秘密の話 ユリウス視点
「――と、騎士団長様に言われたんですけど、ユリウス様、何か弱みを握られたりしてます? 大丈夫ですか?」
手で口許を隠しつつ、ヒソヒソ声で問われたユリウスは血の気が引いて手を止めた。
食堂で、カレンとユリウスは二人で夕食を取っていた。
ヘルフリートとジーク、アリーセは狩猟祭の準備のために現地入りしている。
ユリウスによるダンジョン攻略から一年経って、かなり魔物も戻ってきているという。
今度の狩猟祭は盛大に開催されることとなるだろう。
トールたち冒険者のパーティーは、エーレルトの町に下りて帰ってこない。
ダンジョンに関する情報収集をしているらしく、冒険者ギルドや酒場、宿屋など、様々な場所で顔を広げているそうだ。
次のエーレルトダンジョンの攻略者はトールたち鮮血の雷のパーティーとなるかもしれない。
そうなれば、エーレルト領におけるカレンの地位はますます高まるだろう――他の者にとっては不都合でも。
だから、騎士団の指導を断られたことはむしろよかったのかもしれない、と。
ユリウスがそんなことを考えていたところにカレンが話を切り出した。
ゴットフリートは決して敵ではない。
だが、ユリウスにとっては不利益な行為を裏で行った。
幸いにもカレンはゴットフリートに持ちかけられた取引に乗ることはなく、あっさりとユリウスに話して聞かせたが――それが、ユリウスには疑問に思えた。
「……良いのかい? カレン。私にその話をしてしまえば、私は秘密の漏洩を防ぐために動いてしまう。私の秘密が気にならないのかい? その秘密を知れば、君が私との婚約を考え直すことになるかもしれない秘密だというのに」
新年祭で婚約を発表する前に知りたければ、黙っている方が賢明だろうに。
ユリウスの問いに、カレンは口の中の芋のサラダを呑み込んでから言った。
「知りたい気持ちはもちろんあります。ユリウス様の秘密という言葉の響きだけでご飯が進みますからね! でも、そう言うってことはユリウス様はわたしにその秘密を知られたくないんですよね?」
秘密なのだから、当然だ。
ユリウスがうなずくと、カレンはきりっとした面持ちで言う。
「ユリウス様が知られたくないと思っている秘密を勝手にバラそうとしている人がいるんだから、ユリウス様に伝えるのは当然です。それにユリウス様が知られたくないと思っているのなら、知らないままでいいですよ。気にはなるけど」
それは建前なのか、はたまた本心か。
カレンはあっさりと話題を変えた。
「それにしても、前伯爵派の人を助けてほしいって、なんでわたしに頼むんでしょうね?」
ユリウスは戸惑いつつもその話題転換に乗ることにした。
この話題を避けたいのは、何よりもユリウスだ。
「それは、ヘルフリート兄上が彼らを切り捨てるつもりでいるからだろう。この屋敷と同じように、父の影響力を完全に取り除きたいと考えている。アリーセ義姉上もそれに賛同しているから頼れない。さすがにジークは幼すぎて頼らないだろう。それに、私にも頼めないだろうからね」
「ユリウス様を将とした時の馬がわたし、ってことですか」
カレンは納得顔をする。
一番与しやすし、と思われただけだろうが、カレンは「わたしを射ればユリウス様がついてくると思われた、と」と満足げだった。
カレンが変えてくれた話題に、そのまま乗って話を流してしまえばよかったのに、ユリウスはつい話を戻した。
「……婚約しようとしている男の正体を知らずともよいのかい? カレン」
「逆に聞きますけど」
カレンは話を戻したユリウスを見上げて首を傾げた。
「その秘密とやらをわたしが知ったとして、それが理由でユリウス様との婚約を考え直すことになるって、本当にそう思うんですか?」
カレンの問いはあまりにも堂々と自信にあふれていた。
「わたしはそうなる自分が全然想像できないんですけど」と続けるカレンに、ユリウスは呆気にとられた顔をした。
やがてユリウスはくすりと笑った。
「確かに、カレンは私の何を知ったところで気にもしないのかもしれないね」
しかし、そうではないかもしれない。
それなのにユリウスは手を挙げて、使用人たちに退室を指示していた。
サラを含めた使用人たちが出ていくのを見送ると、ユリウスはカレンに向き直る。
カレンの澄んだ空色の瞳に見つめられて、ユリウスは観念するように苦笑した。
「ただ、父が高魔力の子を欲しがった結果生まれたのが私というだけの話だ。先に生まれたヘルフリート兄上は幸いにも、血筋の祝福に苦しむほどの高魔力ではなかった。だが、父は子が苦しむことになろうとも構わないと、強い子を欲しがったのだ。結果、市井の高魔力の女に無理を強いて生ませたのが私なのだよ」
ユリウスは淡々と語りはじめた。
感情が混じらないよう細心の注意を払いつつ、ユリウスはカレンに知られたくないと思っていた秘密を教えた。
……知られたくないというのに、語らずにはいられなかった。
自分の存在が罪の証であること。
どれほどカレンに知られたくなくとも、カレンに黙っていることの方がカレンに対する醜悪な罪に思えた。
「ヘルフリート兄上はこのことを知らない。当然、アリーセ義姉上やジークもだ。だが騎士団長はこのことを知っているのだ。この私の出生を知る者は、誰もが穢らわしいと考える。君もそうなのではないかな?」
「――正直に言いますと、食欲が失せました」
カレンは食器を置いて言う。ユリウスは苦い笑みを深めた。
「食事時に話すことではなかったね。すまない」
「ユリウス様が謝る必要はないです。話を切り出したのはわたしですから」
カレンは溜息を吐く。ユリウスはカレンの反応を注視した。
「しかし、ユリウス様のお父様なのに申し訳ないけど、最低ですね!?」
「私の父だからと遠慮をする必要はない。私も吐き気を催すような邪悪な行為だと考えている」
重い沈黙が横たわり、ユリウスは語ったことを早くも後悔しはじめていた。
婚約を考え直したい、とカレンが言い出した時のことを、ユリウスは今更考えはじめる。
だが、もしもの思考はそれ以上、先に進まなかった。
カレンのために別れる、という選択肢がユリウスの中になかった。
だが、だとしたらどうするのか?
――自分は、あらゆる面において父親に似ている。
これ以上は考えたくない、とユリウスが思考を切った時、暗い表情をしたカレンが口を開いた。
「聞いていいのかわかりませんが……ユリウス様のお母様は?」
「私を置いて逃げたよ。監視の目が緩んだ隙を見てね」
「ひどい、けど……」
「その状況では自分の身を守るだけで精一杯だったのだろう。逃げ果せてくれてよかったと思っている」
今では、という言葉をユリウスは口の中で付け加えた。
音にもならず、カレンはユリウスの口の動きを見ていなかった。
カレンは腕を組み、しかめっ面で唇を引き結ぶ。
何事かを真剣に考える顔つきに、ユリウスはごくりと息を呑む。
次にその唇がどんな言葉を紡ぐのか、ユリウスは固唾を飲んで待ち受けた。
「これも、聞いていいのかわかりませんが」
「何を聞いても構わないよ、カレン、君ならね」
「――もしかしてここから、わたしがユリウス様との婚約を考え直すかもしれない秘密の話につながるんですか?」
カレンの素っ頓狂な問いに、ユリウスは目を丸くした。