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説得


「追い返せばよかったのに、何を招き入れているのよ、カレン」

「そうですよ、カレン様。お祝いの場にいらしていいような方ではないはずです」


ナタリアはともかくサラも中々の事情通である。

カレンがマリアンを紹介するよりも前に、マリアンの顔を見て冷めた目をして言った。

いつものマリアンならこんなことを言われれば黙っていないだろうに、今日は固い顔つきで押し黙るばかりだ。


「二人ともごめんね。でも、マリアンに聞きたいことがあって」


カレンは玄関の扉を閉めると、押し黙っているマリアンに向き直った。


「どうしたの? ……もしかして、ライオスのこと? あの夜、大丈夫だった?」


エーレルト伯爵邸での快気祝いの日、マリアンとライオスは揉めていた。

カレンの見間違いでなければ、ライオスがマリアンの首を絞めていたように見えた。

ちらりとマリアンの首元を見ても、何らかの痕跡が残っているということはなく、カレンはほっと息を吐いた。


そんなカレンを見て、マリアンは顔を歪めた。


「相変わらず甘っちょろい女ね。そんなだから石鹸もライオスも私に奪われるのよ」

「うぐっ」

「カレン様がこのような方だからこそ、助けたいと思う者も大勢いるのですよ」


言葉に詰まったカレンの前に、サラが進み出て言った。

マリアンはサラを見て顔を強ばらせた。


「……エーレルト伯爵家の方、でしょうか?」

「いかにも、私はエーレルト伯爵家から使わされた使者のサラと申します」


サラはエーレルト伯爵家のお使いでカレンのところに来たらしい。

どんな用事だろう、とカレンが小首を傾げていると、マリアンがカレンを必死の形相で見やった。


「カレン、あんたには悪かったと思っているわ。謝るから、だから私を許してくれない?」

「え? 何の話?」

「全部の話に決まってるでしょ!?」

「それが人に謝る態度なのかしら」


ナタリアが椅子に腰かけたまま呆れたように言う。

サラも首を横に振った。


「カレン様、聞く耳を持つ必要はございませんよ。当家がグーベルト商会に圧力をかけているのでカレン様に縋ることにしたのでしょう」

「サラさん? 圧力って?」

「サラ、でございます」

「理不尽!!」


サラに言いたいことは色々あったものの、マリアンが歯がみしているのでカレンは要点だけを尋ねた。


「もうっ、サラ! それで、圧力って何?」

「グーベルト商会はカレン様の発明品である石鹸のレシピを掠めとった商会です。カレン様をお身内として認めたエーレルト伯爵家は、これを認めるわけには参りません。本日カレン様のもとを訪れたのは、当家の方針をお伝えするためでした」

「警告を、そして要求を出してください! いきなり圧力をかけるなんてあんまりだわ!!」

「いきなりレシピを奪われたカレン様も同じお気持ちだったことでしょう」


マリアンは顔を赤くしたまま肩から提げていた鞄を漁った。

中から紐でくくられた紙の束を引っ張り出すと、カレンに向かって突きつける。


「カレン! これを読んでちょうだい!」

「カレン様、見る必要はございません」

「そうよ、カレン。どうせあなたの同情を買うようなことが書かれているのよ。無駄に悩むことになるだけよ」

「とりあえず見るくらいはね」


サラとナタリアにやいのやいのと言われつつも、カレンがマリアンから受け取った紙に書かれていたのは、数字の一覧表だった。


「えーっと」

「説明するわ。……させてちょうだい! それはここ十年間におけるダンジョン内で怪我を負った冒険者の救命率の推移の数値よ!」

「そんな情報をどうしてマリアンが持っているの? 冒険者ギルドでないとこんな情報は調べられないはずよ」


ナタリアが怪しむように言うと、マリアンはナタリアを睨みつけるようにして言った。


「グーベルト商会には教えてもらえるのよ。特に駆け出しの冒険者たちの救命率の向上がうちの――石鹸のおかげだから!」

「へえ、そうなんだ」


カレンは興味深く数字を見下ろした。

見づらいことこの上ないが、どういう数字なのかを言われてみれば、怪我の種類や深さが分類されていて、それらの怪我を負った冒険者たちが助かったのかどうかが書かれている。


「カレン、ライオスのために石鹸を作りだした時、あなたが言ったのよ。石鹸で洗えば体調を悪化させる悪いものを落とせるって……だからうちでつくった石鹸を冒険者に売ったら、怪我人が助かることが増えたのよ」


数字を追うと、マリアンがカレンの石鹸を勝手にグーベルト商会の商品にして売り始めた頃だろう、八年ほど前から、冒険者たちの救命率は向上しはじめている。

特にランクの低い冒険者の救命率が、著しく伸びている。


「石鹸があるからポーションがなくても助かる冒険者がいるのよ、カレン。うちが石鹸を売らないと、助かるはずの冒険者が助からなくなる! だからどうか、エーレルト伯爵家を止めてちょうだい! うちの流通網に圧力をかけるのをやめさせて。これまで通り石鹸を売らせて欲しいの。もちろん、お詫びならするわ! あんたならできるわよね? カレン」

「話になりませんよ、カレン様。グーベルト商会が売らなくてもよいのですからね。もしもカレン様が冒険者の方々を気にされるようであれば、エーレルト伯爵家と取引のある別の商会に作らせましょう」


必死の形相で言いつのるマリアンを黙殺し、サラが冷たく言い放つ。


「カレン、優しいあなたのことだからマリアンに同情しちゃっているんでしょう。けれど、あなたのレシピを盗んだ人間に対して甘い顔をするのは、あなたに対して誠実に対応するすべての人間に対して失礼だってこと、忘れないでよね」


ナタリアに言われ、カレンはこくりとうなずいた。


「ナタリアの言う通りだね」

「カレン……!」


マリアンが縋るようにカレンを見つめる。

そんなマリアンを見下ろして、カレンは言った。


「わたしに優しくしてくれる他のすべての人たちの誠実さを蔑ろにすることになるから、わたしはわたしから一方的に奪ったマリアンに甘い顔はできないよ。だから、厳しく対応させてもらう」

「……そうね、それが、普通だわ」


マリアンがその場にしゃがみこんでうなだれる。

そんなマリアンの前にしゃがんで、カレンはその顔を覗き込んだ。


「だから、マリアンの亡くなったお兄さんの話を聞かせてもらえる?」

「ッ!」


マリアンが勢いよく顔をあげる。

悲しみか、怒りなのか。

声にならない声をあげ、カレンを凝視するマリアンに、カレンは言った。


「マリアンが冒険者のために働くことにこだわるのは、わたしが九歳くらいのときに亡くなった、冒険者のお兄さんが原因だよね? その人の話を聞かせてよ。きっとマリアンにとってはすごく辛いことなんだろうけど、厳しく行かせてもらうつもりだからね」

「……ヨハン兄さんのことなんて、どこで知ったのよ。うちでももう、誰も話題にしないのに」


マリアンが掠れた声で言う。

名前を口にするだけでも、ひどく言いづらそうにしている。


「亡くなられた頃、大人たちが普通に話しているのを聞いたよ。だからライオスの家でマリアンとはじめて会ったときから、ずっと知ってたよ」


マリアンはフリーダが度々家庭招待会を開催しているのを聞きつけた家族の誰かに、本人の意志とは別に連れてこられたのだ。

きっと、気晴らしになるようにと思ったのだろう。

一番上のお兄さんを亡くしたばかりで塞ぎ込んでいる女の子だと、大人たちの囁き交わす噂話で知っていた。


だから、血筋の祝福で気が立っているライオスとの間に入って、カレンは随分と気苦労をしょった覚えがある。


石鹸をつくることにしたのは、あの場の空気を和ませるためでもあったのだ。


カレンは立ち上がるとお茶をいれた。

それがポーションにならないように気をつけた。


「座りなよ、マリアン。洗いざらい話してもらうんだから。マリアンがこれからも冒険者のために働きたいって、石鹸をつくり続けて、売り続けていきたいっていうのなら、わたしを納得させないといけないんだからね」


マリアンの話に納得するカレンを見せて、ナタリアと、特にサラを納得させなければならないのだ。

マリアンの気持ちを落ちつかせるようなポーションを作ってしまえば、マリアンの気持ちが伝わりきらない。


マリアンは青ざめ、ぶるぶると震えながらカレンにうながされるまま椅子に腰かける。

そのまま、マリアンはじっとうつむいていた。

この様子では話さずにすべてを断念して帰るのではないか、と一瞬思ったカレンだったが、マリアンはカレンが出したお茶を一口口にしたあと、震える声で話し出した。


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錬金術師カレン1
― 新着の感想 ―
やっぱりお前良い子だな…!?ちょっと言葉遣いとかがまずい気はするけど、ここは現代日本じゃないし気の良さそうな近所のおばちゃん達でさえ良かれと思ってあの発言の山だったんだから… Fランクというのはだいぶ…
冒険者街で暮らし冒険者の父を亡くし弟は冒険者になったカレンとしては話を聞くのも一つかと 新しい関係性が増えた今のカレンなら合理的でやさしく厳しい判断をするのかな
マリアンが冒険者のために働くことにこだわるのは、わたしが九歳くらいのときに亡くなった、冒険者のお兄さんが原因だよね?  お兄さん何かやらかしてるよね。楽しみ
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