かねてからの依頼者
「朝食の用意は今後僕にさせていただけませんか? 食堂で働かせてもらったこともあります。実際に料理は作らせてもらえませんでしたが、料理のやり方は見て学んでいます」
「料理はわたしの趣味でもあるから任せといて!」
「そ……そうですか……」
ずん、と落ち込んだハラルドに、カレンは小首をかしげた。
「もし料理がしてみたいならやってみる?」
「いえ、カレン様の趣味を奪うことはできません」
「たまにサボりたいこともあるし、そのときにお願いしてもいい?」
「ぜひ! お任せください!!」
ハラルドは椅子をガタガタ言わせながら立ち上がって拳を握りしめた。
よほど料理に興味があるらしい。
毒アレルギーのあるハラルドにとっては口に入るものの情報は死活問題だし、料理なら魔力がなくてもできるし、将来の仕事にできるからかもしれない。
「ハラルド、この中に食べたことのないものってある?」
「この、はちみつ……」
おずおずとハラルドが指を指すのを見て、カレンはうなずいた。
「基本的にはちみつはハラルドも食べられるよ。毒のある花畑の側にあったはちみつでもない限り、大丈夫」
「毒の花の側にあると、ダメなのですか?」
「はちみつは、ハチが花の蜜を集めてつくる蜜だからね。毒の蜜を集めてつくったはちみつには毒があることがあるけど、ダンジョン一階層で毒の花畑なんて見たことないから、アースフィルの王都ダンジョン一階層産のはちみつなら大丈夫だよ」
ハラルドは真剣な顔つきでうなずいた。
自分の命がかかっているのでそうもなろう。
「なあカレン、おれもパンにはちみつ塗ってもいい?」
「少しは遠慮しろ!」
カレンはいいよと言うつもりだったが、ハラルドに叱られてティムがしょげたのを見て口をつぐんだ。
はちみつは結構高価だし、甘やかすなとサラに怒られかねないので、自分だけ塗って食べた。
今日はカレンの休暇である。
ティムによって魔力をこめられてしまった備蓄食糧もそろそろ消化しきるので、新しく買いだめにいくつもりだ。
「朝ご飯を食べたら二人はまずお風呂掃除ね。毎日ピカピカのお風呂に入れるって最高! ハラルドにお買い物についてきてもらおうかな。ティムは留守番して庭の草むしりと家の掃除をして、お客様がきたら応接室に案内してお茶を出してね」
「おれのほうが力持ちなのに! いっぱい荷物持てるぜ!」
「そうだねえ。ハラルドの方が丁寧にお客様対応してくれそうだけど、ハラルドに食べられるものを教えてあげたいからね」
それに、家に一人残しておくにはまだハラルドのことを知らなすぎる。
信用していないとは言わずに誤魔化すカレンの言葉に、ティムはハッとした顔をした。
「おれ、留守番も得意!」
「お客様にはくれぐれも失礼のないようにね。危なそうな人でも、不審でも、丁重にもてなすように」
「貴族かもしれないもんな」
ティムは拳を握ってうなずいた。
「貴重な機会をいただきありがとうございます、カレン様。一度ご説明いただければ即座に覚えます」
「何回も聞いていいよ。人の記憶って、何回も繰り返してやっと脳に定着するんだよ」
「カレン様の貴重なお時間を奪うわけにはいきません」
ハラルドは緊張した面持ちで答えた。
ユルヤナの発言を気にしているらしい。
「人に教えるって、わたしにも学びがあると思うんだよねー。だから気にしなくていいんだけどな」
「学び、ですか」
「ハラルドも、ティムに教えてあげているうちにわかるかも」
「……よく理解できません」
ハラルドは嫌そうな顔をして言うので、理解したくない、の間違いかもしれない。
「ひとまず、これが今日の仕事だよ。今日も一日頑張ろう!」
「おー!」
「誠心誠意励みます」
ノリのいいティムと生真面目なハラルドと共に、カレンの一日がはじまった。
ハラルドに色々教えてあげながら市場で買い物をして、子どもに荷物を持たせるという罪悪感を実年齢は十五歳であるという事実で乗りこえつつ錬金工房に戻ると、玄関の間に入って右側の部屋、応接室に客人がいた。
真っ黒い外套のフードを頭から被り肌一つ見えない、見るからに不審な人物である。
「カレン、お客さんが来てるぞ! 丁重にもてなしてるから安心しろよな!」
ティムは晴れやかな笑顔で言った。
カレンが言った通り、身なりで判断せずに貴族かもしれないという考えで接したのだろう。ティムのいいところはこの素直さである。
カレンはごくりと息を呑んで客人に向き直った。
相変わらず、エーレルト伯爵家はカレンに護衛を付けてくれてはいるらしいが、カレンの錬金工房にやってくる客全員を確認できるわけではない。
中には貴族がいる可能性もあり手出ししにくいので、気をつけるように言われていた。
「お客様、お待たせしてしまいすみません。わたしがこの錬金工房の主のカレンですが、どのようなご用件でいらっしゃいますか?」
「……人払いをしてくれ」
「あっ」
声で気づいたカレンは、ティムとハラルドに言った。
「二人は玄関の間……いや、台所にいて」
「カレン様のお知り合いの方ということですね? お茶をお持ちいたしますか?」
呑み込みの早いハラルドの確認にカレンはうなずいた。
「お茶の用意はしておいて。ただし、この部屋に決して入らないように」
「かしこまりました」
「えっと……」
「行くぞ」
まごついているティムを引っぱってハラルドが応接室を出ていくのを見送り、カレンは不審人物に向き直った。
「ヴァルトリーデ様、どうされたんですか?」
「カレン」
フードを脱いだヴァルトリーデは、泣きそうな顔をして言った。
「誰も私をパーティーに誘ってくれないし、茶会にも呼んでくれないのだ……!」
そう言って、ヴァルトリーデはがっくりと力なくうなだれた。