社会のひずみ2
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」
「もうしません、二度としません、許してください!」
「……っ」
庭に集められた子どもたちはガタガタと震えている。
ユリウスに魔力圧で威圧されて叱られて、怯えきって震えていた。
戻ってきたユリウスはカレンの顔色をうかがいつつ言った。
「……私に幻滅したかい? カレン」
「いい脅かしっぷりだなと思いましたよ。本気で怯えさせ自分のしたことを後悔させる必要がありますからね」
「そういえば、カレンは冒険者街育ちだったね」
ユリウスは安心した顔をして言う。
院長によって呼び集められた犯人の子たちは実にふてぶてしかった。
カレンたちを前に反省の色はなく、何故こんなことをしたのかという問いには「石を投げてみたかったから」というふざけた答え。
院長に促されての「ごめんなさーい」という口先だけの謝罪をいただいた。
カレンとしては、悪さをした子どもたちに口頭注意をするだけで済ませてもよかった。ユリウスもだろう。
だが、この世にはカレンやユリウスのように甘く優しい人間ばかりではない。
他の貴族や冒険者に石を投げたら殺されてもおかしくない。
子どもが悪さをしたら、取り返しのつかないことをしてしまったのだという現実を骨身に叩きこんでおいてやるのが大人の優しさという世界がある。
主に冒険者街などの下町の流儀である。
孤児院にも同じ流儀があるらしく、院長たちに乞われた上で、ユリウスが威圧することになり、このありさまである。
Cランク以上の魔力を持っているはずの神官たちすら震え上がっていたので、子ども、ましてや魔力が少ない子たちなどひとたまりもなかっただろう。
子どもたちは一人残らず自分のしたことを後悔しているのが見てとれる。
最初、カレンとユリウスの前に引き出された時には反抗的な目をしていた子どもたちだったが、今はみんな顔を青くしボタボタと涙を流してガタガタ震えている。
老人などは心臓が止まってしまうこともあるが、子どもたちにはそんな様子もなく、尻もちをついたり失禁したりはしているが、怪我をしてもいない。
カレンは無問題だと結論づけた。
「みんな、自分が何をしたのか理解したようで何よりで――」
カレンは子どもたちの中にいる、涙で頬を汚しながらも目に強さを残した少女と目が合って口をつぐんだ。
燃える火のような赤い目をしている。
院長を見やってカレンは訊ねた。
「この子はどういう子ですか?」
「その子はテレサ。十三歳で、冒険者一家の生まれです」
「魔力量は?」
「Fランクです」
カレンは目を丸くした。
「Fランクの魔力量でユリウス様の威圧を食らってその顔ができるんだ……?」
「カレン、もう一度威圧を?」
「最初のあれで心が折れないなら何をしても折れませんよ」
ティムもかつては心が折れないタイプの困った子だった。
親切な冒険者たちが威圧したりボコボコにしたりしてこの世には逆らってはいけない人間が存在するのだと体に恐怖を叩きこもうとしてもへこたれない。
おかげで、カレンは何度もポーションを作らされるはめになったことがある。
時折、そういう子が存在する。
トールも威圧されても平気なタイプだったが、トールはカレンがきちんと理路を説明すればわかってくれる賢い子だったので問題はなかった。
冒険者街では威圧に屈しない子どもはいずれ冒険者として大成すると言われていた。
トールもそうだった。
けれども、この子の魔力量がFランクならば厳しい道のりだろう。
カレンは子どもたちのうちの誰かにもう一度尋ねようと思っていた質問をテレサにかけた。
「ねえ、どうして石を投げてきたのか、教えてくれる?」
「……大人はみんな、魔力量でしかあたしたちを見ないから」
少女はカレンを睨みつけるような強い眼差しをしながらも、答えてくれる。
だが、意味がよくわからずカレンは小首を傾げた。
「どうせ選ばれないけど、何もしてないのに選ばれないのは、悔しいから」
「うん?」
「だから石を投げてやった。自分でやったことのせいなら、まだマシ」
「えーと、選ばれないって、どういう意味?」
「魔力量の多い子を養子に取りに来たんでしょ? 夫と一緒に」
魔力量が少ないから、選ばれない――養子縁組に、という意味らしい。
カレンは叫んだ。
「わたしたちは既婚者じゃ! ない!!」
「まだ、ね」
「寄付をしにきただけだからね!? わたし、まだ十九歳だから! 子どもとか先の話だから!!」
カレンとユリウスの言葉に、少女はイライラと言った。
「どっちでもいい。とにかく、あたしは選ばれないんでしょ? 何より、あたしが悪い子どもだから。だから叱られるんだ。悪いことをしたんだから、当然だね。殺されたって仕方ない」
燃えるような目をして挑むように少女は言う。
心に傷を負っているのは明白だった。
ユリウスの威圧によるトラウマではなく、きっと、捨てられることになった経緯のために。
「子どもたちは己の行いを心から悔いたようです。そろそろ、お許しいただくことはできますでしょうか?」
院長の合図だ。カレンとユリウスは顔を見合わせてうなずいた。
一人、後悔のない腹の据わった子もいるが、その子ひとりのために他の子たちまで巻き込む必要はないだろう。
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
礼を言って、女神官は少女を含めた子どもたち連れていく。
カレンたちは院長と共に執務室に移動し、改めて話しをすることとなった。