騎士団訪問3
「もちろん、わたしはユリウス様と結婚するつもりです。ところで、いずれユリウス様の妻になる者としてうかがいたいことがあるのですが」
「何だ?」
「どうしてユリウス様からの指導を断ったのですか? 今、エーレルトで一番強いのはユリウス様なのに」
眉をひそめるゴットフリートにカレンはにっこりと笑った。
貴族の騎士団は領地のために魔物と戦う組織だが、上級冒険者より圧倒的に弱いというのが通説だ。
ユリウスの前後に騎士団がエーレルトの領都ダンジョンを攻略したという話も聞かない。
弱いくせに、何をえり好みしているのか? というカレンの皮肉はきっと伝わっただろう。
「ユリウス様の剣は騎士が学ぶべき剣ではない、とおっしゃっていましたよね? 確かにユリウス様が得意な剣術は独特ですけど、騎士が戦う相手は基本的に魔物です。魔物は騎士道に基づいた剣術なんて使わないんですから、学べることは学ぶべきではありませんか?」
せっかくユリウスは好意で指導を申し出ただろうに、それを無碍にするなんてと、カレンは言外に怒りをにじませる。
ゴットフリートは目を軽く瞠った。
「――なるほど。君はユリウス様のあの剣術を知っているのか」
「もちろんですよ。型破りですけど、冒険者にはまれによくある戦い方です」
「確か、弟君が冒険者であったな」
「Bランク冒険者ですっ!」
カレンが我が事のように胸を張ると、ゴットフリートは苦笑を浮かべた。
「平民あがりの上級冒険者の家族ならば、あの異様さはわからぬか」
「……なんですか、それ」
「いや、君を批判したつもりはない。君の弟君もな」
その切れ味の鋭い言葉の矛先がカレンでもトールでもないのなら、その矛先の行きつくところはユリウスしかないだろう。
カレンがついに笑顔もなくすと、ゴットフリートは咳払いした。
「何か誤解があるようだから説明しておこう。ユリウス様のあの剣術は、ユリウス様の恵まれた身体能力や天性のセンス、膨大な魔力があって成立しているものだ」
「……はい?」
急にユリウスを褒め出すゴットフリートにカレンがきょとんとすると、ゴットフリートは噛んで含めるように説明した。
「たとえばだ。うちにはエーレルト領の貴族の家からやってきた騎士見習いたちがいる。彼らがユリウス様に憧れてあの剣術を真似ようとすれば、たちまち体を壊すだろう。まず、体が追いつかない。魔力も追いつくはずがない」
カレンはユリウスとトールの戦いを思いだした。
その戦いぶりは、まるで曲芸のようにも見えた。
人間の可動域を越えた動きをする両者。
真似できるかと言われれば、間違いなく否である。
「ユリウス様のあの剣術は、ユリウス様が生まれ持った類い稀な才能を最大限使いきることを前提に成立している。到底会得できるものではない。だが、若い見習いたちに真似をするなと命じたところで、ダンジョン攻略者への憧れを止めることはできまい。無謀な若者たちはユリウス様のようになろうとし、再起不能に陥るだろう。私は騎士団長として、それを看過するわけにはいかん」
「なる、ほど……?」
「騎士団の剣に相応しいのは、幼子でも真似ることができる基本の型を習熟することによって強くなる、王国剣術なのだ。これならば、まだ体のできていない若い見習いが真似て体を酷使しても、再起不能になる可能性は低い」
「確かに……!」
「よって、ユリウス様の剣は騎士の剣として相応しくないと申し上げたし、訓練を見ていただくのもお断りさせていただいたのだ。理解してもらえただろうか?」
「はい……っ! それはもう……!」
カレンはいたたまれない気持ちになった。
ユリウスが酷いことを言われた気がしていたが、こう説明されてみると納得である。
「ユリウス様は天才だから誰にも真似できないのに、ユリウス様の剣を見たら真似したくなってしまうことでしょう。だから見せられない、と。そういうわけだったんですね……!」
「理解してもらえたようで何よりだ」
「それなのにわたし、ユリウス様がひどい扱いを受けているのかと勘違いしてしまって……あの、喧嘩腰になってしまい、申し訳ありません……!」
「それだけユリウス様を想っているということだろう。構わない。私の従甥は愛情深い妻を持つことになるようだな」
「えへ、えへへへ……!」
誤解した申し訳なさと照れで言葉もなく笑うことしかできないカレンに、ゴットフリートは言った。
「……それに、君に批難されるいわれがないわけでもない」
「騎士団長様?」
「いやなに、あの剣術はやはり見た目がいいとは言えないだろう。それゆえに騎士団に導入できないという気持ちも無論ある。騎士ですら嫌悪する者もいる。恐がられることも多い。特に婦女子にはな」
「……確かに、わたしが冒険者に慣れて麻痺しているだけかもしれませんね」
カレンは何とも思わなかった。
だが、ユリウスはカレンに恐がられると思っていた。
実際に恐れる人は多いのだろう。
「ところでカレン殿、君に一つ頼みがある」
依頼だろうか? とカレンはゴットフリートの言葉を背筋を正して待った。
「新年祭までの間に、ホルスト・ブラームのせいでエーレルトで冷遇されるようになってしまった前伯爵派――ヴィンフリート派の者たちを救ってやってはくれないか? 私は前伯爵派ではないが、親戚が多くてな」
「……ええっと、それは錬金術師のわたしに依頼することではないような?」
首を傾げるカレンに、ゴットフリートはうなずいた。
「錬金術師の君ではなく、やがてユリウス様の妻となるカレン殿への、私の個人的な頼みだ」
カレンはホルストに魔力の少ない人を差別から守ることは約束したが、彼の家族や親戚、その仲間たちを守るとは約束していない。
そもそも、カレンやユリウスはホルストに殺されそうになったのだ。
それなのになぜ、彼側の人間を助けるためにカレンがユリウスの妻になるからと、そんな頼みを聞かなければならないのか。
カレンの内心を完全にあらわした表情を見て、ゴットフリートは苦笑しつつ言った。
「もしも君が私の頼みを聞いてくれるならば、ユリウス様が決して君に話さないだろうユリウス様の秘密を君に教えよう。知れば、ユリウス様との婚約を考え直すきっかけになるかもしれない、重要な秘密だ」
ユリウスの秘密。
言葉の響きにカレンはごくりと生唾を飲んだ。