狩猟祭の思惑2
「君は篤志家だね。魔力のない子どもにまで手を差し伸べるとは」
「お褒めいただき光栄です」
カレンは愛想笑いと共にそう答えたが、実際に褒められたわけではないことぐらいわかっていた。
魔力がない子どものために愚かなことをしていると、その貴族の目は嗤っていた。
アリーセの助けがあったとはいえ、魔力が少ない子ども集めはあまりにも上手く行きすぎた。
その日の夜になるまでの間に、声を掛けた貴族は全員カレンの申し出を快く受け入れ、概算でも五十人以上の子どもたちがすでにカレンのもとに送られることが決定した。
まだ預かるための場所は探している段階なので、後日、場所が決まり次第子どもたちを送ってもらえる手はずである。
狩猟祭もはじまっていないのに、集まりすぎである。
それだけ、この世界では魔力が少ない――『ない』ということが、あまりにも致命的すぎるのだ。
貴族たちからしてみれば、何をやらかすかわからない、役に立たない厄介者をカレンに押しつけたぐらいの気持ちだろう。
自分たちの知らぬ場所でカレンのもとに送られることになってしまった子どもたちを思うとカレンは胸が痛んだ。
とはいえ今更、やめるつもりはない。
そして今、カレンは呼び出されてヘルフリートの天幕にいた。
その側にはアリーセとユリウス、ジークまでもいる。
「カレン、アリーセから話は聞いている」
ヘルフリートは重々しく切り出した。
どうやら、カレンの子ども集めはヘルフリートによく思われていないらしい。
眉間にしわを刻んだヘルフリートは言った。
「ホルストとの約束だからといって、君がそこまで献身する必要はない。ユリウスも言ったはずだ。エーレルトの子どもたちのことは、エーレルトが対処する、と」
確かに、ユリウスは孤児院で孤児院長のオーガストとエーレルトの名で約束していた。
ユリウスがその場で即決したということは、ヘルフリートも前々から子どもたちの処遇について憂慮していたということだろう。
そもそもホルストとした約束など気にするなとは、当初から言われていた。
ただ、カレン個人が子どもたちのために何かをするのを禁じられた覚えはない。
「わたしという個人が動くのはエーレルトの皆様のご迷惑になる、というお話でしょうか?」
「迷惑だという話ではないのだよ、カレン。私のためにホルストとした約束が君を縛っていると思うと、心苦しくてならないのだ」
「縛る?」
カレンはきょとんと目を丸くしてユリウスを見やった。
「ユリウス様、そんなふうに思っていたんですか?」
「私のためでなければどうして君が動くのだい? カレン。君には何の責も関わり合いもない子どもたちのために、私財まで叩く必要が、理由がどこにある?」
「なるほど……ヘルフリート様もそうお考えなんですね?」
「私が依頼もしていないのに君がエーレルトの子どもたちのために動こうとしているのを見れば、自ずと理由は限られてくる。はじめは、君が底なしのお人好しである可能性も考えたが……以前調べた君の調査報告書を思い出す限り、君は無償で際限のない人助けをするほどのお人好しではない」
「まあ、そうですね」
カレンはこの世界の平均的な人々より自分の人がいい自覚はあるが、さすがに世界中のあらゆる人を救おうだなんて考えてはいない。
一定の線引きをして、その線引きの範囲外だと思ったら、人を見捨てたことだってある。
全員を助けられるわけではないからFランクという足切りの基準がある。
ここは、そういう世界だった。
「カレン、子どもたちのことは君が心配する必要はない。私が、エーレルトが責任を持って面倒を見よう。君が望むのであればエーレルトだけでなく、アールフィス王国中から子どもたちを集めても構わない。ユリウスがダンジョンを攻略してくれたことで、エーレルト領にはそれだけの余裕がある」
金銭的な余裕も、土地の余裕もあるという意味だろう。
ダンジョンの影響圏では魔物がでない。その影響圏でしか人が生きられない世界で、ダンジョンの最深層を攻略するということは、その影響圏を広げるということ。
ユリウスがエーレルトダンジョンの二十階層を攻略したことで、エーレルト領は文字通り領土を広げたのだ。
とはいえ、せっかく生まれたその余裕を魔力の少ない子どもたちに注ぐことは、エーレルトの他の誰にも歓迎されないだろう。
「カレンさん、もし子どもたちが冷遇されるのではと不安なのでしたら、私が直々に子どもたちの面倒を見ますわ。ですから安心してくださらないかしら?」
「アリーセ様……」
「カレン姉様、ぼくも協力するよ。だから姉様だけが背負う必要はないんだよ?」
「ジーク様まで……」
「カレン」
ユリウスがカレンのもとに近づいて、優しい微笑みを浮かべて言う。
「私たちは皆、君の夢を応援している。君の夢が叶う日を、私たちも夢見ているのだよ。だから、君の足手まといにはなりたくないのだ。誰にも、そうさせたくはないのだよ」
「――参りました」
心優しいエーレルト伯爵家の人々の言葉を受け、カレンは降参した。
「皆様、中でもユリウス様は気づいてもおかしくなかったんですが、気づいていないみたいなので白状しましょう。気づかせない方が、わたしの利益ではあるんですけどね」
「カレン?」
カレンの物言いに不思議そうな顔をするユリウスたちに、カレンは苦笑した。
「皆様はわたしに厄介事を押しつけている気持ちみたいですが、とんでもない。わたしは青田買いをしているんですよ。皆様が彼らの価値に気づかないうちにね」
「彼らの価値、とは?」
代表してヘルフリートが疑問を口にする。
カレンはにやりと笑ってみせる。
「わたしは集めた魔力の少ない子どもたちに教育をして、わたしの無魔力素材のポーションを作ってもらうつもりなんです。予想では、魔力の少ない子どもなら、わたしのポーションを作れるはずなので」
実のところカレンの予想というよりは、ハラルドの『理解』だ。
カレンを信じさえすれば、そして魔力がないという状態を理解していれば――無魔力素材のポーションは作れるのだ。
カレンのポーションは唯一無二すぎて、常にありとあらゆるポーションが品不足だ。
今もひっきりなしに錬金工房に催促の手紙が届いているだろう。
これが、大勢の子どもたちの手によって作れるようになれば世界が変わる。
カレンは子どもたちにポーションを作らせ、その上前をはねる予定なのだ。
ピンハネしたお金のいくらかは彼らの教育費や生活費に回すつもりとはいえ、やらんとしている行為はまさに悪徳錬金術師のそれである。
「つまりわたしは子どもたちが放っておけないからいいことをしようとしているわけではなくっ! 自分の利益のために子どもたちを集めて教育して仕事をさせようとしているわけです!! よって、まるでわたしがとんでもない善人であるかのように扱うのはやめていただきたい!」
カレンは抗議した。あまりに居心地が悪すぎるのである。
「でも、エーレルトから人材を引き抜くな、という抗議でしたらお受けしますよ? 本当は黙って引き抜きまくるつもりだったんですけどねえ……皆様があまりに人がよろしいので、黙っていられなかったわたしの負けですよ」
一体どちらが善人やら、とカレンはやれやれ顔で言う。
ジークはカレンに訊ねた。
「カレン姉様、子どもたちが成人したらどうするの? 魔法契約で縛って、ずっとカレン姉様のために働かせるの?」
「え? そんなことはしませんよ。成人したら孤児院と同じく巣立ってもらいますよ」
ジークは両親と、そしてユリウスと顔を見合わせて肩をすくめた。
「つまり……居場所のない子どもたちに居場所を与えるのみならず、替えの利かない技能を身につけさせようとしているのだな? ただ、いたずらに生かすだけではなく」
「カレンさんがどう思っているにせよ、彼らは自分の人生を、よりよく生きられるようになるでしょうね」
「そのために、カレン姉様の知識って特別なものなのに、大盤振る舞いするつもりみたい」
「自分にも利益がある、という理由を作りだして、子どもたちを助けようというのだね」
ヘルフリート、アリーセ、ジーク、ユリウスが口々に言う言葉に、カレンはたじろいだ。
「いえ、だから、わたしはわたしの利益のために……!」
ユリウスはカレンを見下ろし目を細めた。
「利益のために頑張る君が、何とも愛おしい……これは惚れた欲目かな?」
「惚れ……っ! ウウッ! 否定しにくいっ!」
「私のためでなかったのは少し残念だけれどね」
「いや、ユリウス様のためでもありますけどーー」
寂しげな顔をするユリウスにうっかり本音を口にするカレンに、エーレルト伯爵家の人々は笑みを深める。
カレンは完敗して白旗を揚げた。
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第二弾はユリウスです!
ユリウスのキャラデザ……最高ですよ……!!!!
圧倒的感謝がカレンから押し寄せてきます。