ダンジョン六階層到達
「――何かあったのか?」
空を見るリヒトが険しい顔つきでそう呟いたのは、カレンたちがものの三日で六階層に到着した時だった。
エーレルト森の端ダンジョン、六階層。
ダンジョンの黒い門を出てすぐに見えたのは、ぽっかりと山の側面に空いた洞穴だ。
五階層は雪山を登る登山道で、何故かほとんど魔物が出なかったが、結構な急勾配で騎乗竜の力だけでは荷馬車を引けなかった。
騎士たちが荷馬車を押すことになり、のんびりと荷馬車に乗っているわけにもいかなくなったカレンは荷馬車を降りて歩いてきたので、久しぶりに息が上がっていた。
息を整えたカレンがやっとリヒトに何のことかと訊ねようとした時、洞穴の先を偵察に行っていた騎士が戻ってきて言った。
「騎士団長! 大変です!」
「何があった?」
「こちら――アダマンタイト鉱床です!!」
「なんだと!?」
叫んだのはアルバンだった。
アルバンを先頭に、騎士たちがぞろぞろと中に入っていく。
気づくと、リヒトの姿もない。
あとに残されたカレンはセプルとウルテと目配せした。
「魔法金属の鉱床って、ダンジョンの十階層よりも上で見つかるもの……?」
「いいや、かなり珍しいぜ。普通、アダマンタイト、ミスリル、オリハルコンなんかの魔法金属はダンジョン深層でしか出てこないって言われてるからな」
「ユリウス様が十階層を攻略されたら、ここはたちまち冒険者に人気のダンジョンになるだろうね」
セプルとウルテの言葉にカレンはごくりと息を呑んだ。
現最下層である十階層を一度攻略すれば、しばらくはダンジョンの奥から魔物が溢れてこなくなる。
次の最下層となる二十階層を攻略しないままでいれば、いずれはダンジョンの奥から再び魔物が溢れるだろうが――それまでの何十年か、もしかしたら何百年もの間、このダンジョンは人気を博し続けるだろう。
そんなダンジョンを攻略したなら、ユリウスはまた英雄の名をほしいままにするはずだ。
――それなのに、すでに十階層に到着していてもおかしくないはずのユリウスは未だにダンジョンを攻略できていない。
攻略を感じさせる兆候が、未だにない。
「未攻略ダンジョンを攻略したら、そのダンジョンの影響圏一帯は攻略者の領地になるって話もあるが、つまりユリウス様が攻略したらカレンちゃんはここの領主の妻になるってことじゃねえか!?」
「いや、領主の協力要請あって攻略したならそこの領主の持ち物になるもんだろう。狩猟祭の名目で、領主の名のもとに攻略してるんだから、ユリウス様が攻略したらこのダンジョンの権利と影響圏はエーレルト伯爵のものになるのが筋だろう」
つまり、エーレルト伯爵家はまた強大になる、ということだ。
エーレルト伯爵家に所属しているわけではないとはいえ、すっかりそっち寄りの思考でカレンは満足げにうなずいた。
「は~。勝手に攻略しにくりゃよかったのになあ」
「それはそれで、近隣領地の領主と揉めるだけだよ。あんた、何にも知らないんだね」
「自分でダンジョンのボス層を攻略しようだなんて夢にも考えたことがないからな!!」
「胸を張って言うことかい? ……ま、身の程知らずよりよほどいいか」
呆れ顔で言うウルテにセプルはへらへらと笑う。
身の程を知っていたからセプルは生きていて――カレンの父親は帰ってこない。
カレンはしみじみとうなずいた。
「ホントに、身の程って大事だよねえ」
「あのな、自分でもわかってるんだが、身の程身の程って何回も言われたら俺は泣くぜ?」
涙を武器にしようとする父親と同年代の成人男性。
カレンが生ぬるい眼差しを送った時、洞穴の中で誰かが叫んだ。
「なんだなんだ?」
「騎士のうちの一人の声だね」
「魔物が出たのかも! ……わたしはここで待ってた方がいいよね?」
「当然」
セプルとウルテが同時にうなずく。
何か起きたならカレンは行かない方がいい。
三人の意見が一致したため、カレンは騎乗竜に近づいた。
何かあったら騎乗竜にへばりついているように言われているためだ。
「ルミー、大丈夫?」
「ぎゅるっ」
騎乗竜のルミーはカレンを見て首を傾げる。
家畜化された魔物とはいえ、魔物だから他の魔物の存在には敏感だ。
ルミーは魔物が出るとどこか落ち着かなくなる。
だが、今は落ち着いている。
どうやら魔物が出たわけではないのだろうかとカレンが洞穴を見ていると、中から騎士が飛び出してきた。
アルバン率いる騎士たちの中で、一番年嵩に見える騎士だ。
その腕には漬物石ぐらいの大きさの黒い石を抱えている。
彼はカレンたちの姿を認めると、必死の形相で叫んだ。
「私はもう下りる! 騎士の座なんていらない! ダンジョンも魔物も、何もかもうんざりだ!!」
「あ~、キレてら」
「いるんだよねえ。ダンジョンでおかしくなっちまうの」
怒鳴り散らかす騎士を見て、セプルとウルテは余裕の態度だ。
ダンジョンに入ったはいいものの、恐くなってしまった人はカレンも見たことがある。
セプルはケラケラと笑って言った。
「つーかさぁ、下りるんじゃなくて、昇らないといけないんだぜ。ここから出るにはな」
「うるさい! こんなところで平然としていられるおまえたちがおかしいのだ!!」
騎士はセプルに怒鳴ると懐の石を抱きしめた。魔力をこめているのだろう。
アダマンタイトだろう。恐ろしく重いはずだが、魔力をこめると実際の重さより軽く感じられる魔法金属だ。
彼は洞穴の外に置いてきた自分の背嚢を見つけると、アダマンタイトを詰め込んだ。
「これだけのアダマンタイト鉱石があれば、しばらくは暮らしていける……何が予感だ。何が罠だ!」
「お貴族様。あんた、帰ったら自分の魔力の濃度を調べるといいよ。魔法使い向きかもしれないからね」
「うるさい! うるさい! うるさい!!」
持ち前の魔力の濃度が濃いと、魔力酔いしにくくなる代わりにダンジョンで恐がりになることがある。
恐らくヴァルトリーデもこの種類だ。
その代わり、魔力濃度が濃い人間は魔法の扱いに秀でていることが多い。
……魔法理論を理解できないといけないので、ヴァルトリーデは魔法を使えないけれども。
ウルテのアドバイスも、今の騎士には届いていなさそうだった。
「セプルおじさん、ウルテ、あの人を止めないと――」
アダマンタイトを詰め背嚢を背負った騎士が言いさすカレンを振り返った。
「よくもこんな場所に私を連れてきたな! 毒婦め!!」
騎士はカレンを憎々しげに睨みつけると、五階層に繋がるダンジョンの門に向かって走って消えた。
「追いかけないと!」
「あっ待てよカレンちゃん!!」
カレンは騎士を追って門をくぐる。
ウルテとセプルも一緒に潜って再び五階層の、雪山の斜面にやってきた。
騎士は遠くへは行っていなかった。
開けた急勾配の雪の山肌だ。
見通しが良く、カレンたちはすぐに彼の姿を見つけた。
雪の斜面を下りるのに、重たいアダマンタイトを背負って苦戦しているようだった。
そして、向こうもすぐにカレンたちが追ってきたことに気がついた。
「私は戻らないぞ!!」
「カレン! ああ言ってるんだから、放っておきな。Dランク程度の力があれば一人でもここから余裕で戻れるさ。魔法金属を目の前にして欲に目が眩んじまったやつを引き留めても仕方ないだろう」
「ウルテの言う通りだぜ、カレンちゃん。このダンジョンならEランクでも戻れる。この五階層は魔物すら出ないしな。あとに残るは四階層以上の浅層だけだ」
「だとしても、ダンジョンだよ? 何が起こるかわからないのに――」
「そんな場所で身勝手な真似をするなら覚悟が必要なんだよ、カレン」
ウルテに凄まれカレンはきゅっと唇を噛んだ。
元々は、彼ら騎士団にダンジョンに潜る予定などなかった。
カレンの願いに応じてダンジョンに潜ることを決めた騎士団。
その中で、逆らうこともできずについてきたのだろう。
もしもダンジョンに恐怖を感じる体質なら、一体どれほど恐かったか。
カレンは拳を握りしめた。
「わたしが巻き込んだんだよ……放っておけない」
「カレンちゃん、おい」
「ともかく、ゴットフリート様たちが戻ってくるまであの人を捕まえて――」
パニックを起こす騎士をどうするか相談しよう、とカレンが提案しようとした時、前を行く騎士がぐらりと斜めに傾いだ。
「うわ、わああああああああああああああああああ!?」
騎士の姿が消失するが、悲鳴は遠ざかりながら聞こえ続ける。
慌てて近づこうとしたカレンをセプルが捕まえる。
ウルテは騎士が消失した地点までくると言った。
「――デカい氷の裂け目だ。雪で蓋をされてた穴に足を取られて、落ちたらしい」
「クレバス……!」
カレンは息を呑んでクレバスの裂け目に近づくと、漆黒の穴を見下ろした。





