第2話 再生できないはずの記憶
※視点切替があります(「◇◇◇ ○○side ◇◇◇」で区切ります)。
「参加」とクリックした指が、しばらく動かなかった。
送信完了。
画面は静かだ。音もない。
なのに耳の奥だけが、花火の破裂音を再生している。
同窓会。十年ぶり。由比ヶ浜近くのホテル。二次会は花火大会。
俺が? 行くのか?
怖い。
でも、少しだけ安心している自分がいる。
行けば、嘘か本当か。どちらかに寄る。たぶん。
机の端にKindleがある。
画面は消えているのに、光の残像だけが残っている。
今夜は読まない。
そう決めた。
•
朝。俺はアラームより先に起きた。
体が乾いている。喉が痛い。目の奥が熱い。
寝起きなのに、頭だけが仕事みたいに回っていた。
まずスマホを開く。
不安になると、俺は確認する。癖だ。
Xの通知。
いつもは軽い。今日は重い。
DMが一件。
アイコンは海。
名前は「yui_」で、後ろが切れている。
嫌な予感がした。
こういう予感は、だいたい当たる。
開く。
『昨日の由比ヶ浜の話、リアルでした。
……黒川さんも、似たことあった人ですか?』
黒川さん。
背中が冷えた。
匿名のはずだ。俺は本名を出していない。
なのに苗字がある。
俺は反射でスクショを撮った。
証拠。保存。後で見返すため。
相手のプロフィールを開く。
薄い。投稿がほとんどない。
昨日作られた殻みたいだ。
返信欄に文字を打つ。
「どこで俺の名前を?」
消す。
「人違いです」
消す。
結局、返せない。
俺は逃げるのが得意だ。
得意というか、それしかできなかった時期が長い。
スマホを伏せて、出社の準備をした。
【ログ:黒川悠真(端末メモ)】
・DM受信 07:12
・アカウント名:yui_(後半欠け)
・本文に「黒川さん」
・スクショ保存済み
オフィスの空気は乾いている。
冷房、インク、誰かの香水。現実の匂い。
俺は席に座ってPCを起動した。
今日も地方局の「青春特集」。
海、花火、浴衣、笑顔。眩しい素材。
俺は青春を編集する。
自分の青春は、編集できない。
素材フォルダを開く。
海辺のサムネイルをクリック。再生。
潮騒が流れた瞬間、俺の鼻の奥で“匂い”が一致した。
一致してしまった。
画面の中で、カップルが歩く。
女の子が振り向く。笑う。八重歯が一瞬見える。
——結衣。
勝手に名前が出た。
俺の頭が、字幕を当てた。
「違う」
止める。
これはロケ素材。今日撮った映像。俺の記憶じゃない。
でも胸が痛い。
そのとき、背後から声がした。
「おはようございます、黒川さん」
◇◇◇ 佐藤side ◇◇◇
黒川さんは、普段から静かな人だ。
挨拶は短い。返事も短い。仕事は早い。
「感じが悪い」というより、「波風を立てない」タイプに見える。
だから今日も、いつも通りの一日になると思っていた。
でも、席に着いた瞬間、違和感があった。
黒川さんが、画面に向かって小さく言った。
「……違う」
聞き間違いかと思った。
でも次の瞬間、黒川さんは慌てたみたいに再生を止めた。
顔色が白い。
唇が、乾いている。
俺はコーヒーを持ったまま、距離を詰めた。
「黒川さん、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」
黒川さんは一拍置いて、笑った。
笑ったけど、目が笑っていない。
「ああ、すまん。ちょっと……既視感が強くてさ」
既視感。
その言い方が、妙に仕事っぽくて、逆に怖かった。
◇◇◇ 悠真side ◇◇◇
「大丈夫」と言えば終わる。
俺はそういう終わらせ方だけは上手い。
「ああ、すまん。ちょっと……既視感が強くてさ」
佐藤はまだ何か言いたそうだった。
でも、ここで掘られると困る。困ることしかない。
「海の素材、いいっすね」と佐藤が笑う。
俺は頷く。
短く返す。短く終わらせる。
いつもの俺のやり方。
なのに、潮騒だけが、ずっと耳に残る。
•
昼休み。俺はトイレの個室に逃げ込んだ。
鍵をかけて、便座の蓋を閉め、その上に座る。
狭いほうが落ち着く。これも癖だ。
スマホを開く。
DMが増えている。
『悠真くん、まだ覚えてる?』
苗字じゃない。
下の名前。距離が近すぎる。
喉が鳴った。
俺はメモ帳アプリを開く。
現実と記憶を分ける。整理しないと壊れる。
【現実】
・高校二年の夏、海に行っていない
・誘いは既読スルー
・俺に彼女はいない
【記憶】
・結衣
・由比ヶ浜
・花火
・手のひらの汗
・「来なよ」
書いて、気づく。
こうやって書くほど、記憶が“本物みたい”になる。
俺は慌てて閉じた。
育てるな。嘘を育てるな。
……でも。
嘘が、俺を少しだけ救っている。
返信ボタンの上に指を置いたまま、動けなかった。
読んでいただきありがとうございます。
次話は「記録」を武器に、悠真が“嘘の初恋”の正体を確かめに行きます。




