責任範囲
「カレン、目が覚めたのだね」
ふと気づくと、カレンは馬車に乗っていた。
ユリウスに抱えられた格好で、カレンは快適に眠っていたらしい。
側には小鳥の魔物の亡骸はなく、カレンの体は綺麗に清められ、清潔な服に着替えさせられて、温かな毛布でぐるぐる巻きにされている。
カレンはまずユリウスに訊ねた。
「狩猟祭の授賞式は……?」
「もう終わってしまったよ。カレンが眠っていても私の獲物はすべてカレンに捧げたから、何も心配する必要はないのだよ」
馬車の外側から「いや、聞くとこそこかよ」とセプルが小声で突っ込みを入れる声がして、続いてウルテに叩かれるのも聞こえてきた。
カレンは階梯を昇った。魔力が増えたのだ。
そして聴力が増している。
セプルがこちらに聞こえないだろうと高をくくって抑えたぐらいの声では、もう聞こえてしまうくらいに。
カレンはセプルの声は無視してユリウスに言った。
「心配だなんてしてないよ。ユリウスがわたし以外の女の子に勝利を捧げたりしないことなんて、もうわかってるから……ただ、一緒に出たかったなって」
「そうだね。君を皆の前で狩猟祭の女王にしてあげたかったな……」
そう口にするユリウスの声色は心から残念そうで、カレンはカレンを抱き留めるユリウスの腕を撫でながらうなずいた。
「来年は、わたしを狩猟祭の女王にしてね」
「ああ。もちろんだよ、カレン」
ユリウスは途端に嬉しげに顔をほころばせてうなずいてみせる。
カレンがふと表情を翳らせると、ユリウスは馬車の内側に備え付けてある魔道具を発動させた。
防音の魔道具だ。
カレンがこれからしようとしている話が余人に聞かせられるものではないとすぐに悟ったのだろう。
ユリウスの行動の速さにくすりと笑いつつ、カレンは訊ねた。
「それで、小鳥の魔物の亡骸は――」
「保管してあるよ。君が錬金術の実験に使いたいかと思ったのだが……もしも辛いようなら処分するよ」
「ううん。保管してくれてありがとう。あの亡骸を燃やしたり埋めたりしたらどんな影響があるかわからないから、保管してくれてよかったよ」
黒く腐った魔物の亡骸の時は、あの亡骸を砕いたものと思われる黒い砂を撒いたダンジョンの一部は、無魔力地帯となっていた。
白く浄化された魔物の亡骸の破片が一体どんな影響をもたらすのか、誰もわからないのだ。
「狩猟祭は終わって今、私たちはエーレルト領都に戻るところだよ」
「そっか」
「エーレルト領内における魔物の異常行動は治まったよ。だが、エーレルト領外では大崩壊が起きているダンジョンがいくつかあるらしい」
「……白い卵があちこちにあるんだろうね」
そして、魔物たちはその卵を壊すか孵化して自然死するまで近くのダンジョンから溢れ出し続け、暴れ続ける。
それを仕組んだ何者かの意図によって。
「エーレルトの狩猟祭に商人のふりをして白い卵を持ち込んだ人がいるように、他の場所でもそういう人たちがいて――できるだけ被害が広がるように、白い卵を持ったまま魔物から逃げ回っているんじゃないかな」
「一体、何のために?」
「目星を付けた人に濡れ衣を着せようとしてたのはわかってる。けど、濡れ衣を着せてどうするんだろうね?」
カレンはポケットの中に入れたアルバンの家であるコート子爵家の紋章が入っているというメダルを取りだした。
白い卵を持っていた商人のポーチにあってはまた濡れ衣を着せられかねないから、持ち出してきたのだ。
証拠はない。
だが、カレンはほとんど彼ら商人まがいの何者かがアルバンとは無関係の存在だと認識していた。
「――ああ、そういえば、あの商人の亡骸、魔力をほとんど感じなかったかも」
「亡骸からは魔力が抜けていくものだからね」
「他の亡骸よりもずっと魔力を感じなかったの。亡骸は亡くなった順番に奥から配置されていくものでしょう? だけど、あの商人よりも前に亡くなった人の亡骸でさえあの商人の亡骸よりも存在感があった」
「もしや、生前から魔力の少ない者だった、と?」
「そうだね。うん、ユリウスの言う通り……そういうことなんだろうな」
ホルストの仲間たち――恐らくは暗夜の子どもたち。
彼らは賢者の石を作ろうとしている。
あらゆる金属を金に変える石。
ありとあらゆることを可能にする万能の石。
ホルストはある意味社会的に成功していた。今更、黄金を欲しがっていたとは思えない。
きっと、何か賢者の石でしか叶えられない願いがあったはずだ。
「あの人たちは賢者の石で、どんな願いを叶えたいのかな……」
「ヘルフリート兄上に私たちが掴んだ情報についてはすでに伝えている。白い卵を壊せば魔物たちの暴動は止まるとね。だから、カレンはゆっくり休むといい」
「あの卵は普通の人には知覚しづらいけど、見つけられるかなぁ」
体を起こそうとするカレンをユリウスは笑顔で柔らかく抑え込んだ。
「アースフィル王都ダンジョンで無魔力地帯が発生したことはすでに国王陛下から通達されている。各領地でそれに対する対策は練られているはずだ。既知の問題に対策していないのであれば、それは各領地の領主の過失なのだから、カレンがせねばならぬことなど何もないのだよ」
「無魔力っていうより、マイナスなんだけど――」
「カレン、君はまだとても疲れた顔をしている」
しゃべり続けるカレンの頬をむにっと掴んで黙らせると、ユリウスはカレンを腕の中に抱きしめる。
「いつも通りの君に戻るまで、ここから出してはあげないよ」
眠たかったのは本当で、耳のピアスからトロトロとぬくさが広がり、抜け出す隙間もないほど包まれてホカホカになると、カレンは再び抗えない睡魔に襲われていく。
「おやすみ、カレン。目が覚める頃には婚約発表だね」
ユリウスの囁きで眠りかけのカレンの脳内がピンクに染まる。
カレンはむふふと笑いながら、ユリウスの腕の中で眠りに落ちていった。
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