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作戦立案

「わざわざご足労いただかなくても、わたしをお呼びになればいいのに」

「うむ……だが、それはやめた方がよい気がしてな」


ヴァルトリーデは言葉を濁しつつ言う。

意味がわからず首を傾げつつ、カレンは言った。


「皆様、ヴァルトリーデ様の血筋の祝福が癒やされたことをご存じないんじゃありませんか?」

「先月の王宮舞踏会で陛下が私の帰還を社交界に告げた。これを知らない貴族はいないのだ……」


王宮では毎月舞踏会が開催されているという。

ヴァルトリーデはそこに出席し、華々しい社交界デビューを飾ったはずだった。


「それなのに誰も誘ってくれない、ですか。ヴァルトリーデ様の目標は社交活動を通じて出会ったいい感じの殿方との結婚なのに」

「このままではユリウスを籠絡する以外に道がなくなってしまう……!」


ヴァルトリーデの言葉にカレンが表情を強ばらせると「一応冗談だぞ?」とヴァルトリーデの方が慌てた顔をした。


「ああ、いえ……わかっています」

「ユリウスは穏やかそうに見えて自他共に厳しいところのある男だ。私はあの男の厳しさが耐えがたいゆえ、本心では避けたいと思っている。ゆえに、本気ではない。理解してくれるな?」

「わかってますって」


カレンはヴァルトリーデの必死さに苦笑した。


「そなたの不興を買ったのではないかと焦ったぞ。そなたの協力まで得られなくなったら私はこの状況を打破する手段を失ってしまう」


ヴァルトリーデはぞっとしたように言う。

カレンはただ、ユリウスを思って顔を強ばらせただけなのに、ヴァルトリーデは見捨てられるのではないかと思ったらしい。


カレンへの想いを理由に危険なまねをするなとユリウスに言われ、その語感の心地よさにカレンはうなずいてしまった。

だが、錬金術師は冒険者ほどではないとはいえ、決して安全なだけの仕事ではない。


それなのにユリウスとの約束を反故にする方法が、カレンにはわからない。


耳朶のピアス穴が痛む気がした。

ポーションで治したから、傷口が膿むはずもないのに。


「……私なりに調べたところ、私は政治的な争いに巻き込まれているようだった」


ヴァルトリーデの言葉でカレンは我に返った。


「政治的な争いですか?」

「うむ。王宮には王妃派と、側妃派という、二つの派閥があってだなあ」

「そくひ……ってもしかして、国王陛下の二人目の奥さん、という意味ですか?」

「貴族ではないそなたにはそこから説明が必要か」


ヴァルトリーデは目を丸くすると、次に遠い目をして言った。


「我が母である王妃陛下の他に、国王陛下にはもう二人妻がいる。第二側妃の方はいいのだ。問題は第一側妃の方でな」

「一夫多妻制……!」

「カレン、ユリウスは一夫一妻でよしとする男だろうから安心するがいい。続きを話してもよいか?」

「はい」


カレンはソファに座り直してうなずいた。

ユリウスが一夫一妻派の人間だとしても、カレンが結婚するわけでもない。

なのでヴァルトリーデがそれについて言及したことは、カレンが落ち着いたこととは何の関係もないのである、とカレンは心の中でナレーションした。


「第一側妃ベネディクタの権勢は国王陛下の寵愛によって王妃をしのぐ勢力となっているそうなのだ。それが王妃の娘たる私への冷遇につながっているようだが、詳しいことはわからない」

「そういう理由でもないと、ヴァルトリーデ様を拒絶する理由がないですもんね。みんな本心ではヴァルトリーデ様とお近づきになりたいと思っているはずです」


突如これだけの美女が現れたのだ。

王宮舞踏会は騒然とし、誰もがお近づきになりたいと願っただろう。

ヴァルトリーデは黙っていれば天女のごとき美女である。

しかも血筋の祝福に病んでいたということは、膨大な魔力の持ち主ということなので、今後ダンジョンなんかで活躍する可能性も高いと普通の人は考えるだろう。

実際のヴァルトリーデには無理だけれども。


「私はそのような慰めの言葉が聞きたいわけではないぞ、カレン」

「……あの、わたしにどうにかできる範囲の問題ではなさそうなんですが」

「それでもどうにかするのが私からの推薦状を受け取ったそなたの仕事だ」

「あの推薦状は罠だった……!?」

「ふはははははははは!!」


大変悪い高笑いをあげるヴァルトリーデ。

茶番はここまでにして、カレンも真剣に考える姿勢に入ってみたものの。


「社交界について知らなすぎて、本当に何も思いつかないです」

「そんな……」

「なので、まずは事情を知る方から情報を集めましょう」


錬金術の詳しい知識を得たいと思ったカレンが師匠を斡旋してもらったように、社交界の知識を得たければ社交界に詳しい人に聞けばいいのだ。


「そもそも、ヴァルトリーデ様のお母様……王妃陛下はなんと言っているんですか?」

「あの方とは私が魔物に怯えて魔力を暴走させた時から絶縁状態だ。私のような者を我が子とは思わないと言い渡されている」

「あっ……それではご兄妹は――」

「私の貢献は一切望まない代わりに今後どのようなことがあろうとも決して頼るな、足を引っぱるなと言われている……」


ヴァルトリーデは泣きはしなかったが、ひどく煤けた微笑みを浮かべた。

もはや諦めることに慣れきったその笑顔に、カレンはしおしおと頭を下げた。


「……本当に申し訳ございません」

「王宮舞踏会では、国王陛下だけが私に優しかった……まあ、その優しさも私が美しく育ったがゆえではあるのだが……」


ヴァルトリーデが遠い目をするのを見てカレンは頭を抱えた。

両親を陛下などと呼ぶのでおかしいとは思っていたものの、関係性が最悪らしい。

これは何としてでも案のひとつでも絞り出さないことには申し訳ないと、カレンは頭をひねった。


「それでは、エーレルトの方々はどうでしょう? これまでもヴァルトリーデ様に親切にしてきたわけで、今更側妃様のご機嫌を損ねることを恐れたりはしないでしょう」


カレンは聞いたことがないものの、状況を鑑みるにエーレルト伯爵家とエーレルト領は王妃派の派閥ということになるのだろう。


「そういえば、エーレルトの者も誰も私を招待してはくれぬな……」

「でしたら、ヴァルトリーデ様が招待してはいかがです?」

「私が招待?」


思いも寄らなかったという顔をするヴァルトリーデに、カレンは訊ねた。


「王女様がお茶会を開くことってないんですか?」

「ある、とは思うが、私がお茶会か。幼い頃王妃陛下のお茶会に出たことはあったが、自分で開いたことはないので、上手くできるかはわからぬ」

「お茶会の開き方を教えてくれそうな人を探して打診しましょう。次に、上手くできなくても許してくれるような方を招待しましょう。そして最後にひとつ」


カレンはにやりと笑った。


「参加せずにはいられないお題目を打ち立てましょう。題して、王女ヴァルトリーデ様が愛用する化粧品のお披露目会」

「おお!」

「今、わたしはエーレルト伯爵家の仲介で、血筋の祝福持ちの子どもたちのために貴族の家々を訪問しています。そのため、エーレルト伯爵家への手前もあって、エーレルト領の令嬢たちはわたしのポーションを買うことを遠慮してくれているらしいんです」


これはサラから聞いた話である。

あの傲慢な貴族の少女ペトラもまた子どもたちのためにポーションの購入を我慢していると思うと微笑ましい気持ちになったものである。


「ですが、そんなポーションがヴァルトリーデ様のお茶会でなら手に入る……どうでしょう?」

「素晴らしい作戦だ。だが、よいのか? そなたの魔力がもたないのでは?」

「わたし的にはまだまだ魔力には余裕がある感覚なんですよねえ。サラが休めって言うので休んでますけど」

「無理はするでないぞ?」


平民のカレンである。

酷使して使い潰したところで誰にも文句は言われない立場だし、対価だって支払っている。

それでもヴァルトリーデは気づかいを見せてくれる。

こういうところがユリウスに、寛大で心優しいなどと言わしめた性質なのだろう。

カレンの心に嫉妬の炎を灯しつつも、憎めない人である。


「それに私に協力するということは、政治的な争いに巻き込まれることを意味するが……」

「だとしても、いただいた推薦状の分は働きませんと、大手を振ってDランクに上がれません」

「そうだな。継続的なポーションの納品が必要ゆえな」


ヴァルトリーデもやっとにやりと笑い返してきた。


「お茶会の準備に関しては私の方でどうにかしよう。ポーションに関わる分野はそなたに任せてもよいか?」

「お任せください。他家の令嬢たちが権勢をふるう側妃様を恐れながらもヴァルトリーデ様のお茶会に参加せずにはいられないようにしてみせましょう」


そうしないとユリウスを籠絡されてしまう。

と思ったところで、カレンの腹の底に沈んだ重たい考えがあった。


籠絡されて、カレンから離れていってしまう方がいいのかもしれない。

カレンから離れていったユリウスならばもう、カレンに危ないことはするなだなんて言わないだろうから――。


「どうしたのだ? カレン」

「いえ、何でもありません」


カレンはヴァルトリーデを安心させるべくにっこりと取りつくろった笑みを浮かべた。


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