キノコのサンドイッチとハーブティー
「すごいわ! ポーションになっているじゃない!」
カレンの天幕の前。
広げた折りたたみ式の机の上には昼食のために用意したサンドイッチとハーブティーが人数分並んでいる。
それらを小さな単眼鏡の形の鑑定鏡で鑑定して、ペトラは歓声をあげた。
先程まではカレンが昼食を作るのを見て、料理人に任せればいいのにとぶつくさ言っていたが、芸術的な大手の平返しである。
喜び方の素直さが特に芸術点が高く、カレンは微笑ましく見守った。
「何か効果がついてたんですね」
カレンの言葉にペトラは目を丸くして振り返った。
「どうしてあなたが把握していないのよ?」
「皆さんが元気になるようにと思いながら作っただけで、ポーションにしようと思ったわけじゃないので。ま、いい効果がついていたならよかったです」
「なんでそんなことが可能なのよ……?」
ペトラはおののいた顔をする。
料理を作る度にすべてを鑑定するわけではない。
時にはお腹が減っていて、作りながら食べてしまうことだってある。
今はカレンに付き合わせて貴族の待ち人が何人もいるので、気安いとはいえさすがにお待たせするわけにはいかなかった。
「どんな鑑定結果でしたか?」
「元気になる効果があるらしいわ」
「アハハ! 曖昧な鑑定結果ですね」
「あなたがそういうふうに作ったからでしょうが!」
ペトラの言う通りだ。
恐らく、ペトラの鑑定鏡の品質が低いからではない。
カレンの鑑定鏡で鑑定しても、結果はさほど変わらないだろう。
パンを薄く切ってから焼き、トレントオイルと塩胡椒で炒めたキノコをたっぷりと乗せた。
そこに生ハムとシャキシャキのレタスを挟んだ、秋の味覚のサンドイッチである。
「カレン様、つまりこちらはポーションですよね? お金を支払わず、本当によろしいのですか……?」
「単なるお昼ご飯ですから、気にせず食べてください」
遠慮の姿勢を見せるロジーネの横で、ペトラはすでに「女神様の与えてくださる豊かな糧に感謝いたします」とお祈りをしはじめている。
「リヒト様もよかったら食べてください」
「ユリウスは貴族だから、料理人を雇うのが普通だ」
「はい?」
きょとんとするカレンに、リヒトはふんと鼻で息をした。
「平民と違って料理の腕がよくっても、妻としては点数稼ぎにもならないぜ?」
リヒトはカレンを牽制したつもりらしい。
お上品にナイフとフォークを持つ女子たちとは違い、リヒトは手づかみでサンドイッチを持ち、豪快にかぶりつく。
リヒトは一瞬動きを止めたあと、シャキシャキと音を立ててレタスを咀嚼しつつ仏頂面で言う。
「……美味い」
「よかったです」
カレンはにっこり笑うと、離れた場所にいるウルテとセプルにもサンドイッチとハーブティーを運んだ。
ハーブティーはすでに論文にも書いているので知る人もでてきた、カモミールのポーションだ。
恐らく、効果は疲労回復になっているはずである。
「カレン、あんた貴族相手にあんな態度を取って大丈夫なのかい?」
「そうだぜ、カレンちゃん。何があっても俺たちが守るとはいえどだぜ?」
「ああ、大丈夫ですよ」
カレンを心配して小声で言うウルテとセプルに、カレンは微笑んだ。
リヒトの耳の良さを懸念してか、二人の声は恐ろしく小さい。
「お嬢ちゃんたちはともかく、あの男は強いよ、カレン。あんたよりも、あたしたちよりも相手が格上だってことを忘れないようにするんだよ」
「はい、ウルテさん」
カレンは良い子の返事をすると、貴族の食卓に戻った。
ペトラは深刻な表情をして言った。
「ねえカレン、これ、ブドウ酒に合うんじゃないかしら?」
「ご明察ですね、ペトラ様。合いますよ。だけどペトラ様って何歳ですか? 大人になるまでは飲酒は控えた方が……」
「さすがに十五歳は超えてるわよ! 見ればわかるでしょ!!」
「私は二十歳になるまで酒は飲まない方がいい主義なんですよねえ」
とは言いつつも、カレンも十八歳からすでに飲酒はしている身なので、偉そうには言えない立場である。
そしてこの世界では十五歳から成人だし、そもそも子どもがお酒を飲んではいけないという法律もない。
ロジーネも不思議そうに目を瞬いた。
「あら、ブドウ酒の方が水より安全に飲めますわよ? 私が十一歳の時にうちの領地が魔物の群れに襲われて、領民と一緒に屋敷に立てこもったことがありますけれど、あの時には三歳の子どもも、澱んだ水よりうちに貯蔵してあったブドウ酒を飲んでいましたわ。水と違って腐らないのです」
「食事がまずくなるような話はやめてちょうだい、ロジーネ様」
ワイワイ言いつつ、二人の貴族の少女たちは酒を探しにカレンの天幕に我が物顔で入っていった。
この天幕を用意してくれた人、アリーセかヘルフリートが気を利かせてくれたので、中には豊富な種類の酒が置かれている。
すぐに見つけたらしい少女たちの歓声が聞こえてきて、カレンはほっこりした。
そんなカレンに、後に残ったリヒトが言った。
「あっちのサポーターたちの言う通りだぜ? カレン。君は俺を甘く見ているようだが、君がBランク錬金術師とはいえ、俺はあらゆる意味で君より格上だ」
ウルテは極限まで声を抑えていたのに、やはり聞こえていたらしい。
ダンジョンの二十階層を攻略した時点で、リヒトの実力はBランクの冒険者相当。
Cランクのウルテや、Dランクのセプルに太刀打ちできる相手ではない。
そして、同じBランクといえども、爵位持ち貴族の次期当主で冒険者相当の実力の持ち主であるリヒトの方が、カレンよりも圧倒的に格上だ。
「君はもう少し俺を畏れ敬うべきだと思うが、どういうつもりでそんな態度を取っているのか聞かせてもらえるかい? 錬金術師カレン。返答によっては君は、困った事態に陥るだろう」
脅しめいたリヒトの言葉に、カレンは言った。
「ユリウス様があなたをわたしに紹介した時点で、あなたを恐がる理由が一つもなくなったから、ですかね?」
「はあ?」
眉をひそめるリヒトは怒りを表しているようだった。
軽い魔力の圧も感じる。
だがカレンは、少しも恐いと感じなかった。
「ユリウス様がわたしにとって害のある人を紹介するわけがないんです。何しろわたし、ユリウス様に愛されてますので!」
「は――」
「だからあなたは間違いなくユリウス様の友人ですよ、リヒト様」
カレンの言葉に、リヒトは目をまるまると見開いて固まった。
「きっかけはユリウス様の弱みを握ったことかもしれないけど……ユリウス様はあなたをとても仲のいい友人だと思っているはずですよ? そうじゃないと、わたしに紹介してもらえませんからね!」
カレンは胸を張ってドヤ顔で言う。
そんなカレンを見上げ、リヒトはしばらく言葉を失ったあと、やがて机に突っ伏した。
「……信じたいと思わせられた自分に、腹立つ……!」
「アハハハハ」
頭を抱えるリヒトの隣に座り、カレンもサンドイッチを食べ始める。
トレントオイルで炒めたキノコは塩気を抑えたから、生ハムのしょっぱさがよく合っている。
豪快に挟んだレタスのおかげで口の中がさっぱりして、オイルの染みこんだパンがいくらでも美味しく食べられそうだ。
くつろぎきった様子でカレンは大口を開けてサンドイッチにかぶりつく。
そんなカレンをリヒトは半眼になりながら横目で睨みつけるが、カレンはまったく意に介さない。
だが、カレンはやがて警戒するように背筋を伸ばした。
ウルテとセプルが左右について――ゴットフリートが近づいてくるのが見えた。