効果◎
「やっと戻って来てくださったのね、ユリウス様! ああっ、目眩が……!」
カレンたちが戻ると跳ねるような足取りで近づいてきたペトラが、ふらついたかと思うとユリウスに向かって倒れこむ。
それを、ユリウスがカレンを使って回避した。
「えっ!?」
ユリウスの盾にされたカレンの胸にペトラが倒れこむ。
その体の細さ、軽さに、カレンはごくりと生唾を飲んだ。
ペトラは本当に体が悪いのかもしれない。
元から華奢な少女だという可能性もあるにはあるものの、目眩もユリウスに抱きつくための方便ではなさそうだ、とカレンはその薄い肩を抱いて感じた。
「大丈夫ですか? ペトラ様」
「どうしてあなたがそこにいるのよっ」
ペトラはキッとカレンを睨みつけると、カレンを押し退けるように体を起こし、乱れたツインテールをパッと払って荒い足取りで元の席に戻っていく。
やはりユリウスに抱きつくために仮病を使っただけかもしれない、とカレンは荒んだ目をした。
「申し訳ございません、カレン様! ペトラ! 礼を言うべきだろうにおまえときたら……! さっさと白粉の話をしなさい!」
フランクに叱られてぶすくれた顔をしつつ、ペトラはぽつぽつと話しはじめた。
「誰にすすめられて白粉を使い始めたのか、もう覚えていませんわ」
嘘か真かペトラはユリウスに向かって話しはじめたが、途中から答えを求めるようにカレンを見やった。
「私の体調不良は本当に、この白粉のせいなのかしら?」
「そうだ、ペトラ。この方が白粉を使ってポーションを作ったところ、体を壊すという恐ろしい毒になったぞ」
カレンの答えを待たずにフランクが言った。
見るからに怯んだペトラは、ぐっと唇を噛みしめた。
「……何者かが悪意を持って広めたのかしら」
ぶるりと震えながら言うペトラに、カレンは錬金術師としてフォローを入れた。
「わたしが聞いたとある国では、毒だなんて思いもせずにただ美しい白粉だと思って大勢の人が使っていたけれど、体調不良を起こす人が出ておかしいと気づいて、使用を取りやめたという話です」
「ふうん、そうなの」
ペトラは可愛い顔に不釣り合いなしわを眉間に寄せつつ、ほっとした顔をした。
誰だって、悪意で毒を盛られたとしたら恐ろしいだろう。
前世もそうだったので、今世も誰かが美を追究しているうちに生み出されてしまったのだろうなとカレンは思っている。
フランクはカレンを見やって促した。
「ポーションを作ってくださったのですよね? カレン様」
「そうです。お出ししますね」
サラがワゴンを押してくる。
机にティーカップを並べ、ポットからポーションを注いでいく。
「普通のお茶にしか見えませんけれど」
「ペトラ、静かにしなさい」
フランクにたしなめられ、ペトラはツンと顔を逸らした。
「どうぞ、鑑定してください」
「失礼します」
フランクは胸ポケットから取り出したモノクルのようなデザインの鑑定鏡でティーカップを見下ろした。
「解毒のお茶と出ていますね。毒を出す、と。解毒のポーションの効果は毒の魔法の解除だが、毒を出す、と書かれているということは別の効果ですね……」
グレードの低い鑑定鏡は曖昧な表示結果になりつつも、ざっくりどんな効果か教えてくれる。
解毒のポーションと違うということは伝わったらしい。
「……見たことのない効果ね」
ペトラもオペラグラスのような形をした鑑定鏡でティーカップを食い入るように見下ろしていた。
「カレン様、これはもしやまったく新しいポーションではありませんか?」
「そうですね。世の中に広まっていない、どんな効果があるのか正確にはわかっていないポーションです。効くかもわかりません。逆効果かもしれません」
体から老廃物を出すポーション。
もしも老廃物を濾過する体の機能が傷つきすぎていたら、むしろこのポーションはエンジンが壊れた車にガソリンを入れて無理やり動かそうとするようなもので、体の負担になるかもしれない。
「もし不審点があれば飲まずとも結構です。ペトラ様はお元気そうにも見えますし」
すぐにどうこうなるような体調には見えない。
カレンの言葉にフランクは眉をひそめつつ、妹の手を掴んだ。
手を掴まれたペトラはフランクを、その思い詰めたような表情を見てきゅっと唇を引き締めた。
フランクは足元を踏み固めるような確かな言葉使いで、ペトラの真意を確かめた。
「……ペトラ、どうする? 私としては、飲んでもらいたいと思っている……おまえは我慢強いだけで、見た目よりもずっと辛い思いをしていると、私は理解している。だが、おまえが調べの済んでいないポーションを恐れるなら……」
「……解毒の効果があると一応は女神様が認めていらっしゃるし、試してみてもいいわ」
鑑定鏡の結果が出たことを『女神様が認めた』と言うらしい。
確かに、白粉の素材を仮定してポーションを作ってみることで正体を確かめた時なんかには、女神様に正解を教えてもらったという感じがした。
「飲んでみるわよ? いいわね?」
「お願いします」
カレンを見て訊ねてきたペトラに、カレンは力強くうなずいた。
ユリウスへの色目はモヤつくものの、治ってほしいという気持ちは本物である。
健康になってもらわないと、全力で警戒できない。
ヴァルトリーデも同様である。
「……苦いわね」
「ゆっくりお飲みください。体調を見ながら、もし異常があれば飲むのを一旦やめてください」
「今のところ、特にどうということはないわね」
ペトラは顔をしかめつつポーションを飲み干した。
「特に変わったことは何も……ん? ……ッ!?」
ペトラは顔色を変えて跳び上がると、支えのメイドを連れて部屋を飛び出していった。
「どうしたんだ!? ペトラ!?」
フランクがそれを追っていく。
カレンは腰を浮かせかけたユリウスの腕を掴んだ。
「カレン、何かあったのなら様子を見て来なければ」
「いえ、多分、ポーションの効果が出ただけです。わたし、別に意趣返しのつもりで飲ませたわけではなく、心から効きそうだなと思ってお出ししただけで、まさかこれほど即効性があるとは思わなかったわけでして」
要領を得ない言い訳を連ねるカレンを、ユリウスは怪訝な顔で見下ろしながらもソファに座り直した。
そこへ、フランクが戻ってきた。
気まずげな顔をしてはいるものの、得体の知れないポーションを飲ませたカレンへの怒りは見られない。
「……特に問題はないようでした。少々お待ちいただけますか?」
「かしこまりました」
「その、戻ってきたペトラがカレン様に理不尽な物言いをするかもしれないのですが――」
「これはわたしが悪いので、受け入れます」
老廃物を排泄する効果のあるポーション。
ユリウスの前で飲ませるべきではなかったかもしれない。
カレンなら、こんな即効効果のあるポーションは、ユリウスの前でだけは飲みたくない。
「確かこのポーションの効果は……ああ、なるほど」
「理解しないであげてください、ユリウス様!」
カレンは決してモヤモヤのあまりこんなことをしたわけじゃない。
本当に、ただ治してあげたかっただけなのである。
遠くこの屋敷のどこからかカレンを罵倒する甲高い声が聞こえてくる気がしたが、カレンは甘んじて受け入れた。