師匠探し2
ユリウスが凜々しさを感じさせる美しさなら、エルフのユルヤナには嫋やかさを感じさせる美があった。
だが、その美よりもカレンの心を捉えたのは、ユルヤナの名前だった。
「エルフの錬金術師のユルヤナ様……って、まさか」
「カレンの想像通り、Sランク錬金術師のユルヤナ様よ」
カレンは愕然とした。
Sランク錬金術師といえば、錬金術師の最高峰だ。
アースフィル王国には三人しかいない最高ランクの錬金術師のうちの一人。
そして、カレンが目指す存在そのものでもある。
「様づけなんていりませんよ。これから師匠と弟子になるのです。家族になるようなものですから、垣根をつくるようなことはお互いよしましょう」
「あ、ありがとうございます。わたし、カレンと申します。どうぞよろしくお願いします」
「そう固くならないでくださいってば~」
師匠というものは非常に厳しい存在だと聞いたことがあったので、ユルヤナのゆるゆるとした雰囲気にカレンはほっとした。
厳しい指導を受けてでも学びたいとは思ったものの、恐くない方がもっといい。
「わたしも、いずれSランク錬金術師になりたいんです。そのためにも、Sランク錬金術師であるユルヤナ様……師匠からどうか、たくさん学ばせてください!」
「Sランクですか。そうですか……」
ユルヤナはカレンをじっと見下ろしていたかと思うと首を横に振った。
「私と同じ方法でSランク錬金術師になるのは、あなたには無理でしょうね」
カレンはうっと息を詰めた。
穏やかそうに見えて、やっぱり厳しい師匠かもしれない。
ユルヤナはにぱっと笑って言った。
「私の場合はアースフィル王国の錬金術ギルドに二百年勤めた功労を認められてSランク錬金術師にしていただきましたので。カレンさんは人間ですので、私と同じ方法だと寿命が来てしまいますね」
「あっ……そうですね」
二百年。この世界なら生きられる可能性はあるものの、多分最後の方はよぼよぼである。
「カレンさんはカレンさんなりの方法を見つけないといけませんね。そのお手伝いができるよう、私も頑張って指導しますね」
「よろしくお願いしますっ!」
「カレン、ユルヤナ様はとても知識が豊富な方だから、最高の師匠よ。ただ、おっとりしているように見えてとても風変わりなお方だから、心を強く保つのよ、カレン」
ナタリアが幸先が不安になるような忠告をする。
表情を曇らせるカレンを見て、ユルヤナが慌てた。
「いやですねえ、ナタリアさん。カレンさんを脅さないでくださいよ。カレンさんの新種のポーションをつくる手が止まらないよう、細心の注意を払って接しますよ」
「カレン、このお方はポーションオタクなの」
「ポーションオタク」
カレンは思わず復唱した。
「人間は寿命が短いせいか研究の回転速度が速くって、長年一つのことを研究し続けているエルフより発見が多いそうよ。そこに目を付けて、人間が次々生み出すポーションをすべて見たいと言って、アースフィル王国の錬金術ギルドに所属しているの」
「カレンさんの無魔力素材のポーションを見たときには震えました。私のようなエルフでも、それらの無魔力素材でポーションを作れるとは知りませんでした。しかも、作り方を教えられても私には作れなかった。私ですら作れないのに、Eランクのあなたには作れると言う。以前からぜひともあなたにお会いしてみたくてたまらなかったんですよッ!」
ずずずいっとユルヤナが顔を近づけてくる。
興奮する恍惚顔の美しいエルフから、カレンはそっと距離を取った。
「ご期待に添えるよう頑張りまっす」
「おや、カレンさんはエルフ耐性があるようですね。ナタリアさんといい、年若い人間の女性には珍しいことです」
「この子、恋人がいるので」
「恋人がいたとしても私より美しいということはないでしょう?」
莫大なる自信だが、自信過剰とはカレンも思わない。
それでも、カレンはちょっとむっとして言った。
「失礼ながら師匠よりもお付き合いをさせていただいている人の方が美しいです」
「アハハ。恋は盲目って言いますからねっ」
まったく信じていないユルヤナの返答である。
「さて、これから師弟契約を結ばせていただくわけですが、その前に一つだけ証明してもらいます」
「証明ですか?」
「ええ。この論文にある熱を下げるポーションを、私の前で実際につくってください」
ポーションオタクがカレンのつくるレシピに惹かれて、ナタリアいわく不利益な条件でも師匠になることを引き受けてくれた。
その根本たるポーションが本当にカレンにつくれるのか、ユルヤナも確かめたいだろう。
「カレン、錬金術ギルドの錬金工房の準備はできているわよ」
カレンはギルド内の錬金工房に移動した。
錬金工房にはすでに素材である三種類の乾燥ハーブが入った瓶が用意されていた。
「たとえば世界樹の葉を水に浸せばそれだけで回復ポーションができあがります。根っこなら魔力回復ポーションに、花びらや実もそれぞれポーションとなります。錬金術師でなくても、魔力がなくてもポーションというものはつくれてしまうのです。それと同じように何か貴重な素材があなたも知らないうちに混入し、偶然にもポーションとなってしまっている可能性を考え、素材は私が用意させていただきました」
不正は許さないということらしい。
カレンは乾燥したハーブの種類を確認して、瓶ごと魔力をこめた。
すんなりと魔力が通ったので、熱を下げるポーションになるように念じた。
「ふむ、魔力素材のように変化しないのですね」
「変化? どういう意味ですか?」
「魔力素材は、たとえば薬草などもそうですが、ポーションにする過程でほどけるように消えてなくなるでしょう? それを私は変化と呼んでいるのです。薬草が別のもの――つまりポーションに魔法的に変化しているという意味ですね」
確かに、薬草を使って回復ポーションをつくる時、水が虹色に輝いて薬草は溶けるように消えてなくなる。
カレンは単純に薬草が水に溶けたと思っていたが、煮ても焼いてもいないのに繊維も残さず溶けるというのもおかしな話だった。
魔力を加えることで魔法的に変化した、という捉え方をするものらしい。
カレンは薬缶のお湯を沸かしながらほへーとうなずいた。
「無魔力素材もポーションとなるからには変化しているはずですが、見た目にはそうとはわかりませんねえ」
「そうなんですねえ」
「あっ、お湯が沸いていますよ」
「ありがとうございますっ」
カレンはお茶をいれるとユルヤナの前にティーカップを置いた。
ついでナタリアと自分の前にも置いた。
「カレン、これはティータイムじゃなくあなたが弟子になるための試練よ」
「そ、そうだった……!」
和やかな雰囲気すぎて、うっかり忘れかけていた。
「ほほう、これはこれは……」
ユルヤナはお茶のカップを手にまじまじ見ていたかと思うと、カレンを見やってにんまりと笑った。
「本当にポーションになっています。合格ですよ、カレンさん!」
「ありがとうございます! 見るだけでわかるんですね」
「まさか。この眼鏡、鑑定鏡なんですよ」
「えーっ、便利! 手が塞がらなくていいですね」
「でしょうでしょう~!」
無事に合格をもらい、カレンは師弟契約にこぎつけた。
守秘義務をはじめとしてカレンにとって有利すぎる契約内容だったが、ユルヤナはルンルンで署名していた。





