狩猟祭会場
「カレン、よく来てくれたな」
「狩猟祭に招待していただきありがとうございます、ヘルフリート様」
狩猟祭。
それは貴族の催しであり、本来平民とは関わりのないものである。
そこに招待されるというのは平民にとっては名誉なことだ。
カレンが礼を取ると、ヘルフリートは重々しくうなずいた。
ヘルフリートたちに遅れて、カレンとユリウスは騎士団の一部に護衛をされて、狩猟祭の会場であるエーレルト領の東に接する大森林の周縁にやってきていた。
「ユリウス、今年もおまえの活躍を楽しみにしているぞ」
「今年はカレンもいますから、いいところを見せられるよう一層励むつもりです」
「ははは! そうか! ユリウスにもそのような季節がやってきたのだな」
ユリウスがヘルフリートにはにかみ笑っているのを見ていたカレンの耳元が、ふわりと温かくなる。
まるでユリウスがその指先で耳朶に触れたかのようなかすかなぬくもり。
ユリウスがピアスに繊細に魔力を込めたのだろう。
貴族的に狩猟祭は楽しい祭であり、貴族の男性にとっては意中の女性にアピールをする場らしいのだ。
カレンにアピールするつもりだと言わんばかりに、ユリウスはひそやかな合図を送ってきた。
カレンが顔を赤くしていると、ユリウスが目線を送ってくすりと笑い、すぐにヘルフリートとの会話に戻っていく。
やられっぱなしになったカレンがわなわなと震えていると、アリーセとジークが近づいてきた。
「待っていましたよ、カレンさん」
「カレン姉様の天幕はこっちに用意してあるよ!」
すでに狩猟祭の場には大勢の貴族が集まってきていた。
あちこちに天幕を張り、煮炊きをする光景はダンジョン調査隊を彷彿とさせた。
あそこにあった黒い粉――憐れな魔物の卵のなれの果てを思い出して、カレンは身震いした。
「カレン姉様、寒い? 大丈夫?」
見ていたジークに心配され、カレンはあえて否定せずにうなずいた。
「そうですね。ちょっと寒いです」
「確かに、このあたりは領都よりも更に冷えるよね。早く天幕に行こう。案内するよ」
「ここにいるのはみんなエーレルト領の貴族たちなんですか?」
すなわち、エーレルト伯爵家にとっては家門の貴族たちと言える。
これだけの勢力が、今まではホルストの影響下にあったと思うと空恐ろしい話だった。
「大体はね。でも、違う人もいるよ」
「そうなんですか?」
「狩猟祭ってね、元は未攻略のダンジョンを攻略して、領土を広げるための祭なんだ。まさにアースフィル王国の開祖であるシビラ王がやったことだよ」
ジークがカレンを案内しながら、狩猟祭の成り立ちを教えてくれる。
カレンでも知ってる創国神話のシビラ王の開拓記。
魔物のあふれ出るダンジョンを攻略し、その地を拓いてアースフィル王国を建国した。
その後、シビラに付き従った強者たちは少しずつ、その周辺の未攻略のダンジョンを攻略していった。
それが後の貴族と貴族の領地だという。
「昔の人は年に一度、攻略する土地を定めてみんなで集まって、その地のダンジョンを攻略してこれを治め、平和になったダンジョンの影響圏に町を作ったんだ。攻略の要になった人がその地を治める領主貴族になって、その協力をした人たちが家門の貴族になったんだよ。今も、それを模倣しているんだ」
「同じことをするわけじゃないんですね?」
「危険だからね――これまでに誰も攻略されたことのない未攻略のダンジョンって、ずっと大氾濫が起きてるのと同じ状態なんだ。魔物があふれ続けているんだよ。だから今はあふれてこちら側まできた魔物だけを狩るんだ。近くに未攻略ダンジョンがない領地の貴族も招待してね」
ジークは訳知り顔で言うと、カレンを見上げた。
「カレン姉様、絶対に近づいちゃダメだからね」
「はーい」
カレンはいい子の返事をしたものの、ジークはウルテとセプルに念押しした。
「サポーターのきみたち、カレン姉様をよろしくね」
カレンの返事だけでは心許ないといわんばかりである。
それに――ジークの雰囲気がいつもとは違う気がして、カレンは目をぱちくりした。
二人はジークの普段の雰囲気など知らないだろうから、違和感を覚えた様子もなくうなずいた。
「あたしたちはサポーターですからね。冒険者を雇わないとできないような危険を冒させることはないから安心していただきたい」
ウルテがよりいっそう丁重にお辞儀をしてみせる。
そのお辞儀を受けるジークの顔は笑っているのに、その微笑みには圧すら感じさせる。
カレンがポカンとしていると、それに気づいたジークはニコッと笑った。
ジークがまとっていた冷たさすらある圧迫感はそこで霧散した。
「カレン姉様の天幕はここだよ!」
「……わたしと誰かが共同で使う共同天幕ですか?」
天幕を張れる場所は無限ではない。
身分や立場によって天幕を張ることが許される場所や、大きさも異なる。
かつてダンジョン調査隊でヴァルトリーデが使っていた規模のその天幕は、ウルテやセプルと使っても広すぎるように見えた。
「うふふ、ここはカレンさんのためだけの天幕ですよ。中に入ってご覧なさい」
アリーセにうながされ、中に入ったカレンは目を見張った。
「錬金工房になってる……」
ビーカーやフラスコ、乳鉢などの基本の道具から、カレンが最低限持ち運んでいる錬金道具以外の、すべてのものがそこには揃っていた。
その上、深く暗い森から漂う冷気が完全に遮断された、温かく快適な空間が広がっている。
竈に火が入れられて温められているのもあるが、この天幕は空調の魔道具でもある。
恐らく盗聴防止などの防衛用の魔法もかけられた、人の手で作られる種類の中では最上級の魔道具だった。
「気負わないでくださいね、カレンさん。あなたは錬金術師で、ここは狩猟祭の会場なのです。いつポーションを必要とする人が出るかわからない場所ですもの。あなたがお仕事を依頼しやすいようにこの天幕を設けたのですよ。もちろん、依頼があるまでは好きに使っていただいて構いません」
「……という口実で、わたしが過ごしやすいように、その上好き勝手に錬金術ができるように至れり尽くせりしてくれているだけですよねっ!?」
「あら、バレてしまったみたいよ? ジーク」
「バレてしまったなら仕方ありませんね、母様」
アリーセとジークは笑い合うと並んでカレンに向き直った。
「この狩猟祭には楽しんでいただくために呼んだのだけれど――カレンさん、あなたには別の目的があるようですね」
「……わかっちゃいます?」
カレンは苦笑した。
友だちの家に遊びに来たのに、別の目的があって家に来たのがバレてしまったような気まずさである。
だが、アリーセもジークもそんなカレンを優しい眼差しで見つめている。
「わかるよ。だからぼくたち、カレン姉様の力になりたいんだよ」
「やり遂げたいことのために、私たちに協力できることがあれば何でもおっしゃってほしいの」
「ジーク様、アリーセ様……」
カレンの魂胆をあっさり見抜きながらも協力を申し出てくれる二人に感動したのもつかの間。
カレンはふっと笑って言った。
「ほぼ間違いなく、厄介事に巻き込みますよ? 狩猟祭の場をお借りしようとしていた時点で、という感じですけど」
「狩猟祭というのは元より社交の場ですもの。それぞれの思惑があって当然ですし、カレンさんなら何をなさっても構いませんわ。夫も喜んで協力するはずですよ」
「あっでもカレン姉様、狩猟祭はやらせてね。森の周辺の村や町のためにも、魔物は狩らないといけないから」
「領民想いですね、ジーク様。さすがは次期エーレルト伯爵」
カレンは照れるジークに微笑んで言った。
「狩猟祭の邪魔をするつもりはありません」
カレンは覗き込んでいた天幕の中に入っていく。
アリーセとジークがそれに続き、天幕の入口にはウルテとセプルが見張りに立った。
防諜が万全なのを確認したあと、カレンは言った。
「わたし、エーレルト領中の魔力の少ない子どもたちを集めて、引き取りたいと思っているんです」
きっと、この場に集まる貴族の多くが魔力を持たない子どもたちを厄介者だと思っていて、扱いに手をこまねいている。
そうしているうちに、暗夜の子どもたちが行き場のない子どもたちを攫っていく。
カレンはこの場に集まる貴族たちと交渉して、攫われる前に子どもたちを引き取るつもりでいる。
そうやって集めた子どもたちを預かるための場所を作ろうとしていた。