孤児からの依頼
「お子様の場合は熱を下げるポーションに効果があるようです。まずはこちらで様子を見てみましょう」
「ありがとうございます、カレン殿」
貴族の男性が胸に手を当て、カレンに頭を下げる。
指先まで神経の行き渡るその丁重なふるまいにいちいち驚きつつ、カレンは微笑んだ。
「お役に立てて何よりです」
カレンも頭を下げると、荷物を持ってくれるサラと共に貴族の屋敷を後にした。
「サラ、次はどんな症状の子かな?」
「今日はこのあたりにしておきましょう。カレン様がお体を壊してしまいます」
馬車の中で、向かい側に座るサラはきっぱりと言った。
その手には血筋の祝福に病む患者のリストがあるが、サラはそれを自身の荷物の中にしまいこんだ。
「別に平気なんだけどなー」
「平気でも休んでいただきます。魔力ランクDなのに、治療薬のためとはいえ大量のポーションを作りすぎです」
年明けにエーレルトから王都に戻ってきてから、カレンはエーレルト伯爵家の紹介で貴族の屋敷をサラをお供に順番に回っていた。
血筋の祝福に病む患者は多少年齢に前後はありつつも全員子どもだった。
慎重なのは仕方ないものの、カレンに探りを入れていた間、子どもたちは苦しんでいたということになる。
できるだけ早く苦痛を和らげてあげたくて、ここ数日は夜遅くまで予定を詰め込んでもらっていた。
「錬金工房のおかげか、ポーションをつくれる量が増えた気がするんだよね。これで性能の良い錬金釜を手に入れたらますますすごいことになっちゃうかも」
「カレン様の錬金工房に向かってください」
「サラ~」
サラが有無を言わせず御者に指示する。
カレンはそのまま錬金工房に連れていかれた。
「カレン! やっと帰ってきたのかよ!」
カレンの錬金工房に帰り着くと、見覚えのある子どもが錬金工房の前にいた。
これまでカレンが暮らしていた冒険者街にある孤児院の子どもで、青髪の十歳くらいの男の子がティムで、十三歳くらいの赤毛のおさげの女の子がビアンカだ。
まだ寒いのにいつから工房の前にいたのか、二人とも顔も鼻も真っ赤になっている。
最近貴族の応対に慣れたせいか、カレンは雰囲気が変わったらしい。いい意味で。
だから地元にいてもスルーされることが多かったのだが、顔なじみの子どもたちはすぐにカレンをカレンと見て取った。
「久しぶり~。よくわたしの錬金工房がわかったね」
「呑気なこと言ってないで、来てくれよ!」
「最近うちにきた子が、お腹が痛くなっちゃったの!」
「そうなの? 大変」
サラの言う通り早く帰ってきてよかったと思いつつ、カレンはサラに振り返った。
「そういうことだから先に帰ってて、サラ」
「私はカレン様が錬金工房に入るのを見届けるまでは帰れません。私も共に参ります。馬車で向かった方が早いでしょうし、そちらの子どもたちも馬車に乗せてください」
「孤児院の場所、わかるかな?」
「カレン様がお住まいの冒険者街の地理でしたら、頭に入っております」
「馬車に乗っていいってよ」
二人ははしゃぐこともなく、思い詰めた表情でカレンと共に馬車に乗り込んだ。
「わたしのところに来たってことは、常備薬では治らなかったってことだよね」
「うん。カレンにもらった回復ポーションを飲ませたら、一瞬よくなったけど、またすぐに腹を壊したんだ。すげえ辛そうでさ」
「なるほど。きっかけってわかる?」
「……歓迎会をしたの。それで、わたしが、料理をつくってて……!」
みるみるうちに目に涙を溜めていくビアンカの背中をカレンは撫でた。
「きっとビアンカのせいじゃないよ、大丈夫」
「そうだ! みんな同じもんを食ってんだから、絶対にビアンカの料理のせいじゃないって!」
「ティム、みんな同じ物を食べてたの?」
「そーだよ。おれは誰よりも早く全種類食った。けど、腹痛なんて起こしてねーもん。料理のせいじゃねーよ、絶対!」
「ふむ」
ティムは食い意地が張っているので事実だろう。
もし悪いものを食べたなら解毒系の無魔力ポーションでどうにかなりそうだが、原因がわからない以上は逆効果になる可能性もある。
どうするべきか悩むカレンに、サラが不思議そうに声をかけた。
「カレン様は孤児院の子どもたちと交流がおありなのですね」
「わたしも一瞬、お世話になりかけたからねえ」
「……確かに、子どもの頃に父君を亡くされたのでしたね」
「錬金術師の才能があるって判明してたから、ポーションを売ればなんとか生活できるってわかってたし、結局弟と二人で生きてきたけど、お葬式をあげる時はお世話になったなあ」
冒険者街の孤児院なので、孤児院にいる子どもたちのほとんどはダンジョンで冒険者の親を亡くした子どもたちである。
カレンと同じ立場の子どもたちなので、カレンにできる範囲で援助していた。
そのうちの一つが小回復ポーションの提供である。
「だから、なんとかしてあげたいね」
馬車が停まると、ティムは馬車から飛び出した。
「先生! カレンを連れてきた!」
「ティム! カレンをそう簡単に呼んで来ちゃダメだと言ったじゃない!」
ティムを叱った壮年の女性は、孤児院の院長であるユッタだった。
元々は平民学校の先生をしていた人で、今は孤児院で子どもたちの面倒を見ながら勉強を教えている。
「でも! もう三日も苦しんでるんだぜ!?」
ティムの言葉にカレンは目を剥いた。
「えっ!? 三日もって、なんでもっと早く呼ばないの?」
「カレン、いつ行ってもいねーんだもん!」
「そっか、ごめんね。最近、帰りが遅かったから」
「呼んではいけないと言ったのに……」
頭を抱えるユッタに、カレンは首を傾げた。
「どうしてわたしを呼んじゃいけないんですか?」
「あなたはもうEランクの錬金術師でしょう。そんな方がつくるポーションにお支払いできるお金は当孤児院にはございません」
「お金はいいですよー」
「よくありません。お願いすればEランクの錬金術師がポーションをくれると思い込ませるようなことは、子どもたちの教育にも悪いですからね」
「そ、そうは言っても、もう三日も苦しんでいる子がいるんですよね?」
「だとしても、孤児院の子どもは自力で治すより他にありません」
「慈善活動! 寄付的なやつ!」
「あなたからはもう十分にいただいていますし、前回あなたにいただいた小回復ポーションでも治りませんでした。これ以上あなたのポーションを無為に浪費する必要はございません」
「じゃあ、新しいポーションの実験台にさせて!!」
食い下がるカレンの申し出に、ユッタは溜息を吐いた。
「まったく、お人好しなんだから……」
やっと受け入れてくれたらしい。
どいつもこいつも、実験台にすると脅さないとポーションを飲んでくれないのは何故なのか。
サラまで呆れた顔をしている。
「カレン様はどこでもこのような振る舞いをされているのですね。当家からの代金の支払いも受け取り渋りましたし」
「だから錬金工房をもらったでしょ?」
「あれは当主様と夫人からのEランク昇級のお祝いであって、カレン様がお作りになったポーションの代金ではございません」
「つまりこれ、永遠に言われる?」
カレンはサラに驚愕の眼差しを向けた。
二人のやりとりを見ていたユッタは首を振った。
「カレンったら、余所でもこんなことをしているの? これは悪い行いですからね。実力のある者は相応の対価を受け取らないといけませんよ。あなたをお認めになり才能を与えたもうた女神様が悲しまれますよ」
「なんで叱られてるんだろうね、これ」
「カレン、話がついたならさっさとこっちに来てくれ!」
ティムに呼ばれ、カレンはそちらに急いだ。
医務室に寝かされていた子は、黄緑色の髪をしたティムと同じくらいの年齢の少年だった。
ベッドの上に横たわるその子は、青ざめた顔に汗を流しながら、体を丸めて荒い呼吸を繰り返していた。