放課後の校舎 4階渡り廊下 『ユイの場合』
--- おさげのユイの部屋 ---
部屋着に着替えたユイは自分の部屋の机に座り鞄を開ける。
教科書の間に斜めに刺さった白い封筒が見えた。
何だろうこれ?
よく見るどこにでもある縦長の白い封筒。
表にも裏にも何も書かれていない。
ノリやテープで封をしているわけでもない。
ユイは不思議な表情のまま中の手紙を広げる。
『あいしてるぜ、ベイビィ!
オレとつきあってくれベイベー!!
3年3組 相田トキオ』
え?
これ・・・
ラブレター?
え?
相田トキオ・・・
アイダトキオ?
!!・・・トキオ、くん?
漂う様な目で、ユイは机の上の角に置いてある小箱を見つめる。
ピンク色のちいさな箱。
ユイは小箱をそっと手に取るとゆっくりと開けた。
小箱から5円玉が姿を現す。
えへ♪
ユイがほほ笑む。
--- 近所の図書館 ユイ 小学6年生の夏休み ---
「お!ちょうどいいや!
これ、ついでに返しといてくれよ!」
図書館の入り口。
自動販売機の前。
同じクラスの男の子に1冊の少し大きめの本を手渡される。
「たのんだぞ!じゃあな!」
男の子が走り去る。
夏休み。
セミがうるさいほどに鳴いている。
ユイは暑さの中、自動販売機でジュースを買おうとしていた。
うわ・・・本の返却たのまれちゃた。
めんどくさいな・・・
まあでも本を借りに来たところだし、いっか。
でもこの大きな本を持ってるとジュース買いづらいなぁ。
あ!
チャリーン!
不安定な体制で財布から取り出した50円玉が指からすり抜け転がっていく。
あ、待って待って!
50円玉は初めて乗った自転車の様にふらふらしながら二台並んだ自動販売機の隙間に姿を消す。
あー!だめー!
財布の中の残りは100円玉が一枚。
ジュースの最低価格は110円。
10円足りない!
あー!買えないー!
「オレ、取ってやるよ」
頭がボサボサの男の子がためらいもなく自動販売機の隙間に潜り込んだ。
うわぁ!出た!
頭がボサボサの男の子だ!
うしろから突然出てきた!びっくりした!
しかも地面にへばりついてもぐり込んだ!
汚れるよ!
すきまにグイグイ入ってる!
あ!ズボン引っかかってお尻半分出てる!
す、すごいよ・・・
「はい、これ」
頭がボサボサの男の子はずり下がったズボンを引き上げると、
自販機の隙間から拾った泥だらけの50円玉をユイに手渡す。
うわあ!
頭クモの巣だらけ!
Tシャツもズボンも泥だらけ!
ちょっとアゴすりむいてるし!
「あ、その本オレもこの前借りたことある!
けっこう面白かったよ!
オレ大人になったらそれ作るから乗せてやるよ!
そしたらお金を落とす前に戻れるね!
それじゃあねー!」
意味不明の言葉と共に頭がボサボサの男の子が走り去る。
風で頭のクモの巣がゆれている。
「ありがとう・・・」
ユイはささやいたがセミの声にかき消され、頭がボサボサの男の子には届かなかった。
え?
あ、これ、
5円玉・・・。
ユイは手に残された泥だらけの5円玉を見つめる。
50円じゃない・・・
ユイの落とした50円玉はまだ自動販売機の隙間だ。
あの隙間に潜り込むことなんてできない・・・
私には絶対できない・・・
えへ♪
ま、いいか。
ユイは5円玉の泥を軽く落として財布に入れる。
今日は本を返してお家で麦茶でも飲もー!
それにしても、あの頭がボサボサの男の子すごかったなぁ・・・
『あ、その本オレもこの前借りたことある!』
ユイは頭がボサボサの男の子の言葉を思い出し本のタイトルをみる。
< 君もタイムマシンを作っちゃおう! >
へえ~
--- 後日の図書館 ---
あっ、この本あの時の・・・
< 君もタイムマシンを作っちゃおう! >
ユイは本を手に取り裏表紙をめくる。
裏表紙に貼り付けてあるポケットに入った貸出カードを引き出す。
そこには4人の名前が書いてあった。
え~と、一番下は、同じクラスの子だから・・・
上の3人のどれかが、あの頭がボサボサの男の子だよね。
ユイは3人の名前をノートに書きこんだ。
--- その後 ---
夏休みが明けて学校に行くと、
ユイはいつの間にかあの頭がボサボサの男の子を目で探していた。
登下校。
休み時間。
全校集会。
そして・・・見つけた。
同じ6年生で違うクラス。
アイダトキオ。
その後ユイは、親の都合で隣町に引っ越した。
通学区域の違う中学ではアイダトキオと会うことはなかった。
高校の入学式までは・・・
そう、入学式の日。
ユイの目の前をあのボサボサの頭が通り過ぎたのだ。
あ・・・!
トキオ・・・くん!?
あの時と変わらないボサボサの頭。
唯一違うのはボサボサの頭にクモの巣がゆらめいていないことだ。
ユイは懐かしさに小さく首をかしげて微笑んだ。
だが、残念ながらトキオと同じクラスになることはなかった。
ほとんどすれ違う事もなく、話しなどすることもなかった。
ただ時折、遠くのボサボサの頭を見かけてはポッと頬を赤らめていた。
--- 4階渡り廊下 ---
「あ、うん・・・いたずらじゃ・・・ないよ」
トキオがうつむき加減でつぶやく。
えっ!?
いたずらじゃないんだ・・・
これ、いたずらじゃないんだ!
なんかちょっとヘンテコな手紙だけど、
いたずらじゃないんだ!
トキオくん、私のこと覚えてくれてたのかな?
どうしよう。
嬉しい!
こんなチャンス、二度と無い・・・
どうしよう・・・
・・・
よし!
言っちゃえ!!
「だったら・・・
お願いします。
お付き合い・・・」