厚遇の一般人2
「あたし、調子に乗っちゃう……! 少しくらいならおねだりしていいんじゃないかな? とか思っちゃう……! 周りの人に、自慢しまくっちゃうよぉ……!!」
「ほら! 可哀想だろうが!! リリーは自制心が弱い、ごくごく普通の女なんだぞ!!」
「え~」
カレンは抗議の声をあげた。
「別にちょっとくらい調子に乗ってくれても全然いいよ?」
「ウウッ……巷で話題のカレンちゃんの化粧品、ちょっと気になっててぇ……!」
「一式セットあげるね」
「ウワアアアアアアアアン!! 誘惑!!」
そう言ってリリーはパタリとベッドに倒れこむ。
ゆりかごの中でシリルがきゃっきゃと笑っている。
「ちょっとで済むよう自制できるんならこんなに苦しまねぇわけよ。そのうちカレンちゃんのマブダチを名乗り出すからな。そうならないようリリーはカレンちゃんを避けてたわけだ」
「わたしって避けられてたの!?」
「うぅ~! ごめんね、カレンちゃん……! だけどもう行ってちょうだい。あたしの中の悪が目覚めないうちに……!!」
右腕を抑えながらリリーが震えている。
リリーの悪はどうやら右腕に宿って疼いているらしい。
厨二病を発動させるリリーの姿に、カレンは肩を竦めた。
「しょうがないなあ。だけどわたしのためにこっちに移り住む決断をしてくれたのは本当に感謝してるし、その分の対価や援助は相手がリリーさんでなくても渡すものだから、それくらいは受け取ってよね?」
「他の人と同じくらいなら受け取ってもいい、はず……!」
「はいはい。でもそのスープはちゃんと飲んでよねっ! ジャガイモのポタージュは疲れた体を温めてくれるし、赤ちゃんの離乳食にもできるように余計なものは入れてないから」
「カレンちゃんがせっかく作ってくれた料理を残したりはしないわよぉ……!」
リリーは溜息を吐くセプルの手からスープ皿を受け取って、一口食べると泣いた。
「美味し~! セプル! シリルにも食べさせてあげて!」
「はいはい」
「セプルおじさんが赤ちゃんにご飯あげてる……!?」
「カレンちゃんは一体何に驚いてんのかね」
ベッドに座るリリーの隣に腰かけて、セプルがシリルを抱き上げてスプーンで離乳食代わりのポタージュを食べさせる。
その姿にカレンはおののいた。
「っだぁ!」
「おっ、シリルも美味いって言ってるぜ」
「えへへ。よかったねえ。カレンちゃんの料理美味しいねえ」
最初は違和感に身を引いていたカレンだったが、シリルの顔を覗き込んで笑い合う二人は確かに夫婦だった。
「シリルを預かってもらえる上に働けるのは嬉しいけどさぁ。カレンちゃん、またあたしのこと特別扱いしようとしてない?」
「してるけどしてない」
「半分してるじゃーん!!」
突っ込みを入れてくるリリーにカレンは何と説明すべきかと首を傾げた。
数日の休息を経て、リリーは完全復活した。元々大したダメージもなかったらしい。丈夫な人である。
そして労働をしたがった。
王都でも、出産前後ぎりぎりまで父親の居酒屋で働き続けたという働き者の看板娘である。
働くのが生きがいという気持ちはわかるので、カレンから一つ就労先を紹介したのだ。
リリーは喜んで受け入れた。
あてにしていたカレンも喜んだ。
シリルを使用人の子どもたちを預かっている子守に預けたリリーとカレンは、今エーレルト伯爵邸内を仕事場に向かって共に歩いているところだった。
「リリーさんはわたしにとって特別だよ? 何しろ恩があるし」
「恩っていうかさぁ。あたしただ、うちの居酒屋の残飯を分けてあげただけだよ?」
「残飯っていうか、まかないだったよね。それを分けてくれたせいで、リリーさん、居酒屋の親父さんには毎度こってり叱られちゃって……リリーさんが居酒屋を継がせてもらえなかったのってわたしのせいでもあるでしょ?」
「いやいや、カレンちゃんのせいとか、そーいうのじゃないの。お金を払えない人に食べさせちゃダメなのに、あたし、きっぱり線引きできなくってさ。カレンちゃん相手だけじゃなくてね」
リリーは苦笑いする。
これまでにも何度か聞かされた話だったので、カレンも知っていた。
リリーは甘いのだ。自分にも甘いし、他人にも甘い。
つまりはお人好しなのだ。
「あたしじゃあっという間に店を潰しておしまいだって、お父さんに言われた通りだと思う……えへへ……向いてないってあたしも思うんだ。お父さんの料理を美味しそうに食べて飲んで大騒ぎする冒険者を見るのは好きだったんだけどね」
カレンの父親が特に悪意もなく、ただただアホだから金も置いていかずにダンジョンに潜った時のこと。
放置された幼いカレンとトールが近隣住民の好意に頼るのも限界になった時の巡回先の一つが、リリーの父親が営業する居酒屋、ウワバミ亭だった。
ウワバミ亭の店主は金のない相手は子どもでも容赦なく叩き出した。
けれど、その娘のリリーには泣き落としが通用したのである。
「それに、カレンちゃんは結構早くから子ども吟遊詩人とか、子ども大道芸人としてお客さんを盛り上げて、受け取ったおひねりでご飯を食べてたじゃない。だからあたしが跡を継げないのとは関係ないのよ」
リリーの父親に雷を落とされて、それが死ぬほど怖かったから、カレンはリリーの甘さに付け込むのをやめただけだ。
実際、本当に困ったなら孤児院にでも行けばよかったのだ。
孤児院の所属になれば助けてもらえただろう。
代わりに自由を失うことになるのが嫌で――家に帰れなくなったりトールと離ればなれになるのが嫌で、カレンはトールを巻き込んで粘っていた。
その後カレンは店主と交渉して、最初は居酒屋の隅で歌を歌うところから始めた。
最初は耳慣れない歌に迷惑そうにしていた店主や客の面々も、カレンから繰り出される多種多様なレパートリーを次第に不思議がり、面白がるようになった経緯がある。
「何にせよ、リリーさんがわたしたちに親切にしてくれたのは確かだからねっ!」
「……それが恩ってことになっちゃったかぁ」
リリーが遠い目をした。
「わたしが恩返しできる相手って限られてるの」
「あ~。カレンちゃんと近い人間だと思われるとまずいことになるかも、ってやつね。だから王都ではカレンちゃんの錬金工房の隣のアパートに移ったわよ。まあセプルも冒険者だからどこで恨みを買ってるかわかんないし、ちょうどよかったけど……それが何?」
リリーが怪訝な顔をするのに、カレンは笑顔で応えた。
「他のとこに返せない分の恩、全部リリーさんに返させてほしいの!」
王都のアパートの近所の人や、親しい友人、ごく普通の市井で暮らす人々をカレンはもう特別扱いすることはできない。
だけど、カレンのもとに来てくれて、今後も守らせてくれるリリーなら、思う存分特別扱いすることができるのである。
「それはちょっと違いすぎない!? これで半分が特別扱いじゃないことあるの!?」
「もう半分はね――」
カレンが説明しようとした時、目的地であるエーレルト伯爵邸内の別邸の方角から、甲高い泣き声が響いた。
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