竜の始末3
気づいた時、カレンは十階層のボス部屋の外に寝ていた。
自分のマントだけではなく、騎士団のマントにも包まれている。
ふわりと鼻先に漂う香りでユリウスのものだと考えるよりも先にわかり、カレンはむふふと笑ってマントに埋もれた。
「起きているなら君の仕事をしろよ、カレン」
「……はぁーい」
そこらへんにいるらしいリヒトに指摘され、カレンは致し方なくモゾモゾと動き出した。
「カレン、寝ていて構わないのだよ。リヒト、気絶していたカレンを無理に働かせないでくれ」
「ユリウス、彼女は自分の仕事を果たすと約束してパーティーの一員としてここにいるんだ。俺はパーティーメンバーは身分にかかわらず対等に扱う主義だぜ、ユリウス」
「ユリウス様、ここはリヒト様が正しいので、お気になさらず」
「カレン……」
カレンは起き上がって震えた。
相変わらず、ダンジョンの中は凍えるように寒かった。
だがユリウスがかけてくれたマントと近くの焚火のおかげで歯の根が合わないということはない。
寒いだけでなく、存在しているだけで少し痛くて苦しい場所だった。
この階層にもうしばらくもいればいずれはまたカレンは体中を痛めることになるだろう。
だがカレンは平気なふりをして動き出した。
「ルミーちゃんはどうしたんですか?」
九階層に繋がるダンジョン門の十階層側の柱近くにいたはずの騎乗竜がいない。
首を巡らせるカレンにリヒトは言った。
「今は九階層にいる。ブラックドラゴンの気配に怯えきっててね」
「お二人が元気そうにしているってことは……もう倒したんですよね?」
ブラックドラゴン。会話ができるSランクの魔物。
なまじ会話ができてしまうせいで少し胸が痛んだが、その感情を押し隠して言うカレンにユリウスはうなずいた。
「ああ、十階層のボス部屋に亡骸がある。すぐに必要な素材があれば今のうちに採っておくかい?」
問われてカレンは目を丸くした。
「お二人が倒した魔物の素材についてどうしてわたしに聞くんですか!」
「カレンもパーティーメンバーなのであれば、分配は当然だ。そうだろう? リヒト」
「ま、そう言われればそうだな」
「ええっ……いやでも……いいんですか?」
強い笑顔でうなずくユリウスはともかく、リヒトまでもが肩を竦めてうなずいた。
カレンは竈に錬金釜を用意しながらブラックドラゴンへの憐憫を素速く捨てた。
「できるだけ多くの部位がほしいです。まんべんなく」
「錬金術の実験に使うのだね。私の分配分もカレンの実験のために供するよ」
「えっ、そんな! ユリウス様の分はご自分のために使ってくださいよ!」
「いいや。元より狩猟祭で手に入れた獲物はカレンに捧げるつもりだったのだ。だから、私一人で倒した十階層のボスであるウェンディゴの素材はすべてカレンのものだよ」
「ふわあ……!!」
とんでもないランクの素材を大量に手に入れてしまったカレンは、これらがあればできるだろう様々な挑戦に胸をときめかせる。
この夢のような状況を前に魔物に同情などしていられない。
ブラックドラゴンだって最初カレンを食べようとしていたのだし。
何ならこのパーティーの弱点とみて、狙いをつけていたわけだし。
カレンが機転を利かせてブラックドラゴンと取引をしていなければ、最初の咆哮で心臓が止まっていたかもしれない。
そうならないようにきっとユリウスが守ってくれたような気もする。
だが本能的にわかることがある。
あの咆哮は、カレンに向いていなかったからカレンは気絶だけで済んだ。
あれがカレンだけに向けられていたら、どうなっていたかわからない。
――地上に戻ったら、ブラックドラゴンとの取引を果たさなければならないだろう。
「俺はブラックドラゴンの背骨をもらうからな!」
「背骨って何に使うんですか?」
「剣にするんだ。ドラゴンソードとしては牙が有名だが、一頭のドラゴンから数本しか取れない背骨の中でも一際長い竜背骨からは、業物が作れると以前にドワーフが言っていたんでね」
「へえ~。ユリウス様の分の剣も作りたいので私も一本もらえます?」
「ユリウスのために使うならいいぜ」
「私のことなど気にしなくても――」
「よくないだろ」
「よくないですよ!」
カレンはリヒトと拳を合わせた。ユリウスのことなら何かと気が合うのである。
ユリウスは溜め息を吐いた。
「君たちの仲が悪くあれと思っているわけではないが、あまり仲良くされすぎても気分が良くない」
「そうやって素直に気持ちを口にするくらい、リヒト様に心を許してるんですよね、ユリウス様って。わたしはそういうところに妬いちゃいます」
「俺はおまえたち二人に挟まれると居心地が悪いがな!?」
リヒトはそう叫ぶと九階層に逃げていった。お手洗いだろう。
「騎士団の人たちが合流するのを待って、みんなでブラックドラゴンとウェンディゴを運んで戻る感じでしょうか?」
ボス部屋の魔物を倒すとしばらくダンジョンは大人しくなる。
特にボスが復活するまではボス部屋の中は安全だから、しばらくボスの亡骸を置いたままにしておけるのだ。
王都のダンジョンでは、例えば冒険者が十階層のダンジョンボスを倒すと、近くの冒険者たちが集まってきてみんなでボスの亡骸を運ぶ。
だが二十階層や三十階層といった深層にはほとんど冒険者がいない上に大物なことが多いから、もしもボスが討伐されてもすぐには亡骸を持って帰れない。
攻略パーティーは一度地上に帰ってきて、お祝いをしてから、その後に新しくパーティーやクランを組んで、みんなで魔物の亡骸を持って帰る。
ウェンディゴもかなりの大物だったし、ブラックドラゴンはそれ以上に大きかった。
リヒトとユリウスがそれぞれ一体ずつ持つにしても限度があるだろう。
カレンの問いにユリウスはうなずいた。
「そうだね。それに戻る前に一つ、やりたいことがある」
「やりたいこと?」
「実は私は、子どもの頃にここに来たことがあってね」
ユリウスはあまりにもあっさりと過去の出来事を口にする。
元よりユリウスにとってそれは秘密ではないのだ。
カレンも静かに耳を傾けていた。
「それで――」
「こらルミー! 俺はこっちに戻るから、俺といたいならおまえもこっちに来るんだ!」
「ギュルルルルルゥ………!!」
十階層に繋がれながらも体だけ九階層に逃げ出していたルミーにマントに囓りつかれ、リヒトが十階層のダンジョン門から体を半分だけ、ルミーが首だけ出している。
一人と一匹の渾身の綱引きを見て、ユリウスが口を噤んでしまった。
「今この瞬間にダンジョン門が遮断されたら、リヒト様の体ってどうなるんだろう」
「恐ろしい想像をするなよ!?」
「ギュルゥ!」
ユリウスの話を中断されてしまった恨みを恐怖の連想ゲームで晴らしつつ、カレンはカレー作りを続けた。
よく見れば、ユリウスもリヒトも装備品がボロボロだった。
服があちこち囓られたり切り裂かれたかのように破れている。
リヒトにいたっては腹部にはわりと大きな風穴が空いていて、なのにその下にある肌が綺麗なのは、ポーションで回復したからだろう。
すでに回復ポーションを使用済みの二人にでも効くように、手持ちのわずかな食材と固形のルーを組み合わせ、カレンはまた新しい万能薬を生み出した。





