カレンの作戦2
口ごもるカレンを、ホルストは哀みの眼差しで見すえた。
「王都から来た錬金術師殿にはエーレルトのことはわからないであろうし、悪気はなかったのだと解釈してはいる」
「……そう、ですね」
カレンだって、強者のために弱いというだけで一生懸命生きている人たちが蔑ろにされていいとは思わない。
だけど、だけど――躊躇うカレンに、ホルストは畳みかけた。
「だが、君の行動はお強かったヴィンフリート様に劣等感を抱く何者かの差し金ではないかという疑いを抱かざるを得えない。君にそのつもりはなくともねえ」
嫌味な物言いに、カレンは躊躇いを中断してホルストを見やった。
「……誰の差し金でもありませんけど」
「そう見える、という話だよ。ヘルフリート殿に迷惑をかける行いだと、わかっているかね?」
ホルストはヘルフリートに配慮を示すように見せかけながら、引き合いに出した。
とても嫌な感じのする引き合いの出し方で、カレンは顔をしかめて言った。
「どうして迷惑がかかるんですか?」
問い質すカレンに、ホルストはやれやれと溜息を吐いた。
「君の行動は、父親であるヴィンフリート様に劣等感を抱くヘルフリート殿の意向を受けた行動にしか見えないのだよ」
「そんなんじゃありません!」
「君が言えば言うほど怪しくなる。下手なユリウス殿の肖像画など描いて、これがヴィンフリート様を陥れようとする陰謀ではなくて何なのだ? ユリウス殿にも迷惑をかけているという自覚があるかい、錬金術師殿?」
カレンはぐっと言葉に詰まった。
言いたい言葉はいくらでもあったが、一を言えば十で返ってきてしまう。
しかも、領民たちがホルストの言葉にうんうんとうなずいている。
カレンが何を言ってもホルストは領民たちにヘルフリートとユリウスを軽蔑させるきっかけとして利用してしまう。
しかも領民たちはそれを信じてしまうのだと、カレンは気がついた。
カレンの下手な絵がユリウスに迷惑をかけているというところにうなずいている可能性もあるけれども。
これまで、ヘルフリートもユリウスも、こうやって抑え込まれて来たのだろう。
ホルストとの対話に持ち込まれてしまえば、領民たちはこれまで領地のために尽くしてきたホルストの言葉を全面的に支持するのだ。
ジークのために領地を蔑ろにしてきた、ヘルフリートではなくて。
「そのゴミを片付けなさい」
「待って!」
ホルストに命じられてカレンの肖像画を片付けようとしたのが、ちょうどカレンが解毒のお茶をつくるにあたって実験に協力してくれたメイドたちだった。
もちろん、美容のポーションの提供は大変喜ばれた。
だからか、カレンの言葉が通った。
躊躇うそぶりを見せて立ち止まるメイドたちに、ホルストが怪訝そうに眉をひそめた。
カレンはハンドサインで、あとでポーションをあげると約束した。
メイドたちは、自分たちはエーレルト伯爵家のメイドですので顔をして、これ見よがしにヘルフリートの顔色をうかがった。
うかがわれたヘルフリートの方も若干驚きに目を瞠りつつ、片づける必要はないと合図する。
メイドたちは完全に肖像画から手を離した。
平民の女の子にとっても何より美容が大事らしい。
特に今日は新年祭だ。これからデートかもしれない。
カレンは彼女たちの気持ちがよくわかるが、ホルストにはわからないだろう。
メイドたちを動かせないことだけは理解したらしいホルストは、手段を変えた。
ホールにいる領民たちに向かって声を張り上げた。
「皆の者よ! 聞いてくれ! どうやら錬金術師のカレンが君たちへの配慮に欠けた言動を謝罪したいらしい。勇敢なる冒険者たちよ! 我らがエーレルトの英雄たちよ! 寛大なるその心で、彼女の謝罪の言葉を聞いてやってほしい」
カレンが冒険者に対して謝らないといけないようなことをしたかのような言い草で、ホルストは聴衆の耳目を集めた。
肖像画を片付けさせなかったカレンへの報復だと、カレンにはわかった。
カレンは唇を尖らせた。
「わたし、誰にとっても喜ばしい新年祭にしたいというブラーム伯爵のお考えには、賛同したかったのに……」
「もし本当にそう思っているのであれば、冒険者たちに言うべき言葉があるだろう? もちろん、君にそのような言動をさせた黒幕がいるのであれば、我々はその告発を聞き届ける心の準備はできているとも」
ホルストはいかにも悲しげな表情をとりつくろいながら、これ見よがしにヘルフリートの方を見やった。
カレンが何を言おうとも、ホルストはヘルフリートを下げる方向へ持っていこうとする。
「……それは、違うよ」
「何が違う?」
独り言さえホルストに拾われて、カレンはきゅっと唇を引き結んだ。
先日、ユリウスがカレンにこの男の前で沈黙を貫かせた意味がよくわかった。
この男と対話をしてはならないのだ。
何を言ってもねじ曲げられ、悪意の形に変えられてしまう。
ヘルフリートが気遣わしげに、だが落ち着いてカレンを見ていた。
これはヘルフリートが想定していた通りの状況なのだろう。
カレンの計画に笑い、失敗する可能性は高いがやってもいいと許可をくれ、進退窮まったらあとの始末は引き取ろうと軽い口調で言ってくれた。
まったく軽い口調で引き取ると言えるような状況ではないのに。
この状況でヘルフリートにあとを任せたら、ホルストの言う『ヘルフリートの差し金』という言葉を肯定するようではないか。
カレンは玄関ホールの大勢の領民たちに視線を移した。
ホルストと対話を避けるため。
そして、ホルストではなく彼らと話をするために。
「冒険者の人、手をあげてくれる?」
カレンが見本に片手をあげて見せると、ぞろぞろと手が上がっていく。
先程のホルストの演説に感じ入っていた人たち。
どかりと椅子に座り、エールをあおりながらふてぶてしい顔つきでカレンを見上げる者たち、口いっぱいに料理を頬張るのに忙しくて手をあげてすぐ下ろした者たち――彼らの位置を確認し、カレンは深呼吸した。
やっぱりやめだ、とそう思った。
ユリウスを苦しめたという父親の影響を弱めるために、カレンは思ってもいない強者絶対論を振りかざそうとした。
けれど、そういうやり方はカレンには向いていないらしい。
せっかくホルストが、ここには冒険者が大勢いることを教えてくれた。
冒険者たちこそがホルストの票田なのだろう。
エーレルトの領地を放置していたヘルフリートたちなどより、自分たちこそがエーレルトの守護者であると自認している冒険者たちを使って、ホルストはこれまでヘルフリートたちに圧をかけてきた。
ヘルフリートもユリウスもなんだかんだ人がいいので、事実エーレルトを守ってくれた冒険者たちに強くは出られなかったのだろう。
だが、冒険者ならカレンの得意分野である。
だから自分らしくやることにしよう。
そう決めるとカレンは冒険者たちを見下ろして、にっと笑って見せた。