エーレルトの密談 ユリウス視点
「――カレンをエーレルトの陰謀には巻き込まない。これでいいのだな? ユリウス」
「はい、兄上。ジークも協力してくれてありがとう」
「カレン姉様を巻き込まないのはぼくも賛成ですからお気になさらず、ユリウス叔父様」
口裏を合わせてくれたジークの大人びた返答に、ユリウスは苦笑した。
先程、ヘルフリートの執務室から出てくるカレンとすれ違った。
カレンには、エーレルトに出回っていた毒に関する最終的な調査結果について、ヘルフリートからもっともらしい説明があったはずだ。
犯人は見つからなかったし、そもそも犯人はいないのかもしれないという、なんとも言えない調査結果だ。
だが、真実は違う。
確たる証拠は見つからなかった。だがエーレルト伯爵家は、今回毒を広めた犯人はブラーム伯爵一派であろうとほぼ確信している。
不思議な知識を豊富に持つカレンの助けがあった方が、証拠はより探し出しやすくなるだろう。
「私は知らせてもよいのではと思ったが、カレンのことはユリウスに一任しているからな」
「エーレルトの利益のためにカレンを取り込むにしても、それはエーレルトの陰謀に巻き込む形であってはならないと考えます」
「それはカレンのためか? それともエーレルトのためなのか?」
「エーレルトのためではないのですか?」
ヘルフリートのユリウスへの問いに、ジークがきょとんと目を丸くする。
「カレン姉様を穏便に取り込むために、嫌な思いをさせて離れて行くことを防ぐため、遠ざけるのではないんですか?」
「ジークの考え方ももっともだ。だが、ユリウスは違うようでな?」
ヘルフリートの言葉に、ジークは丸い目をユリウスに向けた。
ユリウスはそれに微笑んで応えた。
「カレンは錬金術師だ。錬金術師として、錬金術に身命を捧げることを誓っている。私はその邪魔をするのは下策だと思うよ。もしも我々がカレンの志の邪魔になれば、エーレルトそのものから離れていきかねない」
「と、もっともらしいことを言ってはいるが、本音は違うのだろう?」
ヘルフリートに促され、ユリウスは純粋な貴族として成長した甥の成長の糧となるため、建前の裏側にある本音を言わされることとなった。
「……カレンが、泣いていたのだよ」
ユリウスは、苦笑を浮かべつつ自らの言葉を噛みしめるようにして言った。
「私とカレンは、ヴァルトリーデ王女殿下と共に茶会に出席した。カレンは血筋の祝福を癒やした姿で現れた殿下を見て、泣いていたのだ……」
登場するヴァルトリーデの姿を見て、カレンは手で顔を覆って泣いていた。
自分の仕事の成果を披露した、達成感のためだろうか。
泣いていたカレンが涙を拭いながら顔をあげ、その先に嘆息する令嬢たちを見つけたときの、あの誇らしげな表情がユリウスのまぶたの裏に焼きついて離れない。
「錬金術師としての自身の仕事の成果を目の当たりにしたときのカレンの姿を、私は忘れられない。カレンの邪魔をしてはいけないと、改めて突きつけられた心地だったよ」
「カレン姉様がいずれ大錬金術師になる方だからですか?」
「そうではないよ、ジーク」
自ら口にしながら躊躇うユリウスに、ヘルフリートが突きつけた。
「きっとユリウスはカレンがいずれ大錬金術師になることがなくとも、邪魔をしてはいけないと感じただろう。正確には、邪魔をしたくないではないか?」
「そう……なのでしょうね」
そうであることに戸惑いを覚え、ユリウスは口ごもった。
ジークはピンと来なかったようで不思議そうな顔をしている。
「まあ、本音はどうあれ建前は納得のいくものなので、カレンにはエーレルトのいざこざからは距離を置いてもらうこととしよう。ジーク、このように、己の本当の望みを叶えるためのもっともらしい建前を持つようにしなさい。今はまだ己の望みと貴族としての正義が食い違うことは少ないかもしれないが、いずれ食い違いが起きた時のために」
「そういう時は己の望みは押し殺して、貴族の正義のために動くべきではないのですか?」
長く倒れていたために純粋なところのあるジークはまだ、貴族の正義と己の延命が食い違っていた事実を知らない。
もしもジークがそれを知ったときのために、家庭教師に教えられたような通り一遍の貴族の道理とは違う、生きるための知恵をヘルフリートはジークに授けた。
「誰もが己の望みを叶えるために生きている。義務や正義のためだけには、誰も生きてはいけないのだ。命をかけることは尚更できない。だから誰もが本音と建て前を使い分けているもの。そう覚えておきなさい」
「……そういうもの、なんですね」
いずれブラーム伯爵派の者たちが間違いなく、ジークにいらぬ事実を吹き込むだろう。
そのときに、何を差し置いてでもジークの救命を願ったヘルフリートの本音が、ジークの心を守る盾となることをユリウスは願った。
「だが、カレンが自ら巻き込まれに来る場合には話は別だぞ、ユリウス」
「はい?」
急に話がユリウスに戻り、ユリウスは目を白黒させた。
「あの、一体何の話でしょうか?」
「私はカレンよりエーレルトの利益を優先する。カレンが自らエーレルトの事情に巻き込まれに来た場合には、私は止めず、喜んで歓迎するつもりだ。それは覚えておけ」
どうしてわざわざそのような話をするのか。
そういえば先程カレンとすれ違うときも、ユリウスはカレンを見ていたのに妙に視線が合わなかった。
先程だけではない。ここ最近、視線が合うことがほとんどない。
「……先程カレンが兄上のところに来ましたよね? 何の話をされたのですか? 毒についての最終調査結果について話したのではないのですか?」
「それも話したぞ」
「他には?」
「秘密だ」
そう言ったあと、ヘルフリートは顔をおさえて肩を震わせた。
珍しいことに、ヘルフリートは笑っているらしい。
笑っているぐらいだから大した秘密ではないのだろうかと思いつつ、ユリウスとジークは顔を見合わせて首を傾げた。