美の女神
しかし翌日、事件は起きた。
「錬金術師様、ご覧ください!」
「カレン様のおかげで、王女殿下が見違えましたわ!」
朝、きゃいきゃいとはしゃぐ侍女たちに出迎えられたカレンは、がっくりと崩れ落ちた。
「どうして痩せちゃってるんですかねえ……! しかも! 風船がしぼむような痩せ方じゃなくて、すごく綺麗!!」
「うむ。そなたに一杯食わされたのではないかという一抹の不安があったわけだが、その様子を見るにそなたにとっても不本意な状況であることが伝わってくる」
ほっそりとした金髪緑目の美女が体に合っていないドレス姿でベッドの端に座っていた。
波打つ黄金の髪、ぱっちりとした緑の目に、ぽってりと膨らんだ色気のある唇に、小さな鼻。
大柄だが首がすらりと長く、胸は豊かに膨らんでいて、腰はきゅっとくびれている。
体に合わないドレスの下からすらりとした足首が覗いている。
背の高い爆美女が優美にベッドに腰かけている。
「そなたのポーションを飲んでから腹を下したかと思えば、気づけばこうなっていてな。その様子だと、私が痩せた理由はそなたにもわからないのか」
「いえ……お姿を見たら、大方の予想は付いてしまいました」
「うむ? そうなのか?」
カレンはうなずきながら溜息を吐いた。
「最後にお飲みになったポーションは、体から悪いものを出すポーションです。……殿下の魔力が『悪いもの』扱いされて、ポーションで流れたんでしょう……」
魔力で満ちていれば体は最高の状態が保たれるはず。
現にユリウスはピカピカしている。
だが、魔力が満ちすぎているはずのヴァルトリーデは肌荒れしていた。
魔力が体にとって悪いものになっていたのだろう。
だから魔力もまた、老廃物認定されて体から排泄されたのだ。
「わたしのポーション、血筋の祝福に対してだけ即効性がありすぎるよ……」
「そなたが昨晩供してくれた、解毒のポーションが当たったのか」
「当たってしまいました……」
「しかし人目も憚らずに嘆くでない。私が人払いしてやらなければ誤解されるぞ」
ヴァルトリーデが呆れ顔で言う。
気づけば、侍女たちの姿はなかった。
「それにしても、そなたをどうしてくれようか」
「うっ」
「表向きには私はそなたに恩がある状態だが、そなたは私との約束を破った」
「も、申し訳ございません」
カレンの謝罪にヴァルトリーデはにっこりと笑った。
あまりに神々しく美しい。美の女神かと見まがう微笑みだ。
だが、その緑の目は笑っておらずカレンを見下ろしている。
「……ひとまず、エーレルトの令嬢たちの茶会があるゆえ、そなたも同行せよ」
「か、かしこまりました……!」
冷や汗をかきながらうなずくカレンを、ヴァルトリーデは何を考えているのかわからない笑みを浮かべてじっと見下ろし続けていた。
「これがヘルフリート兄上からもらった調査報告書だ。まだ途中経過だそうだが、令嬢たちの治療の役に立つだろうか?」
「……拝見します」
ヘルフリートが調査をはじめ、すぐに領内に白粉使用禁止令が出された。
揺れる馬車の中、カレンはユリウスから受け取った資料をめくった。
今、カレンたちはエーレルトの令嬢のお茶会に向かっている。
ヴァルトリーデは別の馬車だ。
令嬢たちを驚かせるため、ぎりぎりまで血筋の祝福による肥満が解消されたことが悟られないよう、まだユリウスさえヴァルトリーデの変貌を知らない。
もしもあのヴァルトリーデを目の当たりにしたら、ユリウスはどう思うのだろう。
そう思うと中々資料の内容が頭に入ってこない。
だが、カレンは令嬢たちの情報を頭に叩きこまねばならないのである。
ヴァルトリーデのエーレルトの令嬢たちへの恩義は本物である。
なので、ヴァルトリーデの怒りを解くためにも、カレンは令嬢たちを助けないといけない。
カレンは資料を食い入るように見つめた。
そこには白粉がどのような経路で令嬢たちの間に広まったのかが書かれている。
「カルク男爵家のロジーネ嬢が外国の商人から大量購入して、同派閥の令嬢たちに配った、ですか」
「エーレルトが動き出してすぐに商人は姿を消し、カルクの令嬢は自分が毒を蔓延させてしまったことに傷つき反省している。エーレルトとしてはカルク男爵家を責めることはせず、自ら申し出たことに免じて許すこととした」
「そうですね。悪意があったわけではありませんもんね」
いい化粧品があると聞いて、購入したのがたまたま粗悪品だったのだという。
わかっていて広めたならともかく、それを責めるのは気の毒だろう。
ヘルフリートにも二つの毒が組み合わされている可能性は伝えたが、その後情報は出てこない。誰の悪意もからんでいないという可能性もあるのかもしれない。
白粉の原料が水銀なのも素材の毒性を知らないからで、ただ単に魔法が身近な世界だから製造過程で魔力素材が混入し、それがたまたま体に悪い作用を及ぼしただけならば、誰のことも責められない。
「気に掛かるのは、ブラーム伯爵派……前エーレルト伯爵派とも言われる彼らの派閥の子女はこの化粧品に手を付けていなかったことだ」
「ブラーム伯爵が毒白粉を広めた犯人、ってことですか?」
「そうとも言い切れない。エーレルト伯爵派とブラーム伯爵派の令嬢たちは何かと張り合っている。お互いに良い化粧品を手に入れても隠そうとするのだよ」
心に引っかかるのは毒を盛ってきてもおかしくないという疑念があるからなのだろう。
それでも、犯人なんていない方が精神衛生上はいい。
「ペトラ様はブラーム伯爵と一緒にいた人の姪ですし、そのペトラ様も毒白粉を使っていたということは、不幸な事故だったのかもしれませんね」
「そうかもしれないね」
やがて、馬車は目的地に到着した。
今日のお茶会の主催者はロジーネで、ここはカルク男爵家だ。
謝罪をするために派閥の令嬢たちを呼んだのだという。
そこにヴァルトリーデも呼ばれ、カレンとユリウスはその付き添いだ。
馬車から降りるカレンに手を貸しつつ、ユリウスは言った。
「さて、王女殿下とカレンが何を企んでいるのかそろそろ教えてもらえるかな?」
「気づいていらっしゃいましたか……そのうちわかるのでお待ちください。はぁ……」
「どうして元気がなくなるんだい?」
運命の恋人たちが出会ってしまうかもしれないので、カレンはすでに落ち込んでいるのである。