新年祭2
「おまえたち、そろそろ入場だぞ。睦まじいやりとりは会場でやるといい。おまえたちの仲を参加者たちに見せつけておけ。第二第三夫人の申し入れをする余地もないのだと、皆にわかるようにな」
「……はい、兄上」
ヘルフリートの言葉は、先日狩猟祭であったことを揶揄しているようにも聞こえた。
固い顔つきでうなずくユリウスの腕を、カレンは勇気づけるように抱きしめた。
カレン的には、ユリウスの狩猟祭の授賞式での行いは聞く限り大歓迎すべきことである。
貴族の作法にのっとって、やんわりふんわり受け入れたような、けれどやっぱり断ったような、けれど状況次第ではいつでも再び受け入れられるような、そんな曖昧な関係であってもらっては困るのだ。
けれど、ユリウスがしたことはエーレルト伯爵であるヘルフリートの意に沿わない行動である。
後でユリウスはヘルフリートの天幕に呼び出され、詰問され、叱られてしまったらしい。
これはリヒトからの情報である。ユリウスは頑なにカレンに教えてくれなかったので。
ヘルフリートはそんなユリウスとカレンを見比べて、溜め息を吐いた。
「……狩猟祭では、私が悪かった」
「ヘルフリート兄上?」
ユリウスは意外そうに目を見開く。
貴族の機微を知らないカレンもまた、ユリウスの反応を見てそれがやはり意外な反応であることを知り、目を瞠ってヘルフリートを見やった。
「おまえにカレン以外の者と結婚する意思などないのはわかりきっていた。だから私が初めから、根回しをしておけばよかったのだ。あそこであの者の申し入れを断らずに後日の返答とすることで、あの令嬢はエーレルトの狩猟祭の優勝者であるユリウスの妻として遜色ない女性だと示すことになる。その箔付けに協力したいか、おまえの意思をあらかじめ私が確認しておくべきだった」
「……当主である兄上に従わなかった私が悪いのですから、気にされる必要などありません」
ヘルフリートはユリウスの言葉を否定するように首を横に振った。
「実はこの件で、ジークに叱られた」
「えっ? アリーセ様ではなく??」
「あら、カレンさんは私を随分頼もしく思ってくれているのね?」
つい零したカレンの言葉にアリーセがニコリと美しく微笑む。
カレンは慌てて弁明した。
「あっ……! いえっ、アリーセ様は表向きはヘルフリート様を立てつつも裏では尻に敷いていそうだなんて、そんなことは少しくらいしか思っていませんよ??」
「私がきちんとこの人をお尻に敷けていたら、ジークに言いづらいことを言わせることにはならなかったでしょうね。カレンさんをがっかりさせて、申し訳ないことです」
アリーセはカレンの言い様に怒るどころか、むしろ落ち込んだ様子で微笑んだ。
「いえ、がっかりはしていませんが……ホントにジーク様が?」
みんなの視線を一身に浴びたジークは、カレンを見やって肩を竦める。
ふと、カレンは気がついた。
この一年の成長のためか、靴のためか、その視線はカレンとほとんど同じ高さだった。
「本来、ユリウス叔父様ほどの強者はもっと身勝手でも許される。ぼくはそれを今回の狩猟祭で実感したよ。それなのに、ユリウス叔父様は人が良すぎるって思っていたんだ」
領地中から、そして余所の領地からも、魔物と戦わんと狩猟祭には大勢の実力者がやってきた。
その実力者たちの振る舞いを見て、ジークには感じるところがあったらしい。
そして、ジークの指摘はほとんどユリウスの本質を突いていた。
ユリウスはきっと、ダンジョンに放り込まれた時に父親にとって都合がいいほど強くなければ生き延びられないと悟っただろう。
貴族社会につれてこられた後は、その場にいた権力を持つ者たちにとって都合がいい存在でなければいけないと、強く思い込んで生きてきただろう。
だから恐らく、ユリウスはエーレルト伯爵家に対して――ヘルフリートに対して、同じ強さを持つ他の人々よりもずっと献身的だった。
他人の目には兄弟仲がいいようにしか見えないだろうけれど。
「これまでのユリウス叔父様が、優しすぎたんだ。ぼくはもう少し、ユリウス叔父様はその強さに見合うだけの権利を持つべきだと思うな、って父様に伝えただけだよ。父様がどう思うかは知らないけど、ぼくの代では、もっと好きに生きて構わないからね?」
ジークはユリウスに言っているようで、カレンを見ながら言っていた。
カレンに伝えておけば、間違いなくユリウスが好きに生きられるに違いないと思っているかのように。
任せてほしいとカレンは胸に手を当てて深くうなずいた。
ヘルフリートは慌てた様子で言った。
「いやっ、私の代からユリウスにはもっと自由に生きてもらって構わないぞ!!」
「そう言いながら、まだあなたはユリウスのしたことを納得しきれていらっしゃらないでしょう?」
「……可愛い弟の反抗期が、まさかこんなふうに、これほど遅い時期に来るとは思っていなかったのだ。受け入れるのに少々時間がかかるだけだ……!!」
「反抗期……」
ユリウスがきょとんと目を丸くする。
ヴィンフリートがユリウスに背負わせた業を知らないヘルフリートからしてみれば、背負っていた荷を降ろそうとするユリウスのそれは反抗期に見えるらしい。
ユリウスの身に起きたことを考えるとあまりに軽く見られているような気もしつつ、カレンはユリウスの様子をうかがった。
隣に立つユリウスが、どんな決断を下すのかを見届けるために。
ユリウスはやがて、ぷっと吹き出した。
「そう、そうですね、私には遅めの反抗期が来てしまったようです! ――なのでどうか寛大なお心でお許しくださいませ、ヘルフリート兄上」
「許すも何も、おまえが幸せであればそれでいい。反抗期が遅くなったのも、私がユリウスに負担をかけたせいだろう。私がまたユリウスに甘えていらぬ苦労をかけるようなことがあれば、私を叱って止めてくれ、アリーセ」
「ふふ、かしこまりました、ヘルフリート様」
「わたしもユリウスの反抗期に加勢しますので、その際は覚悟してくださいね、ヘルフリート様!」
「カレン、君の加勢は恐ろしすぎる。真剣に思い留まってほしい」
ユリウスがそれを反抗期ということにするのなら、カレンも全力でそういうことにしてみせよう。
カレンが何をすると想像したのか、ヘルフリートは真顔で懇願する。
震えるヘルフリートにユリウスが笑うのを見て、カレンも、そしてアリーセやジークも声を揃えて笑い声をあげた。
やがて会場で奏でられる楽曲の曲調が変わった。
新年祭会場への入場の時間がやってきた。
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