駅前のカフェ 『トキオの場合』
--- 4階渡り廊下のラブレター事件の夕方 トキオの家 ---
「で、どうすんだよ日曜日・・・」
オレは、ついさっきまでラブレターの件を散々言い合っていたナジミに向かってつぶやく。
「どうするってデートするんでしょ?
ユイって子と」
ナジミは当たり前のように冷蔵庫を開ける。
「違うよ!デートじゃなくて話し合い!
オレ、なに話したらいいんだよ・・・」
「トキオはユイって子、知ってるの?」
ナジミは当たり前のように紙パックのオレンジジュースを取り出しコップに注ぐ。
「いやオレ、あの子のこと全然知らないし・・・」
そうなんだよ!オレあのおさげの子ほんとに知らないし・・・
うあぁ!!
そして憧れだったハナちゃんも一緒に来るし!!
たぶんハナちゃんブチ切れてるし!
これぜったい修羅場になる!
「どうしようナジミ!
オレ行きたくねぇー!!」
「いや、行かなヤバいっしょ?
あんた、あいしてるとか書いた手紙渡してんだから」
ナジミはオレンジジュースを片手にオレの横にちょこんと座る。
「お、お前・・・」
何なんだこいつは。
間違えて手紙を入れたって言ってるけど、
あのアホな手紙は誰がもらってもダメだろ?
ん?
待てよ・・・
じゃあ何でおさげのユイちゃんはOKしてくれたんだ?
わかんねー。
「そうだ!トキオ!簡単じゃん!」
何かをひらめいたナジミは人差し指をピンと立てる。
「何が?」
「振られればいいのよ!」
「は?」
「だからトキオ!
あんたがユイって子に豪快に振られればいいのよ!!」
ナジミは年末ジャンボ宝くじが大当たりしたかのように生き生きとした表情で立ち上がる。
オレンジ色のリボンで結んだポニーテールがゆれる。
「でもナジミ・・・振られるってどうやって」
「それはアタシにまかせなさい!
トキオ!日曜日はアタシも一緒に行くわ!!」
「いや、やめろよ!」
「大丈夫!絶対バレないようにするから!!
よし!そうと決まればトキオ!
明日の土曜日!
買い出しに行くわよ!」
そうと決まればって、
なんも決まってねぇよ・・・
「行くわけねぇだろ買い出しなんて」
--- 次の日の土曜日 ---
「ナジミ、どこまで行くんだよ?
一体なに買うんだよ?」
ポニーテールを振り回しながらズンズン歩くナジミの足がピタッと止まった。
「・・・ここ」
ナジミが店の看板を見上げると自然にポニーテールが下に傾く。
< ボロ服専門店 ザ・ボロボロ >
「何だよ、ボロ服って・・・」
「ボロい服よ。
いい、トキオ!
ここでボロい服を買って日曜日に着ていくのよ!
そして木端微塵に振られるのよ!わかった!?
さ、入るわよ!」
ナジミがボロ服専門店ザ・ボロボロの扉を手前に開く。
店内から扉の風圧で心なしかスッぱい臭いがする。
「ナジミ!なんかスッぱい臭いがするぞ」
「うるさいトキオ!余計なこと言わないで早く入るのよ!」
店内は思いのほか整頓されている。
商品もわりと見やすく陳列されているが、
心なしかスッぱい臭いがする。
「トキオ!これなんかいいじゃない!」
「何だよそれ、ほんとにボロボロじゃんか」
ダメージ加工などという代物ではなく、服に触るとナゾの粉末が手に付く。
「ナジミ!なんか手に粉がつくぞ!」
「うるさいわねトキオ!さっさとコレとこのズボンを買って来なさい!」
「イヤだよ!・・・ぜってーヤダ!」
「そういうのもういいから、あ!
あ!!
トキオ!
あれだ!!あれ買おう!!」
ナジミが興奮して店内の壁を指差す。
「は!?」
いや、実はイヤな予感はしていた。
店内に入った時、視界の片隅にそれはあった。
ナジミが気づかないように視界を塞いで移動しているつもりだった。
しかし見つかってしまった。
壁に掛かっている三度笠。
三度笠。
さんどがさ・・・
そう、木枯し紋次郎である。
木枯し紋次郎がかぶっている奴だ!
竹で編んだザルみたいなそうとうでっかい帽子だ!
丸いモナカの皮みたいな奴だ!
しかもあご紐付きだ!
あ、あ、あほか!
買うわけねぇだろうが!!
だいたい何でこの店あんなもん売ってんだよ!!
--- 翌日の日曜日 待ち合わせの駅前のカフェ 20メートル手前 ---
ハナちゃんとおさげのユイちゃんがカフェのテーブルについているのが窓越しに見える。
「早くかぶりなさいよ!だいぶ遅れてるんだから!」
ナジミが三度笠をオレの頭にかぶせる。
「マジかよ・・・」
「ま、遅れるのは計画通りよ!
時間にルーズな男は振られる確率が高いのよ!
あ!トキオ!
ちゃんとアゴ紐もするのよ!」
この三度笠のアゴ紐は少し特殊な構造になっている。
アゴ全体を丸く紐で縛りあげるのだ。
アゴを両手で丸く掴むみたいな感じだ。
笠が巨大なため前後左右からの強風で吹っ飛ばない構造と思われる。
完全フィット構造なのだ。
「どうやんだよこれ」
「ああもう!アタシがやったげる!
ここをこうやって、こう通して、
そしてここをギュって結ぶのよ!」
「く、苦しいよ!!」
「バカねギュってしとかないとズレるでしょ!
というかトキオあんまり近寄らないで!
あんたスッぱい臭いがすんのよ!」
ちょっおま、
なに勝手なこと言ってんだよ!
お前がボロ服上下そろえて三度笠かぶれって言ったんだろうが!
時々なんか笑ってやがるしよ!
これじゃコスプレの方が断然マシだぜ!
ふざけんなよ!
「よしトキオ!
それじゃ後はスマホで指示を出す!
バイブにしとけよ!わかったな!」
ナミジはキャップをかぶりサングラスとマスクをつける。
パンパンのリュックを背負う。
変装しているつもりだろうがそれはそれで怪しい気もする。
「ナジミ、お前そのリュック何が入ってんの?」
「その他諸々よ!」
「もろもろ?」
「よし!じゃあアタシは先に店に入る!
トキオが座るソファのすぐ後ろにいるから絶対に振り向くなよ!」
「うん、わかった」
ナジミの奴。
やる気満々だな・・・
ま、
これでオレがおさげのユイちゃんに振られればいいんだよな。
確かに高校3年というのは大切な時期だ。
それに、オレの一目惚れの恋は見事に砕け散ったわけだから、
後は誰にも迷惑をかけないように静かに過ごすことだ。
それが一番だ・・・
「あ!それとトキオ!心配すんなよ!
トキオにはアタシがついてる!!
じゃ作戦開始だ!
先に行ってるぞ!」
--- 駅前のカフェ 店内 ---
カランカラン♪
カフェの扉のカウベルがオレを呼び込む。
「いらっしゃいませ」
カウンターのおっさんが度肝を抜かれた顔をしている。
そりゃそうだろうよ。
ちゃんと木枯し紋次郎のコスプレをしているならまだしも、
ボロボロの服に三度笠の男が入ってきたらそりゃ度肝も抜かれるってもんだろ。
よし、あそこだ。
ハナちゃんとおさげのユイちゃんが並んで座っている。
並びのテーブル席の背中側に変装したナジミが座って何度もオレをチラチラ見てくる。
お前!あんまりチラチラ見るな!
怪しまれるだろうが!
というか怪しいのはオレか・・・
へへ
オレは二人のテーブルの横に立つ。
ハナちゃんとおさげのユイちゃんがオレを見上げる。
二人が固まるのが分かった。
ハナちゃんがわずかなため息と共に顔を伏せた。
小刻みに震えながらつぶやく。
「あなた・・・一体・・・
どういうつもりなの・・・」