予想と回答 ゴットフリート視点
「カレン殿を置いてきてもよいのですか? ユリウス様」
ユリウスに呼び出され、ゴットフリートは狩猟祭からの帰還者たちの列から離れた場所にいた。
「話は手短に済ませるつもりだ」
カレンが眠りについてから、ユリウスはほとんど人を寄せつけず、自分でカレンの世話をしていた。
一応、女の手を借りてはいた。
だが、近づけさせる人間は最低限に留め、男にいたってはジーク以外からの見舞いを一切断っていた。
そんなユリウスがカレンを他者に預けてゴットフリートを呼び出したことに、ゴットフリートは緊張感を押し隠しつつ言った。
「私に話とは、一体何の件でしょう」
「――ゴットフリート」
ユリウスに名を呼ばれ、ゴットフリートは背筋を正した。
「あなたは直感が優れているのではなく、気づいていて見て見ぬ振りをしていただけではないかい?」
「……さて、一体どういう意味なのか」
「私の父――ヴィンフリートが複数の女に子を産ませてはこのダンジョンに捨てていたこと、あなたは以前から知っていたのだろうな」
それは問いではなかったので、ゴットフリートは無言で応じた。
「私があのダンジョンから脱出した時にあなたがあの場に現れたのは、直感による偶然などではなかったのだろう。定期的に様子を見に来ていたか? 監視でも置いていたのか――ヴィンフリートが捨てた私や私の兄姉たちがきちんと死ぬのを見届けるためか? 確かに、彼らが何らかの拍子に生き残り、野に放たれれば、ヘルフリート兄上の統治に悪影響を及ぼしたかもしれない。私の予想は外れているか?」
緊張した面持ちで沈黙するゴットフリートを見つめ、ユリウスは淡々と言った。
「安心してほしい。それが本当のことであったとしても、今更責めるつもりはない。今の私にとってはどうでもよいことだ。あなたにとってかつての私がどうでもよい存在であったように」
そう言うユリウスの表情はむしろ、穏やかですらあった。
「私がもはやカレンと共にいるためならば他の者たちを切り捨てることを厭わないように、きっとあなたもそうだったのだろうな。妻を守るためにはヴィンフリートと関わらずにいる他なかっただろう」
ゴットフリートが言葉を呑んで黙り込む。
昔、ヴィンフリートのやり方に物申したことがある。その後、当時婚約者だったゴットフリートの妻は怪我をした。
幸い軽い怪我だった。心の傷が残るような種類のものでもなかった。
だが、ゴットフリートはヴィンフリートに表立って逆らうことはやめようと決意させられた。
やがて、ユリウスは満足げに微笑んだ。
「ようやく、私が予想を語った時のあなたの顔を見ることができたな。そういう顔をするのだね。これまではどうにも聞けなかったのだ」
「……いつからそのような予想を立てていたのですか?」
答えを求めないユリウスに、ゴットフリートは答える代わりにまったく別のことを問う。
「あのダンジョンから脱出した日、あなたが私の前に現れた時からだ」
「何故、これまでは聞けなかったことを聞けるようになったのですか……?」
ゴットフリートが問うと、ユリウスは明るい微笑みを浮かべて言う。
「私にはもうカレンがいるからだ」
「――やはり、そうでしたか。お気持ちはわかります。私も妻がいるだけで、他の者はもはやどうでもいいのですから。ですが、どうでもいいとしても、カレン殿に言い訳できる程度には周りの者とも上手くやった方がよい、と存じますぞ」
「経験からの言葉かな? 金言だな。忠告に感謝するよ、ゴットフリート」
これまでは遠慮するかのようにゴットフリートを役職名以外で呼ぶことを避けていたユリウスが、晴れやかな笑顔でゴットフリートを名前で呼び感謝をすると、去っていく。
その後ろ姿をじっと見つめていたゴットフリートの背後から、忽然と気配が現れた。
「うおぉっ!?」
「ユリウスは突然ダンジョンに放り込まれたんだから、強くなければ生きることを許さない、と言われたも同然です」
驚愕して飛びずさるゴットフリートを意に介さず、いつの間にかゴットフリートの背後にいたカレンは続けた。
「貴族らしくなければいけないって、ずっと我慢していたってことです。ですからユリウスはこれからちょっとくらい我が儘にふるまってもいいとわたしは思ってますよ」
ゴットフリートはユリウスほどではないにしても、騎士団の中ではそれなりの強者である。
なのに、戦闘員ではないカレンの接近に気づけなかった。
気づいたらそこにいたカレンは、去ったユリウスの背を視線で追いながら「授賞式もすごく楽しみにしてたみたいだから、出てあげたかったな……」と何事もなかったかのように残念そうに呟いている。
「一体、どうやって……!?」
「ああ、気配を消す技を使ってみました。ブラックドラゴン相手にやってみたら気づかれなかったので、人間相手でも通じるかなと思って」
カレンはあっさりととんでもないことを言ってのける。
ブラックドラゴンはその亡骸を検分すれば、ユリウスの言う通り老いてはいた。
だが、老いてはいてもSランクの知性ある魔物だ。知性があるということは、年齢によって積み重ねてきた経験もあったろう。
そのブラックドラゴンを出し抜いたなら、Sランクの冒険者相手でも通じるということだ。
一体どんな技能なのか。
その能力があるなら囮にもなれるだろう。
カレンがブラックドラゴン討伐のパーティーメンバーのうちの一人というのは嘘偽りではなかったのか。
ゴットフリートはその恐るべき能力に舌を巻いた。
「ユリウスがわたしを置いてどこにいくのか気になって、ついていったら結果的に盗み聞きになってしまいました。申し訳ありません」
「いや、それは構わないのだが――」
ユリウスはかなり束縛が強くなっている。
カレンが馬車にいると思っているはずのユリウスの許に早く戻った方がいい、と忠告しようとしたゴットフリートに、カレンは言った。
「直感ではないのなら、どうしてアルバン様たちに濡れ衣が着せられそうになっていると気づいたのですか? 何か前触れがあって、それによって今回も何かが起きると気づいていたってことですよね?」
話を聞いていたユリウスの婚約者の口から出てくる質問がそれなのか。
責められることもなくかけられた問いに、ゴットフリートはいささか面くらいながら答えた。
「……一応、他の者より目端が利くのは事実なのだ。理由はあるが、説明しても理解してもらいにくい。それが他の者には直感めいて見えるようで、ゆえに君に説明したところで、理解は難しいだろうが――つまりは前々からアルバンの家は何者かによって前々から攻撃を受けていた、ということだ」
「攻撃を受けていた、ですか?」
「うむ。本人たちは気づいていないが、何者かがコート子爵家並びにいくつかの家の失脚をはかろうとしているのが見て取れた。とはいえ、それを伝えたところで本人たちには些細だと感じられるほどの理由でな。初めから理由など言わずに直感だと言い切る方が通りがよいくらいだ」
「……犯人はコート子爵家を失脚させて、何がしたかったんでしょう」
「欲しいのだろう」
「ほしい?」
目を丸くするカレンにゴットフリートはうなずいた。
「コート子爵家は優秀な鍛冶師を何人も輩出している。かつてその祖はAランクの巨匠だった。彼らを失脚させてその巨匠の遺した技術ごと、すべてを取り込みたいと思う者は多いだろう」
魔物の白い卵をバラまいた者たち――恐らくは暗夜の子どもたちは、コート子爵家を失脚させて何を得たかったのか。
カレンが思考の海に沈んでいると、馬車で寝ていると思っていたカレンの脱出に気づいたユリウスが戻ってきた。
「あの男は今、君に執着している。その執着から逃れようとしていると思われると、大変な目に遭うぞ」
「男側の実体験ですか?」
カレンの問いにゴットフリートは咳払いして言う。
「否定はすまい」
「でも、大丈夫ですよ」
「何を根拠に――」
「カレン!!」
血相を変えてやってきたユリウスを見て、ゴットフリートはカレンほどとはいかないが、極力気配を消した。
ほとんどつかみかかる勢いのユリウスに、カレンは笑顔で言った。
「迎えに来てくれたの? ありがと」
そう言ってカレンが手を伸ばすと、ユリウスはそれだけで表情を蕩けさせて微笑んだ。
「早く馬車に戻ろう。ここは寒いからね」
「うん」
抱き上げられたカレンもまた安堵の表情でユリウスの腕の中に身を委ねる。
寄り添い合う二人の姿から眩しげに目を逸らすと、ゴットフリートは呟いた。
「ヴィンフリートが何かしているのには気づいていたが見て見ぬふりをしていたのは事実。子どもたちが犠牲になったと知った時には後のまつりで――次こそ助けねばと向かった時にはすでに遅かったのだと、今頃言ったところで、詮ないことだな」
どれほど大量の魔力を持っている者でも気づけぬように小さな声で呟いたあと、ゴットフリートは自領のある方角を見やった。
「気づいてしまった以上、君に知られて言い訳できないような真似はせんよ。まあ、気づいてしまったことすべてに私一人で対応するのは土台無理なので、できるだけ気づかぬふりをするのは事実だし、周りの者に処理を押しつけはするが」
この場にいない妻相手に釈明をする。
どこからかお叱りの声が聞こえてくる気がしてゴットフリートは首を竦めつつ、隊列に戻っていった。
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