授賞式の光景 ゴットフリート視点
「本狩猟祭の優勝者は――ユリウス・エーレルトだ」
ヘルフリートが発表した瞬間、その場にいたエーレルト領の者たちは歓声をあげた。
ゴットフリートはアルバンたちと共に、集団から離れた場所からその熱狂を見つめていた。
「ユリウス様がエーレルトの方であることが誇らしいな」
「まったくだ……! あの方と同じエーレルト騎士団に所属できることは、誉れだ……!」
アルバンは呑気に腕に突っ伏して男泣きしている。
ユリウスの情報によれば、魔物共の異常行動の罪はアルバンに着せられる予定であったというのにだ。
それだけ、ユリウスがリヒトと共に討伐せしめたブラックドラゴンという魔物はエーレルト領の者にとって特別な魔物だった。
「あの方が恩あるカレン殿の婚約者でなければ妹を第五夫人にでも第六夫人にでも押し込んだのだがなぁ」
誰かがそう呟くと、アルバンはがっくりと肩を落とした。
「カレン殿は決していい顔をしないだろうな」
「私の聞いた話では、カレン殿はユリウス様が末席の妻を迎えることすら拒絶したらしい」
「うーむ。平民の女は嫉妬深いというが、カレン殿も例に漏れないのですね。狭量には見えませんが――」
「カレン殿を侮辱するような言葉は慎めよ。彼女は私個人にとっても恩人となったのでな。場合によっては私と決闘してもらうことになるぞ」
注意するアルバンに、騎士たちが慌てて姿勢を正す。
この魔物たちの異常行動を引き起こしたと思われる犯人が持っていたメダルは、ヒヒイロカネの合金で作られていたという。
ヒヒイロカネ合金はAランク鍛冶師にしか扱えない。
そのような代物に、アルバン・コートの――コート子爵家の紋章が刻まれていた。
どこぞのAランク鍛冶師が卓越した技術を使ってコート子爵家の紋章をわざわざ悪用したとは思えない以上、コート子爵家を興したAランク鍛冶師の開祖が作ったメダルそのものである可能性が高かった。
貴重なコート子爵家の宝物である。
いつの間にか盗まれていたのかすら、アルバンは承知していなかった。
そのようなものが犯人と思しい者の懐から見つかれば、コート子爵家は、そしてアルバンは疑いの目から逃れられないだろう。
カレンはそれをコート子爵家の手引きではないとみなして、犯人の懐から証拠のメダルを抜いて来たという。
ゴットフリートはそれを越権行為だと思うが、咎める気はなかった。でなければ最初からカレンを巻き込みはしない。
ユリウスはカレンのやることなすことを肯定しかせず、ヘルフリートは身内に甘い。
それゆえに今、カレンは証拠品を盗んだ罪を咎められることもなく、健やかに眠っている。
「恩がある以上、むしろカレン殿に第二、第三の夫を――」
「ゴホン」
ゴットフリートは素速い咳払いでアルバンの言葉を遮った。
天幕に降りそそぐ天からの光を目撃した者は多いが、大半の者はあの光が降りそそいだ先がユリウスであると誤解している。
だが、ゴットフリートたちは真実を知っている。
ゆえに、ゴットフリートは誤解のないようにアルバンたちの思い違いを訂正した。
「嫉妬深く狭量なのはむしろユリウス様の方だぞ、おまえたち。この距離でもユリウス様なら聞こえるだろう。ブラックドラゴン殺しを敵に回したくないのであれば、言葉に気をつけよ」
「ユリウス様は貴族ですから、平民のカレン殿とは意識が違いますでしょう」
「強者の義務と権利を心得ていらっしゃるはずです」
「いや――」
ゴットフリートは言葉を続けようとして口を噤むと授賞式の方を見やった。
何か注意を引くような物音が聞こえたわけではなかった。
むしろ、気づいた時には異様に静まり返っていた。
静けさのあまり、耳を澄ませばゴットフリートたちのいる場所にまで彼らの声が届いた。
「ユリウス、私は強要をするつもりは無論ない」
ヘルフリートがユリウスを押し留めていた。
そのユリウスの前に立つのはエーレルト伯爵家の重臣たちと、その娘の令嬢たち。
遠目にも目に涙を浮かべていそうな風情の令嬢たちと、重臣たちの非難の眼差しを見れば、何が起きたのかは見て取れる。
「どうやらユリウス様は婚姻の申し入れを断ったようだな」
「この場でですか……」
アルバンが微妙な表情を浮かべるのは、それが重臣とその娘たちに対する非常に侮辱的な行為だからだ。
婚姻の申し入れはユリウスをそれだけの人物として認める表敬行為であり、差し出された令嬢たちは祝いのムードに花を添える華やぎであったはずだ。
それを、無碍に扱ったとなれば水を打ったように祝いの場が静まり返っているのも当然のことだった。
断りたいのであれば、後日やんわりと断る方法がある。
それを、ヘルフリートもユリウスに注意しているようだった。
「だが、エーレルト伯爵家の者として、我らに忠誠を誓う家臣からの申し出に対して敬意を払わねばならない。一旦の考慮をするくらいは――」
「カレン以外の女性との結婚を一旦でも考慮しなければ、私はエーレルト伯爵家の者ではいられませんか?」
ユリウスのその問いは、やけにはっきりと聞こえてきた。
声の抑揚に特におかしなところはない。ただ、疑問を問う声色だった。
動揺も、怒りも、皮肉もない。
それは脅しですらなかった。
その問いに対する答えによっては、ユリウスは何らかの行動を起こそうとしている。
ただ、それが伝わってくるだけの単なる問いに――遠目にもヘルフリートは息を呑み、ユリウスの問いを否定した。
「――いいや。それしきのことで、おまえがエーレルト伯爵家の者でなくなるということはない。ただ、私は後ほどおまえを叱ることになるだろう」
「そうですか。では、後ほど私をお叱りください、ヘルフリート兄上」
ユリウスはほっとしたように言う。
その安堵が心からのものに見えてゴットフリートさえ背筋が寒くなったのだから、ヘルフリートは顔に出さないだけで、冷や汗が止まらないだろう。
ユリウスは、恐らくエーレルト伯爵家からの離脱を検討したのだ。
重臣たちに敬意を払いたくないというより――目の前にいる若い小娘たちの矜持を守るために、一瞬でも気があるそぶりをしたくないために。
「……ふむ。カレン殿は、よほど束縛の強い女性のようですな」
「カレン殿は今寝ているのだぞ。あれはカレン殿の意志ではない。ユリウス様本人のご意志だ」
ゴットフリートはアルバンに言いながら、頭痛がしてきた。
まるで、いつぞやかの自分自身を鏡で見ているかのような心地がした。
ブラックドラゴンの亡骸の傍らにまで移動したユリウスが言う。
「私はブラックドラゴンを倒しましたが、この黒竜は老齢でした。この討伐は決して私の強さがエーレルトの偉大なる開祖に届くことを示すわけではありません。ですが――ある程度は私の強さの証明となるでしょう」
ブラックドラゴンが老齢であろうが、ユリウスの強さの証明がある程度で済むはずがない。
この場にいる誰もが、その証明された強さに熱狂し、憧れ、それがエーレルトのために捧げられるはずだと信じていた。
「私は、私が勝ち取ったこの獲物の私の取り分のすべてを錬金術師カレンに捧げます。ですから、今年の狩猟祭の女王はカレンですよね、兄上?」
「あ、ああ」
「よかった。実は先程兄上の書記官に、この場にいない者を狩猟祭の女王にすることはできないので私の獲物を他の女性に捧げるようにと言われ、どうしようかと悩んでいたのです」
ヘルフリートの顔が引き攣っているのが見える。
ユリウスは、ヘルフリートの承認が得られなければどうするつもりだったろうと、ゴットフリートも考えてみた。
優勝者はその場にいる女性の誰かに必ず獲物を捧げないといけないと言われれば、ユリウスは優勝者の座を降りて、ブラックドラゴンという貴重な素材を処分さえしたかもしれない、と考えたところでゴットフリートは首を横に振る。
貴重な素材をカレンに贈るために、処分まではしなかっただろう、と。
――結局のところ問題がカレンに帰結してしまい、ゴットフリートは顔を顰めた。
「残念ながらカレンはブラックドラゴン討伐のパーティーメンバーとして負傷しており、療養のためこの場に出席できませんでした。その点を考慮していただき感謝します、兄上」
この場にいるほとんどの者たちがカレンが討伐メンバーであるというユリウスの言葉を信じてはいなかっただろうが、誰もがお行儀よくそれを指摘したりはしなかった。
「この場にいるすべての方が新年祭に参加するわけではないでしょう。ですから今、この場で先んじて皆様にお伝えしておきましょう。私は新年祭で錬金術師カレンとの婚約を発表する予定です――ですから、彼女にすべてを捧げたいのです」
ユリウスがそう言って幸せそうに微笑むと、思い出したかのように再び喝采が上がる。
恋愛結婚を控える者が熱に浮かされて無礼になるのはまれにあることなので、先程のマナー違反は重臣とその娘の心証を害するだろうが、結局のところ大した問題にはならないだろう。
狩猟祭の参加者として獲物を意中の女性に捧げるのも一般的な行為である。
問題は、ユリウスの言葉がまるで、ブラックドラゴンを倒した強さも何もかもをエーレルトではなくカレンに捧げると宣言しているかのように聞こえることだった。
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