師匠探し
ナタリアに呼び出されたと思ったら、錬金術ギルドの個室に案内された。
ここに案内されたのは、ユリウスからジークの依頼を受けて以来だった。
「カレン、あなたが弟子入り先を探しているという話を広報したら、あなたの師匠になってもいいと名乗りを上げてくれた錬金術師が現れたわ。それも複数人ね」
「ホント!?」
カレンは歓声をあげた。
「冒険者御用達しのBランク錬金術師オリヴァーや、不老の魔女ことAランク錬金術師のヴィオレッタをはじめ、他にも名の知れた錬金術師がチラホラいるわ」
カレンが座るソファの向かい側から、ナタリアがカレンに錬金術師の名前の一覧が書かれたリストを差し出した。
そこには有名な錬金術師たちの名前が軒を連ねていて、カレンは胸を躍らせた。
「Eランクの錬金術師にこれほどたくさんの上級錬金術師が弟子取りの申し出をするなんてありえないことよ。普通、声をかけられることなんてほとんどないの。弟子にしてくれってこちらが頭を下げても、門前払いされるのが常よ。つまり、みんなカレンの論文をそれだけ評価してくれたのね」
「そっかそっか~!」
エーレルト領から王都に帰ってきたカレンは、血筋の祝福を癒やす無魔力素材のポーションの論文を完成させ、錬金術ギルドに提出した。
ギルドに認められれば五の月に開催される王国博覧会の錬金術部門で論文を発表できるし、それが国際的に認められれば国や種族の垣根を越えた錬金術師の集まりである、大陸錬金術連合の集会への招待状をもらえるという。
もちろん、カレンもそこまでは高望みはしていなかった。
だが、カレンの甘い誘いに乗って治療を受けてくれたジークのためにも、少しは認められたいなと気負うところはあった。
そして、この論文を自身の錬金術師としての名刺代わりに、いい師匠が見つかればと思っていた。
「これで錬金術の勉強ができる……よかったぁ」
カレンは脱力してソファに座り込んだ。
錬金術の勉強をするためには、論文を読むという方法がある。
だが、Eランクの錬金術師が読ませてもらえる論文で学べることには限界がある。
ならばどうすればよいのかとなったとき、思いつくのが上級錬金術師と呼ばれるCランク以上の錬金術師への弟子入りである。
カレンは、ナタリアに師を持つことはできないか相談していた。
大半の錬金術師はそれを目指す時点で親や知り合いの伝手で上級錬金術師を師匠としている。
だが、カレンのように学校などでその才能に目覚めた何の伝手も持たない錬金術師が師匠を持ちたければ、錬金術ギルドを通して探すのが一般的だ。
「普通は錬金術ギルドの担当者、この場合は私がカレンを上級錬金術師に紹介するところからはじまるのよ。紹介したところで、すぐに引き受けてくれるわけじゃないの。何人もの錬金術師をあたって、やっと色よい返事をもらえたら、そこから更に条件の交渉がはじまるわ」
「でも、わたしにはたくさんのお声がけがあるってことだよね? すごい! このリストの中からわたしが選んでいいってこと?」
野良錬金術師ならその限りではないものの、師匠になる資格を持っているのはCランク以上の錬金術師だ。
だからカレンはCランク錬金術師の師匠が見つかれば御の字だと思っていたが、BランクやAランクの錬金術師までカレンに声をかけてくれている。
はわわ、と興奮するカレンに、ナタリアはにっこり微笑んだ。
「このリストの錬金術師からの申し出はすべて私が断っておいたわ」
「なんでかな!?」
叫びつつも、ナタリアのことなのでそれなりの事情があるのだろうとカレンはすでに察していた。
「カレンの技術を守るためよ」
「技術を守る?」
首を傾げるカレンに、ナタリアは溜息を吐いた。
「いくつかの有用な無魔力素材のポーションは今のところ、あなたにしかつくれない特別なポーションよ。このポーションを名実ともにあなたがつくったことにするには、誰よりも先に錬金術ギルドに完成された論文を提出する必要があるわ」
「論文ならもう出したよね?」
たくさんの錬金術師たちが認めて弟子にならないかと声までかけてくれるきっかけとなった、血筋の祝福に関する論文がある。
「あの論文のポーションを錬金術ギルド所属のAランク錬金術師が再現しても、ポーションはつくれなかったわ。つまり、あの論文は未完成よ」
「またかぁ」
「これがカレンだけがつくれる特別なポーションだっていうのならいいのよ。だけどそうじゃないのなら、前の論文の時にも言った通り、あなたは理解に関する何かを書き忘れているのよ」
「本当に何なんだろうね……?」
首をひねるカレンに、ナタリアは真剣な顔つきで声をひそめた。
「師弟関係を結んだら、基本逆らえないし、研究を秘密にするのも難しいわ。カレンの師となった人が、あなたよりも先に、あなたが書き忘れている何かを発見してしまって、その上勝手に完全なレシピを載せた論文を出してしまったら、その無魔力素材のポーションはあなたの師の発明品になってしまう。あなたの努力も、研究も、成果も名誉もすべて無になってしまうわ」
「わたしが研究している最中なのに、その研究を横取りされちゃうってこと? そんなひどいことあるの?」
「非道かどうかは解釈によるのよ」
目を剥くカレンに、ナタリアは首を振った。
「今ある多くのポーションの基礎って、元々はエルフが発明しているの」
「エルフね」
エルフとは、世界樹という巨大な樹を女神の化身たるご神木として奉り、世界樹のある森で暮らす種族である。
その血には精霊の血が流れていると言われ、耳は長く、金髪で、肌は白というか若干緑がかっている。
生まれつき魔力が豊富で、魔法が得意で、美しい見た目の人が多い。
カレンの近所に住んではいないが、たまに町を歩いているのは見かける。
高ランクの冒険者パーティーに稀にいて、冒険者のバーで話したこともある。
話した感覚は、普通の人間とさほど変わりない印象だ。
「あの人たちって口伝文化で、文字で記録を残してくれないからたくさんのレシピが失伝しているの。それに、レシピを知っていたとしても教えてくれるとは限らないわ。それを私たち人間が改めて研究し直して、レシピを見つけたとする。その成果が、記録を残しはしなかったけどかつてポーションをつくったエルフの手柄になるかと言ったら、それは違うでしょう?」
「うーん?」
ピンとこなくて首を傾げるカレンに、ナタリアは言葉を重ねた。
「あの人たち、長生きする人は千年くらい生きるのよ? 人間が何世代もかけて数百年かけて発明したものでも、森の奥で最初に研究しはじめたのは自分で、五百年研究を続けていたのだから権利を返せと言われたら、人間は何もできなくなるわ」
「あー……わたしたち人間が生涯どころか世代交代しながらやっと築いたものでも、エルフにとっては横取りになっちゃうんだ……」
やっと話が見えてきたカレンは引き攣った顔で言う。
カレンの価値観は人間だけの世界でしか通用しない概念であり、多種族が存在する世界ではそうはいかないのだ。
「だから、錬金術に関してはある一定の実力を持つ人なら再現できるレシピを提出した人を発明者ってことにして登録するって、エルフも含めた大陸錬金術連合で取り決めているのよ」
「そうしてくれないと、短命の種族はなんにもできなくなっちゃうね」
短命とはいえこの世界の人間の寿命は長く、魔力量が多い人は三百年くらい生きるらしい。
それでも、エルフの千年には到底敵わない。
「そういうわけで、師匠が弟子の研究を盗んでも罪になるわけじゃないの」
「盗むって言っちゃってるけどね」
「まあ、そういう被害報告が錬金術ギルドには時折上がるのよ。だけど、弟子が泣き寝入りで終わるのがほとんどね。まあ、師匠に教えを乞うている程度の実力しかない弟子の証言の方も、どこまで本当か怪しいわ」
「って、わたしが盗まれた場合でも言われちゃうんだ」
「そういうこと」
実績のある高ランクの上級錬金術師の師匠と、カレンの証言。
カレンを知らない人たちがどちらを信じるかといえば十人が十人、師匠の方だと答えるだろう。
「じゃあ、師匠についてもらうのは無理なのかな」
肩を落としたカレンに、ナタリアはスッと鞄からもう一枚の紙を取り出した。
「ひとりだけ、守秘契約をはじめとした師匠側に圧倒的に不利な条件を呑んででもカレンの師匠になりたいという錬金術師がいて、確保しているわ」
「……それってものすごく珍しい話じゃない?」
「弟子が不利ならあたりまえだけど、師匠が不利な条件を呑むだなんて前代未聞。ありえないことよ。だけど呑んでもらえたから、この人を師匠とすることをおすすめするわ」
「ナタリアのおすすめならその人にする!」
ナタリアがカレンのことを考えて選んでくれたに決まっているので、カレンはナタリアが差し出す資料を見もしないうちに言った。
その瞬間、カレンの肩に手が置かれた。
「わぁっ!?」
「ナタリアさんおすすめの師匠、ユルヤナです。はじめまして、カレンさん」
跳び上がったカレンの背後に立っていたのは、長い金髪に丸眼鏡姿のエルフだった。
目をまん丸にしているカレンに、美しいエルフの青年に見える男は満面の笑みを見せた。