気持ちお披露目
絵描きの女性がチラチラとカレンの後ろを見るのでどうしたのかと思ったら、いつの間にかユリウスがそこにいて、カレンの描いた肖像画を見上げていた。
カレンはヒュッと息を呑んだ。
一輪の薔薇を手に持ちウィンクするユリウスを題材にした前衛芸術。
果たしてユリウス本人はどんな反応を見せるのか。
カレンは己がしでかしたこととはいえ恐くて確認できずに、絵描きの絵の方を見た。
まだラフの段階だが、この時点で普通に上手い。
「この絵、完成したら手のひらぐらいの姿絵も描いて売ってくれません?」
「錬金術師、おまえ、誇りはないのか……?」
絵描きを応援していた冒険者が微妙な顔をしてカレンを見やる。
元よりプライドを込めて絵を描いたつもりはないカレンである。
カレンが勝手にむちゃくちゃをやっただけだと思ってもらうためにカレンが描かなきゃいけなかっただけで、歴代黒歴史の中でも燦然と輝く大恥である。
その時、冒険者が銅鑼声でホルストを呼ばわった。
「ブラーム伯爵! あんたの配慮はありがたく思うが、おれが次にダンジョンを攻略した時に他のやつらに遠慮しなきゃならねえのは嫌だからよ。他のやつにも遠慮してくれとは言えねえや!」
「いや! 次に攻略するのは私だよ!」
「いーや。僕だね! この僕がダンジョンを攻略してみせる! その時には僕の美名を国中に轟かせるためにも、盛大に祝ってもらわないといけないからね。他の人のダンジョン攻略も、まあ悔しいが、盛大に祝ってやるとも!」
冒険者は誰もが英雄になりたいし、いつかなってやると本気で思ってダンジョンに潜っている。
だから自分の時にも自粛なんかされたら、たまったものじゃないのだ。
そんなことも知らないから、カレンに足元をすくわれることになる。
ホルスト・ブラーム。
ヴィンフリートのパーティーメンバーらしいが、ダンジョンに潜る者の機微を知らなすぎる。
ユリウスが以前言っていた通り、立ち尽くすこの男は本当にダンジョンを知らないのだ。
対するカレンもダンジョンに潜った経験はさほどない。
だが、幼い頃から父親がいない時には弟の手を引いては冒険者の宴会に潜り込んで、ちゃっかりタダ飯をいただいてきた。
盛り上がるほどお小遣いが多くなるシステムで、前世の楽曲の歌詞だけこの世界風にアレンジした歌なんかを一つ歌えばドッカンドッカンだ。
簡単な手品なんかを披露すればやんややんやの大賑わい。
時には殺伐とした喧嘩の実況でも、食べ放題、お持ち帰りを許されたものである。
その時、一連の流れを座席から見守っていたヘルフリートが立ち上がった。
カレンははっとした。
今日の主役はジークで、ジークのお披露目が目的だったのに、完全にカレンが流れをユリウスに持っていってしまった。
あらかじめヘルフリートには了解を取っておいたとはいえ、もしかしたらやり過ぎてしまったかもしれない。ジークが完全に空気である。
「エーレルトの者たちよ、冒険者たちよ」
冒険者たちは、ちょっと盛り下がってヘルフリートの方を見やった。
彼らの反応にはヘルフリートへの隔意を感じた。
ホルストに植え付けられた感情か、はたまた領地を第一にはしてこなかったヘルフリートへの正当なる評価なのか。
ヘルフリートは怯むことなく言葉を続けた。
「己が苦難を差し置き我が弟のユリウスの活躍を祝うそなたたちの声をありがたく思う。ゆえに今後の新年祭においては、エーレルトのダンジョン最下層を攻略した冒険者がいれば、その者たちの肖像画を描かせてもらい、ここに飾らせてもらいたいのだが、いかがだろうか?」
そう言って、ヘルフリートは玄関ホールの一番目立つ場所、今ユリウスの肖像画(前衛芸術)によって遮られたヴィンフリートの肖像画が飾られた位置を指し示した。
名誉が大好きな冒険者たちは、ヘルフリートの提案に沸き立った。
これなら、来年以降も攻略者が現れてくれさえすれば、ヴィンフリートの肖像画を飾らずに済む。
ホルストがヴィンフリートの肖像画を飾ろうと強行すれば、味方に付けたはずの冒険者が敵に回る。
「さすがエーレルト伯爵! 太っ腹だぜ!」
「ただし、著しく素行が不良の者の肖像画に関してはその限りではないため、普段からの行動を慎むように」
「げえっ。酔っ払って酒場の机を全部叩き割ったが弁償したから大丈夫だよな!?」
「あたしはその点問題ないねえ」
「伯爵! コイツ嘘吐いてます! 新人冒険者を食い荒らしてまーす!!」
「黙りなクソ野郎!」
新年祭に参加する貴族たちは、半分はドン引き、半分は呆れ顔であったり苦笑してはいるものの、さもありなんといった理解の色が浮かんでいる。
冒険者のダンジョンでの振る舞いを知っているのだろう。
引いているのは戦闘経験がなさそうなひょろい青年や令嬢ばかりだ。
カレンにとっては慣れた雰囲気である。
エーレルトがアウェイでも、冒険者のノリはカレンにとってのホーム。
実家のような安心感だ。
その時、ユリウスの肩が震えた。
「おい、ユリウス様泣いてねーか?」
「えっ!? ユリウス様泣いてるんですか!?」
「おまえのせいだぞ、錬金術師」
「わたしのせい……!?」
愕然とするカレンの前で、ユリウスが背中を丸めた。
「ふっ……くく……くくくく……」
「おっ、笑っているみたいだ。よかったな、錬金術師」
泣かれるのはとても困るが、笑われるのもなかなか悲しいものがある。
カレンなりに、本当に一生懸命に描いた絵である。
「はははは、あはははははははははは!」
「泣き笑ってる……」
誰かが言った通り、ユリウスは泣きながら笑っていた。
涙を流しながら、大笑いしていた。
そのくしゃくしゃになった笑顔すら美しいので、領民含め、カレンたちはついその笑顔に見とれてしまった。
やがて笑いが収まると、ユリウスは涙を拭いながら言った。
「最高の贈り物をありがとう、カレン」
「さすがにお世辞だぞ、錬金術師」
「わかってますよっ」
先程から小うるさい冒険者をカレンが振り返って睨みつけると、背後からがばりと抱きしめられた。
誰かなんて決まっているが、決まっていることにカレンは顔を真っ赤にして絶句した。
「なっ……!?」
「私は心から君に感謝しているよ、カレン……あははははは!」
カレンの内心もお祭り騒ぎだ。
人の耳目の集まる壇上で、後ろからカレンを抱きしめて笑っているユリウス以外のすべての人間に、カレンは百面相でユリウスに対する気持ちをお披露目した。
囃したてる声や口笛がうるさくて、カレンはわなわなと羞恥に震えた。