の話」
「ユキが言った言葉が、また頭に出てきた」
「そうか」ユキは少し笑った。「あなたは昔から、そういう覚え方をする子だった」




