社会のひずみ
「孤児院の見学に来たのですが、院長先生はいらっしゃいますか?」
「……孤児の引き取りをご希望されるにはお二人とも若すぎるのではありませんか?」
迷惑そうな顔をした孤児院の職員の言葉に、ユリウスと共に孤児院を訪れたカレンは面食らった。
「へ?」
「まだお若いんですから、まずはもう少し励んでみて、それでも子ができないとなってから養子縁組をお考えになっても遅くはありませんよ。確かに子どもはあふれそうなほど多いですけどね。一旦引き取られたのに、やっぱり子どもができたからと孤児院に戻されるのが、一番子どもにとって辛いことですからね」
厳めしい顔をした女性職員は、子どもを思って言っているらしい。
何を言われているのか理解したカレンは顔を真っ赤にして言った。
「ち、ちが、違いますっ! わたしたちは夫婦じゃありませんっ!!」
「まだ、ね。――約束もなしに訪問したことは謝罪したい。私たちは寄付をするために来たのだが、寄付に関してはどなたをお訪ねすればよいのかな?」
「そのようなありがたいお話でしたら、院長です」
女性職員はユリウスを見上げてその美しい相貌に目を見張りつつも、ユリウスだと気づいていない様子で言った。
「お二方のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「わたしはBランク錬金術師のカレンです」
「私はユリウス・エーレルトだ」
「これは……ご無礼をいたしまして申し訳ございません」
女性職員が両手を交差させて胸に置いて頭を下げる仕草をした。
神官の礼だ。
「構わないよ。もしかして君は最近エーレルトに来たのかい?」
「はい。忙しい孤児院を手伝ってほしいと言われ、応援のためにこの地にやってきた神官です」
「そうだったのか。孤児院が忙しいとは、孤児が増えているということだね?」
「そのようです。エーレルト領は栄えていますので、子どもの数も必然的に多いためでしょう。すぐに院長の部屋にご案内いたします」
女性職員――普段着姿の女性神官は、どこか誤魔化すようにそう言った。
カレンたちは孤児院の中を通ることなく、同じ敷地内にある神殿側から院長の部屋へ案内された。
カレンが知る王都の孤児院は冒険者街の組合が運営していたが、エーレルト領都の孤児院は神殿がエーレルト伯爵家の援助と寄付で運営しているという。
そのため、神殿の敷地内に孤児院が併設されている。
神殿側にあるその部屋は、孤児院長の執務室というよりも、神官長の執務室のようだった。
「こちらでお待ちくださいませ」
女性神官が立ち去ると、カレンは小声で言った。
「やっぱり、捨て子が増えているみたいですね」
「ホルストのことがあったからね。前々からなくはなかったが、魔力の少ない捨て子の数が急激に増えているようだ」
「予想通りですね」
カレンは溜息を吐いた。
これと同じことがアースフィル王国全体で起きていることは想像に難くない。
「エーレルト伯爵家は孤児院への援助を増やすつもりだから、君が寄付をしなくとも――」
ユリウスは言いさしていた言葉を途中で区切って口を噤むと、同じソファの隣に座っていたカレンをがばりと抱きしめた。
「ユリウスさまっ!?」
カレンが慌てたのも一瞬。
次の瞬間、開け放たれた窓の外から投げ込まれたいくつかの石のうちの一つが室内の花瓶を叩き割った。
「逃げろ!」
窓の外の庭から子どもの声がして、駆け出す足音が複数。
続いて廊下の方からも荒い足音が近づいてきた。
「何事ですか!?」
花瓶が割れる音を聞いたのだろう。
執務室に駆け込んできた三十代の神官服姿の男性は、石が投げ込まれた室内を見て、カレンを庇うユリウスを見て、すべてを把握した様子で青ざめた。
「も……申し訳ございません!! お二人とも、お怪我はありませんか!?」
「カレン?」
「わたしはユリウス様が庇ってくれたから大丈夫です。ユリウス様は大丈夫でしたか?」
「私はあれしきのことで怪我は負わない」
ユリウスはカレンに怪我がないのを確認すると、笑っていない目を神官に向けた。
「さて、これは一体どういうことなのか聞かせてもらえるかな?」
「うちの子どもたちの仕業でしょう……教育が行き届いていらず、申し訳ございません。すべてこの孤児院の院長である私の不徳の致すところです。子どもたちの罪ではございませんので、どうか私を罰していただきたい」
そう言って院長を名乗る神官は頭を下げた。
くたびれた雰囲気をした三十代後半に見える男性である。
言い訳をするでもなく、子どもたちに責任を押しつけるでもない。
少し恐い雰囲気を醸し出して怒っているふりをするユリウスから、むしろ子どもたちを庇おうとしている。
カレンはユリウスにうなずき、続く会話を引き取った。
「顔をあげて、どうして子どもたちがこんなことをしたのか、理由を聞かせてもらえますか?」
カレンの問いに、おそるおそるといった様子で顔をあげた院長は口を開いた。
「……大人に絶望しているためでしょう」
「絶望、ですか?」
「恐らくお二方にご迷惑をかけた子どもたちは、つい最近捨てられた子たちです」
「つい最近? でもあの子たち、チラッと見ただけですけど、十歳は越えていたような――」
だから違う子だろうと言いかけて、カレンは気がついた。
「……あんなに大きくなるまで育てた親に、魔力が少ないからって捨てられたってことですか?」
「おっしゃるとおりです」
院長が苦い表情でうなずいた。
カレンは思わず天を仰いだ。