案内人の令嬢たち
「狩猟祭の間、私たちエーレルト伯爵家の者には主催としての仕事があります。カレンさんの側にずっといられませんから、私がいない間はこの子たちを案内人としてカレンさんの側に置いていただきたいの」
狩猟祭会場に到着した翌朝、アリーセの天幕に呼ばれていった先で紹介された二人の少女に、カレンは見覚えがあった。
「ペトラよ。久しぶりね、カレン」
紫髪のツインテールの美少女ペトラがツンと顎を逸らした。
かつて、恐らくはホルストがエーレルトに流通させた毒白粉によって病んでしまい、カレンのポーションによって回復した少女である。
恐らくは――ホルストたちが所持していた魔力を奪う黒い粉があの毒白粉に含まれていたのだろう。
ペトラは、彼らの実験台にされた被害者だった。
その横で、貴族には珍しく金髪を肩で切りそろえた少女、ロジーネが丁重な仕草でお辞儀した。
「私はカルク男爵家のロジーネと申します。以前お茶会ではお会いしましたが、こうしてお話するのは初めてですわね? どうぞ仲良くしてくださいね」
おっとりと微笑むロジーネは、エーレルト伯爵派の派閥内に毒白粉を流通させてしまった人物である。
毒白粉を流通させてしまったことを派閥の者たちに謝罪しながらも、自分だけはこっそり使おうとした中々強かなところのある少女だったとカレンは記憶している。
彼女もまた、思惑に巻き込まれた犠牲者の一人である。
ロジーネの態度に、ペトラが目尻を吊り上げた。
「ちょっと! 平民相手に敬語とか、猫を被るのはよしなさいよ、ロジーネ様! カレン、騙されないでよね。この女、あなたの作る化粧品系のポーションが目当てだから!」
「ペトラ様こそ、カレンさんの側にいればいい縁談が見つかるかもしれないと言っていたではありませんか? 利益目当てにカレンさんに近づくペトラ様と一緒にしないでくださる? 私は純粋にBランク錬金術師のカレンさんに敬意を表しているのですから」
「じゃあ、ロジーネ様はカレンのコネでもらえるかもしれない化粧品ポーションはいらないのよね? 私は欲しいわ!」
「わ、私もそれは欲しいですけど――!」
「コホン」
アリーセの天幕で、よりにもよってアリーセの前で言い争いをはじめた二人だったが、アリーセの咳払いで借りてきた猫のように大人しくなった。
アリーセは溜息を吐いて言う。
「……見ての通り、元気な子たちだけれど、二人とも悪い子ではないの」
「選出基準をうかがってもいいでしょうか?」
よりにもよってなんでこの二人を? と婉曲的に訊ねるカレンに、アリーセは言った。
「主な条件は三つよ。一つは戦う力があること。二つ目は、カレンさんが気兼ねせずにいられること。三つ目はユリウスに興味関心がないことです」
「なるほど大事ですね。特に三つめ」
カレンは大きくうなずいた。
たとえアリーセに紹介してもらった案内人でも、カレンの側にいるユリウスに色目を使われたらたまらない。
ペトラは当初こそユリウスに色目を使っていたものの、お姫様扱いしてもらえないと気づくや苦手意識が芽生えたようだった。
少なくとも、昨年は若干ユリウスを恐がっていた。
「三つ目の条件に合う子が中々いなくて選出に苦労したのですよ」
「ロジーネ様もユリウス様に興味がないのですか?」
「私の好みは稼ぐ殿方です。若く美しい貴族の殿方より、大金持ちの平民に心を惹かれますわ」
「ユリウス様もお金は持っていると思いますけど……」
ダンジョンを攻略すると、国や領地から褒賞金が出る。
ダンジョン攻略中に得たドロップ品を売ったお金だって相当な金額になるだろう。
ユリウスは若く美しい貴族である上に、爵位を継承していない若い貴族としては桁違いの大金持ちのはずである。
カレンが若干の警戒心を覗かせると、ロジーネは微笑んだ。
「騎士より商売人に心惹かれるのですわ。ですから色んな商人とお会いしていたのです。その過程で胡乱な商人から怪しげな化粧品を購入してしまい、去年のようなことになってしまいましたの」
「そういう経緯だったのですね」
貴族の令嬢がどうして平民の商人に心を惹かれることがあるのだろうと思いつつも、そこを深掘りするとユリウスがどうしてカレンに――という話に繋がりかねない。
心惹かれることは、ある! とカレンは心の中でうなずいた。
「はい。その商人も外国籍ではありましたが、見た目にはアースフィル王国人にしか見えなかったんですのよ。しかも私好みの裕福さを表したかのようなふっくらとした出で立ちで――」
ロジーネは頬に手を当てて溜息を吐く。
ふくよかな人間が好みなら、確かにユリウスは好みの範疇外だろう。
カレンは大いに安堵した。
アリーセはカレンの表情を見てとって、話を先に進めた。
「二人とも、カレンさんに恩があります。実戦経験のある冒険者のサポーターの方々ほどではないけれど、この子たちも戦えます。サポーターを連れてはいけないような場所では、二人がカレンさんを守ってくれるでしょう」
「わたしにとってはありがたいお話ですが、お二人はいいんですか?」
狩猟祭は貴族にとってはいわば楽しいお祭りだ。
そんな日に、目下の平民の案内人をしなければならないなんて不服だろう。
ロジーネは微笑んで口を開いた。
「先程も申しましたが、Bランクの錬金術師であるカレンさんとご一緒できるだなんて光栄で――」
「当然化粧品ポーション目当てよ!!」
礼儀正しくあろうとするロジーネに、問題児のペトラが割り込んで言う。
ロジーネはキッとペトラを睨みつけた。
「ペトラ様……ッ! 伯爵夫人の前でやめていただけます?」
「あなたみたいに下心を隠して近づくよりよほど私の方が誠実だと思うけど?」
言い争う二人は結局のところ、カレンのポーションが目当てらしい。
アリーセは呆れ顔をしてカレンを見やった。
「カレンさん、今からでも他の子を探すこともできますけれど、どうなさりたいかしら?」
「彼女たちに案内をお願いしたいと思います」
カレンとしてもユリウス目当てにお行儀よく近づいてくる令嬢よりも、目的がはっきりしている彼女たちの方がよほどいい。
カレンは少女たちに向き直った。
「お二人にはわたしを案内してくれるお礼として、王都に帰る前に化粧品ポーションを用意してお渡ししますので、狩猟祭の間はどうぞよろしくお願いしますね?」
「やったわ! あなたのポーションって恐ろしく品薄でめったに手に入らないのよ!? もう少し流通量をどうにかしなさいよね!」
「替えの利かない冒険者用のポーションを作れるBランクの錬金術師に化粧品ポーションばかりを作れと命じるのは非常識ですわ! で、でも、お礼としてならありがたく受け取らせていただきますわね」
「ふん、いい子ぶっちゃって」
「貴女が失礼すぎるんですわ……!」
欲望に忠実なペトラと、それをたしなめながらも欲望を抑えきれないロジーネは、どこか似ていた。
似ているがゆえに反目しあっているらしかった。