新年祭3
去年と同じようにカレンたちは二階の中央階段から入場した。
あの時よりもはるかに気が楽なのは昇級してBランク錬金術師になったからか、ユリウスだけでなくエーレルト伯爵家の人々を心から身内と感じるようになったからか。
余裕があるせいか、会場の様子がよく見える。
そのためにカレンが気にしすぎなのかもしれないけれども――。
「ギスギスしてる……」
新年祭にはエーレルト領のほとんどすべての貴族が招待されているが、冒険者は全員新年祭に参加できるわけじゃない。
ここに集まる冒険者は確か、Cランク以上またはそれなりの役職についている者、あとは弱くとも古くからエーレルト領都ダンジョンを知り尽くしている知恵袋的な人が招かれていると聞いている。
つまりこのギスギスした状況は、エーレルト領内の貴族と冒険者の関係の縮図と言えた。
その貴族と冒険者たちが、左右の席に分かれてほとんど睨み合っていた。
昨年の新年祭でも決していい雰囲気ではなかったが、これほど険悪な雰囲気ではなかった。
冒険者の方はカレンが好き勝手ぶち上げるまで居心地が悪そうにしていたものの、貴族の方は我関せずといった様子だった。
それが、今年は貴族も冒険者たちを悪い意味で意識していた。
貴族と冒険者の関係性の悪化を目の当たりにしたカレンのつぶやきに、新年の挨拶をするヘルフリートの陰でアリーセがささやいた。
「大丈夫ですよ、カレンさん」
「わたしが去年提案したことのせいですよね? 領地で一番活躍した人をその年の顔として肖像画にしたらいいって提案したから……」
カレンが提案したルールに昨年ヘルフリートは賛同した。
そのために、今年の新年祭の肖像画は、トールたち鮮血の雷が描かれることになるだろう。
エーレルト領都ダンジョン、三十階層の攻略パーティーだからだ。
貴族からしてみれば、新年の顔が冒険者であることが気に食わない。
そして、冒険者の活躍を素直に認められない貴族たちのことが冒険者側も気に食わない。
双方小声でささやき合う声が普通にカレンの耳に届いてしまう。
「確かに昨年はあなたのおかげで、長年新年祭では掲げざるをえなかった前伯爵の肖像画を下げさせることができましたね。私も奮闘したのだけれど、どうしても変えられなかったエーレルト伯爵家の悪習をあなたは変えてくれました」
「アリーセ様……」
カレンは何も悪くないどころか、エーレルト伯爵家にとっていいことをしたのだと言ってくれているのだ。
あの時、カレンはどうしてもヴィンフリートの肖像画を下げさせて、ユリウスの肖像画を飾らせたかった。
カレンにはその権限が与えられていたから、無理やりそういう流れに持っていくことができた。
今も、そうしたことを後悔はしていない。
だがそのために弟の活躍が祝われないというのは心苦しかった。
「すでに解決策は用意してあるのよ。ただ、その、ね。あなたには少し不快かもしれないけれど……」
「……アリーセ様?」
アリーセの目が泳ぐ。少々コミカルな仕草なので、深刻な何かがあるわけではなさそうだった。
とはいえ、不快になるかもしれないと言われれば身構えるなというのが無理である。
ジト目でアリーセを見上げるカレンに、アリーセは頬に手を当て弱った顔をしてみせる。
「あのね、本人たちの許可はすでに取ってあるのよ。許可というか……だから、ね。後で言い訳させてちょうだいね」
「ユリウス様、また何か頼まれたんですか??」
「私ではないよ、カレン」
ユリウスは即座に否定する。
お人好しというか、ユリウスは家族に受け入れてもらうために自分を犠牲にしてきたのだとカレンは考えている。
だから、ヘルフリートから頼まれればユリウスはこれまで断れなかった。断ろうと思ったことがそもそもあるのか。
狩猟祭でユリウスがヘルフリートの意向に従わなかったことは、カレンからしてみれば、ユリウスの大いなる一歩だった。
嘘は言わないだろうとカレンはうなずくと、会場を見渡した。
一体誰が何を許可したことでカレンが不快になるのだろう。
その身に何かが起きることでカレンの心がざわめくほど関係の深い人物なんて、エーレルト伯爵家の人々を除けばこの場には一人しかいない。
冒険者側の貴賓席に座る鮮血の雷一行――そのリーダーであるトールにカレンが視線を落とすと、トールは満面の笑みを返してくる。
……ここ数年来のご機嫌ぶりなので、違いそう?
「――ではここで、今年の新年祭に飾る肖像画を公開しよう。昨年、エーレルトにおいてもっとも活躍した者たちの肖像画をな」
ヘルフリートの言葉で会場中の空気が引き攣ったように凍りつく。
それでも貴族側から抗議の声が上がらないのは、貴族としての矜持のためらしい。
理性で平静を保ちつつ、机の下で震える拳を握りしめてこらえている。
しかし、冒険者側からは若干冷やかしめいた声があがる。
ニヤニヤしていたり、貴族を怒らせようと顔芸を披露する挑発的で下品な態度を取る冒険者もいた。
一応、周りの人々が数テンポ遅れでやめさせてはいたものの、全体的に冒険者側はお行儀がよくないので、貴族側が苛立つのも無理はない。
とはいえこれまで抑え込まれていた反動でもあるだろう。
昨年までの長年に渡って、冒険者たちは冒険者でありながら、栄えあるダンジョン攻略の栄誉を貴族に譲ってきた。
そのことで貴族に揶揄され続けていた冒険者もいるのだろう。これほどわかりやすくはない形で。
余所者とはいえトールたち正真正銘の冒険者の活躍に冒険者たちが沸くのも無理はないのだ。
「昨年、もっともエーレルト領で活躍した者は――この者たちだ」
ヘルフリートが肖像画にかかっている布に手をかけ、引いた。
その肖像画に描かれている人物たちを見て、カレンはパカッと口を開いた。
「崩壊したダンジョンから這い上がってきたSランクの魔物、エーレルト伯爵家の始祖の仇敵、我らエーレルト伯爵家の血に流れる血筋の祝福の根源足る存在――ブラックドラゴンを討伐した、ユリウス・エーレルト、リヒト・ゼンケル、そしてカレンの三人だ!!」
そう、ユリウスやリヒトだけでなく、討伐したブラックドラゴンを背に凜々しい面持ちで立つユリウスとリヒトの間に、何故かやたら後光を背負ったカレンがいた。
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