祝いの予約
「トール――無事に帰ってきてね」
「ねーちゃんこそ。狩猟祭に行くんだろ?」
「わたしは天幕を張ってある本陣あたりにいる予定だから、危険なことなんてないよ」
カレンはトールの要望で、ダンジョン攻略に旅立つトールを見送るために、冒険者ギルドに見送りにやってきていた。
王都の冒険者ギルドよりは建物が小さいものの、決して田舎という雰囲気ではない。
ただ王都とは気候が違うからか、建物の雰囲気が違っていた。
扉は二重扉で二階にも出入口があるようだった。
去年は確か、カレンが巨大なキャンバスにユリウスの肖像画を描いていた頃、大雪が降っていた日があった気がする。
関係者以外に肖像画のことがバレないよう部屋に閉じこもり、カーテンを閉め切っての作業だったし、新年祭の日には目に見える範囲はすっかり除雪されていたため、どれぐらい積もるのかは知らなかった。
冒険者ギルド内は温かく冒険者たちで賑わっていて、エーレルトが栄えていることを感じさせた。
「ユリウスは狩猟に参加するから側を離れるんだろ。オレのことは気にしないで、ねーちゃんは自分のことを心配しろよ。魔物より人間の方が恐いなんてザラなんだからな」
「ウルテさんとセプルおじさんが側にいてくれるから大丈夫だよ~」
トールは悪気があるわけではなく、事実を指摘する口調で言った。
「BランクとCランク以下の強さは別格なんだよ」
そう言って、トールはウルテとセプルの方を見やった。
「エーレルト領都ダンジョンを攻略したら、おまえらに稽古つけてやろうか?」
「ちっちぇえ頃から知ってるガキに言われるの、相変わらずキツいぜ~!」
「何言ってんだい、セプル。未来のAランク冒険者様に稽古をつけてもらえるっていうんだから、ありがたく受ける以外にないだろうさ」
「わかってる。ありがたいのは確かだ。けどキツいんだよ……! 将来オレのガキがこうなったら俺はどうしたらいい!?」
「そうなったら面白そうだから鍛えてやろうかな、セプルの子」
「ありがて~! ありがたすぎて泣けてくる!!」
セプルはトールの親切に頭を抱えた。
こうやってふざけられるのがセプルの器の広いところである。
「ところで、見送りっていったら神殿じゃない?」
「ああ、他のヤツはみんな神殿に先にいってるよ」
「じゃあ、冒険者ギルドに用事があるの? わたしのことは気にせず用を済ませてきちゃっていいよ。ダンジョンの攻略届は出した?」
登山の時に出す登山計画書のようなものだ。
絶対に出さないといけないわけではないものの、予定通りに帰ってこなければ救助隊を組織してもらえる。
「とっくに出してるぜ。オレたちが潜るってあっという間に領都中に知れ渡ってさ、余所者に三十階層を攻略されてたまるかって地元の冒険者が大慌てしてるそうだぜ。笑えるだろ? 焦るぐらいならとっとと攻略しろってんだよな~」
トールが笑いながら言うと、冒険者ギルド中の冒険者たちの剣呑な視線が突き刺さる。
賑わっているように見えたのは、トールたち鮮血の雷のダンジョン攻略申請を受けて焦った冒険者たちが殺到していたかららしい。
「エーレルトの貴族共は貴族共でうるせーし。冒険者に攻略されでもしたら、エーレルトの領主と貴族のための新年祭が、冒険者を讃える場になっちまうってな。新年祭の攻略者の肖像画を飾る仕組みが導入されたのは、ねーちゃんの働きかけによるものなんだろ? ――ねーちゃんのせいだって言うやつもいる」
トールは声を低くして続けた。
「ねーちゃん、マジで気をつけてくれ。軽く情報集めをしただけで、ねーちゃんに不満を持ってるヤツと何人か鉢合ってる。オレが会ったヤツはその場でシメたけど、他にも間違いなくいるだろ」
「そっかぁ」
カレンは気落ちしつつうなずいた。
全員が喜ぶ施策というのは難しいもので、カレンに感謝する人がいるのならば、同じぐらいの熱量でカレンを恨む人がいてもおかしくない。
嬉しくはないものの、わかっていたことではあった。
「ねーちゃんさ、錬金術師としてオレたち鮮血の雷のパーティーのスポンサーになってくれないか?」
「スポンサー?」
目を丸くするカレンに、トールはうなずいて説明した。
「オレたちが支援してもらう代わりに、オレたちがねーちゃんの宣伝をするって関係だ」
「それぐらいわたしにもわかるよ。でも、そんな支援らしい支援もしてないのに、これから三十階層を攻略してAランクになろうっていうトールたちに乗っかるのはおかしくない?」
冒険者の名が上がればもちろん、スポンサーの名前も上がるのだ。
名前が上がるだけでなく、支援に値する援助を後々冒険者から引き出すことも可能になる。
どんな冒険者にも弱い時があるから、その頃に支援をすれば末はSランクになるかもしれない冒険者とのつながりという切り札を手に入れることが可能になるのだ。
それを目当てに、支援者は有力な冒険者のスポンサーになりたがる。
かつてカレンと争ったグーベルト商会も、そうやって何人もの冒険者を支援して抱えていたはずだ。
その中に優秀な錬金術師がいて、無魔力素材ポーションを作れる人がいたらカレンは嬉しかったのだが、お互いにとって残念なことにそういう人材はグーベルト商会でさえ抱えていないらしかった。
ともかく、トールにもたくさんの引き合いがあっただろう。
だが、トールたち鮮血の雷にスポンサーがいる様子はない。
「わたしがトールのお姉ちゃんだからって理由でスポンサーにするなんて、他のパーティーメンバーはいい気がしないんじゃない?」
「みんな大賛成だぜ? この国の誰も、もしかしたら世界中の誰も作れない万能薬を作って持たせてくれたのは十分な支援だろ? ねーちゃんしか作れないから品薄なのに、今作れるありったけをオレたちに持たせてくれたじゃん。手持ちの金じゃ払いきれないほどたくさん」
「……確かに」
少なくとも表舞台で活躍している錬金術師の誰も万能薬を作ったことはないと、ユルヤナからのお墨付きである。
そんなポーションをカレンは鮮血の雷のためだけに作り、トールだけでなくパーティーメンバーたちに使い方の指導もした。
最後には金を払われなくてもどっさり持たせた。
言われてみれば、それは支援の実績と言えるだろう。
「オレたちは新年祭までにダンジョンを攻略するよ。そんでもって、ねーちゃんの名前ごと高みに連れていく。エーレルトの新年祭とやらでオレの名前を知らしめて、エーレルトの誰もオレのねーちゃんを侮れないようにさせてやる」
トールが遠くを見てぎらぎらと輝かせていた濃紺の青の目をカレンに向ける。
カレンに向けると、その青の瞳は凪いだ海のように落ち着いた光をたたえた。
「これがオレたち鮮血の雷からの婚約祝いだよ、ねーちゃん」
とんでもない婚約祝いの予約が入り、カレンは胸が熱くなった。
「ありがとう。だけど、無理はしないように!」
「おう! 命を大事に、だろ?」
そんな祝いはいらないから無事に帰ってきてほしい、とは言わない。
これはトールが本気で成し遂げたいと願っていること。
自分のために全力をかけてやろうとしていることだ。
心配だからって、カレンはその願いを、志を否定したりはしない。
「わたしもトールをびっくりさせられるよう頑張るね」
「楽しみにしてるぜ、ねーちゃん」
カレンにもやりたいことがあるから狩猟祭へ行く。
トールの言う通り、魔物以外の危険がそこにはあるだろう。
だとしても、そんなことは成し遂げたい願いの妨げにはならないのだ。
そんなカレンを、トールだって応援してくれるだろう。
カレンはトールと共に冒険者ギルドの受け付けに向かい、その場で鮮血の雷の唯一のスポンサーとなった。