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ブドウ酒と根菜のポトフ

「誰もはぐれるなよ。私と錬金術師殿の目が届く場所にいてくれれば、後にどのような嫌疑をかけられようと覆せるからな」

「はっ」


日が落ちてきた平原で、テキパキと野営の準備をする騎士団員たちにゴットフリートが指示を出す。

勝手に指示に含まれたカレンは仏頂面でオリハルコンの錬金釜の中身を世界樹の柄杓でかき混ぜた。


「美味そうだな~。何のスープだ?」

「ただのポトフだよ、セプルおじさん」


ニンジンとジャガイモとタマネギとレンコンの、秋野菜の根菜ポトフだ。

具材は天幕のあたりに雪崩れこんできた魔物をかいくぐってセプルとウルテに置いてきた荷物から取りにいってもらったものと、大森林の端で採取したものとがある。


出現した魔物の群れは、その場に居合わせた貴族たちによって討伐されたそうだ。

被害は軽微だったそうだが、魔物の出没場所と天幕のあたりが近かったため、今日は天幕よりも更に森から離れた場所で過ごすようにとヘルフリートから通達があった。


カレンはヘルフリートたちのところに戻ろうとしたが、ゴットフリートに引き留められて大半の貴族が身を寄せ合う場所から離れたここにいる。

何が起きても巻き込まれないよう、巻き込まれていないことの証人に、カレンを仕立て上げるために。


魔物について状況を詳しく聞くためにリヒトは席を外していて、ペトラとロジーネもそれぞれ親戚の様子を見に戻っていた。


森に分け入って数日がかりで狩りを行う騎士たちは、異変に気づいていないのか戻ってきていない。

ユリウスもその一人だ。

ピアスに魔力をこめたのに帰ってこないということは、相当森の奥深くまで入り込んでいるのだろう。


カレンは気づくと左手の薬指のオリハルコンの指輪を見つめている自分に気づいて、ぶんぶんと首を横に振った。


「にしても、おかしいよ。こんなに綺麗な野菜が野生の状態ですぐに見つかるなんて」


カレンは自分の記を逸らすためにぶつぶつ言いつつ、大きめに切った具材をぐつぐつ煮こむ。

野菜の他に騎士団所有のブドウ酒と分厚いベーコンを譲ってもらい、ぶつぎりにして一緒に煮こんでいる。

味見をしてみると、ブドウ酒の香りがやたらいい。

塩胡椒とローリエで味付けしただけなのに、牛系の魔物の肉厚ベーコンの甘い脂と野菜の滋味が溶け出して、体に染みわたる旨味を感じる。


「確かに、ダンジョンでもない場所ですぐ見つけるなんて、カレンちゃんはすごいな」

「すごいっていうか、コレ絶対、欲しいと思ったから出現してるでしょ」

「出現?」


セプルは怪訝そうに首を傾げる。

どうしてそんな反応が返ってくるのか、カレンの方こそ怪訝な面持ちになる。


「欲しい食材とか、素材とか、そういうのを探してたら、忽然と目の前に現れたみたいに見つかるよね?」

「探してたんだったら見つかるのは普通じゃないかい? 見つからないことだっていくらでもあるだろう」


ウルテも不思議そうに目を丸くして言う。

カレンは困惑顔をしてウルテを見上げた。


「えっと……でも、普通はあるはずがないものが突然現れたりするでしょ?」

「普通あるはずがないもの、ってのは何のことだい?」


不思議そうにカレンを見下ろすウルテとセプルの眼差しに、カレンはハッと息を呑んだあとから思案の顔つきになる。


「そっか、この環境が当たり前で育ってきたら、それが普通なんだ……」


たとえばダンジョンなら、植物が生えた環境では欲しい植物は大抵何でも手に入る。

季節も何も関係がなく、同じ森の中で同じ日に、春の菜の花と秋のサツマイモが一緒に手に入るのだ。

ありとあらゆるハーブだって、手に入りにくいものはあるものの、探せば見つかる。


ダンジョンは不思議空間なので何が起きてもおかしくない。

だから『そういうもの』としてスルーしてきたが、こうしてダンジョン外の森でもこの調子なら、この世界そのものがそういうふうにできているのだろう。


それがめちゃくちゃだということを理解できるのは、そうではない別の世界を知っている人間――カレンだけなのか。


「それにしても、またポーションになってるよ。本当に、何度見てもものすごい能力だねえ」


ウルテが鑑定鏡を取り出してのぞき込みながら言う。

カレンの持っている鑑定鏡と同じ、虫眼鏡型だ。


狩猟祭という貴族の版図で、これまでは使用人と同じように離れた場所に控えていたウルテとセプルだったが、さすがにこの事態になってカレンの側に立っていた。


「効果は?」

「体を強くする、だそうだよ。これを食ったら腕力が上がるのかい?」

「強くする……? あ、免疫力が上がるって事かな?」


カレンはポーチから取り出した自前の鑑定鏡で鑑定してみる。

すると、予想通り『免疫力を高める』という効果が出てきた。

ウルテの鑑定鏡だと、それが『体を強くする』という曖昧な効果として出てきてしまうらしい。


「これは体を風邪なんかから守る力を強くする、という意味だから、腕力は上がらないよ、ウルテさん」

「風邪から守る力……? まあ、こんな状況で引かないにこしたことはないだろうね」


根菜はビタミンCが豊富だから、免疫力を上げてくれる。

こんな状況なので、そういう効果を期待して食材を選んだのは確かである。


「それにしても、まるであんたを守るために騎士団が侍ってるみたいだね」

「おお、その手があったか。錬金術師殿の護衛のために来たと言えば歓迎してもらえたかね?」


ウルテの小声を聞きつけてゴットフリートがおどけてみせる。

もしもそう言われてこの騒ぎが起きていたら、カレンも無碍にはできなかっただろう。


だが彼らは自分たちの無実の証明のためにカレンに貼りついているだけだ。


「まあ、嘘を吐くのは性に合わんのでな。いずれ露見した時に信頼関係を損ねることになる」


言いながら、ゴットフリートはオリハルコンの錬金釜を覗き込んでふむふむとうなずいた。

カレンはゴットフリートを見上げた。


「騎士団長様、あなたたちの事情に巻き込まれても構いませんが、条件があります」

「おお、やっとその気になってくれたか。しかし条件とは?」

「ユリウス様が戻って来なかったら、一緒に探しにいってください」


一人で助けにいけるものなら行きたいが、魔物が出る場所ではカレンは無力だ。

セプルとウルテにはあまり無理をさせられない。

サポーターはあくまで身を守るためについてくれている人たちで、命をかけさせることはできないのだ。


カレンが世界樹の柄杓をぎゅうっと握り込んで言うと、ゴットフリートは首を傾げた。


「ふむ」

「お願いします。ユリウス様が予定の日までに戻って来なければ、どうか――」

「まあ待て。ユリウス様は私の従甥だ。戻って来なければ君に言われずとも助けに行く。条件は他のものにしてはどうだ?」

「へ?」


ゴットフリートの良心的な提案に、カレンは下げていた頭を上げてきょとんとした。


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