カレンの作戦3
「わたし、王都の冒険者街で暮らしていて、わたしのお父さんも弟も冒険者なんだよね」
カレンは敬語をやめた。タメ口だ。
何故なら、カレンが語りかける相手は冒険者だからだ。
「弟は半年連絡ないけど、元気にやっているはずだよ。何かあったらすぐ連絡が来るはずだからね。お父さんはわたしが十二歳の時にダンジョン内で失踪した。それで、その半年後には死んじゃったことになって、お葬式もあげてる。けどさ、わたしはまだお父さんが王都のダンジョンの深いところで、攻略を続けているって信じてるんだよね」
これは、冒険者の身内をなくした家族がよく抱く種類の幻想である。
浦島太郎伝説のようなものだ。
海で行方不明になった家族がどこかで幸せに暮らしてくれているはずだと、それでもいずれは戻ってきてくれるはずだと信じる、残された者のためのストーリー。
「もしもお父さんがダンジョンを攻略したなら、わたしのお父さんは英雄だ。ダンジョンを攻略したその瞬間だけは、この国一番、なんなら世界で一番の英雄だよ! わたしは祝うよ。誰にも遠慮したりしない。みんなに自慢するよ。……あなたたちが路頭に迷ったって、関係ない。盛大に祝ってやる!」
カレンは謝罪とは正反対の言葉を言い放った。
ホルストは嘲笑を浮かべた。カレンが失言をしたと思ったらしい。
だがカレンはそんなホルストを見て、にやりと笑った。
カレンの反応を見て眉をひそめたホルストは、次に冒険者たちの表情を確認して愕然とした。
カレンは満面の笑みで冒険者たちを見下ろした。
冒険者たちもまた、カレンと同じように笑っている。
涙ぐんでいるカレンの父親と同世代の冒険者たちもいる。
そんな姿を見ると、カレンまでつられて泣きそうになる。
カレンのように信じて待ってくれる家族がいると、冒険者たちも信じたいのだ。
だからダンジョンの絶望の奥底からでも必ず生きて帰ろうと、固く決意し、決して諦めずにいられるのだ。
そうして功績をあげて帰還した自分の祝いを、そんな父親を祝いたいと思う子どもの気持ちを、否定する冒険者なんていない。
いたとしても、少数派すぎて表には出て来られないだろう。
仲間たちに見下げ果てられるだけである。
「盛大なお祝いだから、仕事をなくして困ってる人がいるのなら、うちに来ればいい! その時にはご飯を奢ってあげる! お腹いっぱい食べさせてあげる!」
「酒も頼むぜ!」
先程、ホルストの言葉に涙ぐんでいた男が調子よく言う。
カレンは笑顔でうなずいた。
「酒もつまみも用意するよ! 仕事に困ってるなら助けるよ! 病気なら看病だってしてあげるし、ポーションだって大盤振る舞いしちゃう! なんてったって、そのときわたしは、世界で一番かっこいい英雄の娘だから! わたしがケチくさくてかっこ悪いところなんて、見せられないでしょ?」
「そうだ!」
ホルストが語った理論は、そしてそれを飲みこんだ人々の暮らす世界は、カレンの理想に近かった。
だがカレンは、英雄と呼ばれるほどの偉業を成し遂げた人が、それなのに我慢をする世界になってほしいわけじゃない。
カレンの前世は他人のために尽くしすぎてダメになった。
今世も同じだ。
だからといって、誰かのために何かをするのが嫌になったわけじゃない。
困っている人を助ける人の方が、絶対にかっこいいだろう。
英雄が困っている人を助けたら、誰から見たってかっこいいに違いない。
そんな英雄をみんなで尊敬し、英雄を英雄たらしめた偉業をみんなで祝う。
カレンは、そんな世の中になってほしいのだ。
「みんなの中に、ダンジョンを攻略した英雄になったのに、酒を奢りたくないやついる!?」
「そんなケチくせえやつが英雄!? ありえないだろ!」
ダンジョンを攻略した英雄なのに損をするのかと、そう思う人も中にはいるだろう。
「ダンジョンを攻略した英雄に、喜ばずに我慢しろとか言うやついる!?」
「おれぁ仕事がなくなっちまったが、言うわけねえ! ありえねえ!」
歯の抜けたおじいさんがゲラゲラと笑いながら言う。
誰もが心からそう言ってくれるわけじゃないことは、カレンもよくわかっている。
不満を飲みこんだ人もいるだろう。
だけどこの場にいる大勢の冒険者たちのほとんどは、カレンの意見に賛同している。
ホルストが目を瞠って口を挟もうとしていたが、カレンはそれを許さず声を張り上げた。
「ねえみんな、ダンジョンを攻略した英雄は――誰よりも尊敬されるべきだよねえ!?」
「そうだ!!」
ユリウスが最後の美味しいところをかっさらっていったことを面白くないと思っている人はいるのかもしれない。
だけど、たとえ偶然であろうが棚ぼただろうが、カレンの父親がダンジョンを攻略して地上に戻ってきてくれるなら、カレンは盛大に祝いたい。
そんなカレンを否定する冒険者はいない。
文句のある冒険者がいても、声をあげられないだろう。
ホルストが代弁してくれればうなずくことぐらいはできても、そんな格好の悪いまね、普通の冒険者ならできない。
ただでさえ声の大きな冒険者たちが声を揃えるから、玄関ホールに飾られるシャンデリアがビリビリと震えた。
カレンの言葉は理想論だ。
だけどこっちの方が、絶対にかっこいい。
本音とか建て前とか関係なく、冒険者というものは、かっこいい自分が大好きなのだ。
慣れた雰囲気に、カレンは意気揚々と演説をぶった。
「ユリウス様がエーレルトのダンジョンを攻略してから初めての新年祭! ユリウス様の一番大きい肖像画を一番目立つところに飾るのが当然でしょう! そうだよねえ、みんな!」
「そうだ!! そうだ!!」
「だけどその絵はやめろ!! ユリウス様が気の毒だ!!」
「ひどい!! 一生懸命描いたのに!!」
「絵を引っこめろ、ド下手くそ!!」
「エーレルト! ユリウス様の他の肖像画があるだろ!? それに差し替えてくれ! 悪夢を見そうだ!」
「ヤダ!! これより大きいユリウス様の肖像画はないんだもん!!」
カレンは肖像画に抱きついて死守の体勢に入った。
冒険者たちも、そんなカレンを無理やり壇上から引きずり降ろそうとはしない。
みんななんだかんだ言いながら、面白がっているのだ。
「誰か絵が上手いやつを連れてこい!」
「こいつ画家だぞ! 服に絵の具がついてやがる! こいつに描かせろ!」
「いえっ、私は趣味で描いているだけですので――」
「誰に描かせても錬金術師の姉ちゃんよりはマシだ!!」
「自信を持って描け!!」
いつの間にか絵の道具が用意され、冒険者たちに盛大に応援されて、趣味人の女性がユリウスを描きはじめる。
ここからは、冒険者が大好きなお祭り騒ぎだった。