騎士団訪問2
「ようこそ騎士団宿舎にいらした、カレン殿。私はゴットフリート・フォランド。エーレルト騎士団の騎士団長を務めている」
家名はエーレルトではないようだが、明らかにエーレルトの血を濃く受け継いでいる。
ヴィンフリートとこれだけ似ているのだから、父方の親戚なのだろう。
ゴットフリートは、ゆらりとカレンの前までやってくると体を丸めた。
どうやら、頭を下げているらしかった。
「ジーク様を助けてくれたこと、心からお礼申し上げる。私にとっては従甥孫にあたる子でな」
「……もったいないお言葉、ありがたく」
ガツンと一言言ってやろう、とやってきたカレンだったが、何となく気勢を削がれてしまった。
エーレルト領にはジークを邪魔に思う勢力がいる。
従甥孫というと、従兄弟の孫。つまりヴィンフリートとは従兄弟だったのだ。
それだけの近い親戚筋ならなおさら、ジークがいなければ権力を得られる可能性も高いだろう。
だがゴットフリートはほとんど表情が変わらない中でも、心からカレンに感謝しているように見えた。
固い口調のせいで誤解してしまっただけで、もしかすると思ったより悪い人ではないのかもしれない。
「先触れの者から聞いたが、高名なるBランクの錬金術師殿であるあなたがポーションを騎士団に差し入れてくれたとのこと。お代はいかほどか?」
「お代なんていりません。差し入れですから。何しろわたし、ユリウス様と婚約しますので。ユリウス様も所属している騎士団のみなさんに差し入れをして、対価をいただくことなんてできません」
言いながら、カレンは最後のポーションをゴットフリートに差し出した。
それを見て、ゴットフリートは厳めしい顔をますます険しくした。
「こちら、大回復ポーションです。どうぞお納めください」
「……これほど価値のあるポーションも、差し入れだと? これを対価に、何か我々騎士団に要求したいことでもあるのかね?」
ゴットフリートは油断のならない目つきでカレンを見上げた。
「騎士団での活動中、ユリウス様が大怪我をすることもあるかもしれません。なので騎士団のみなさんには常に大回復ポーションを所持しておいてほしいんです」
賄賂でも依怙贔屓でも何でもない、カレンからの割と本気のお願いである。
ポーションが枯渇していたから治せなかったなんて事態を、カレンは決して許さない。
ゴットフリートは一転、呆れた顔になった。
「他の者が死に瀕する怪我を負えば、私はその者に使用するぞ?」
「使ったらまた補充するので言ってください! ユリウス様が大怪我をした時に備えて差し入れしますっ」
「補充、か。Bランク錬金術師殿の実力は本物だというわけだ」
錬金術師がCランクからBランクに昇級するには本来大回復ポーションを作れるようにならなければならない。
だが、これまでのカレンは中回復ポーションまでしか作れなかった。
万能薬を作ることで、変則的に昇級条件を満たした形である。
だがオリハルコンの錬金釜と世界樹の柄杓で作ったら、あっさりと大回復ポーションを作れてしまった。
一応、魔力は全力でこめたつもりだ。
それでも、オリハルコンの錬金釜ではじめてポーションを作るというので、お試し感覚は拭えなかったのにである。
家が金持ちの錬金術師の中にはかなりの数、設備の性能だけでランクを上げている錬金術師がいると思われる。
カレンは格差社会をひしひしと感じた。
それでも、Eランクへの昇級試験だけは錬金術ギルドの監督のもとに平等に執り行われているから、最低限のポーション作成能力は備えているはずである。
――錬金術師の実力云々についてはおいといて、だ。
ポーションを検分していたゴットフリートは、やがて振り切るように言った。
「大回復ポーションはありがたく受け取るが、さすがにこれを対価もなしに受け取るわけにはいかん。だが、今は支払える金がない。預かっておき、ユリウス様ではない者に使用した場合はその際に対価を支払おう」
「まあ、別にそれでもいいですよ」
カレンがあげると言っているのだから受け取っておけばいいのに、ゴットフリートは律儀に言う。
無制限にくれくれ言われる可能性も考えていた。
なのに、意外な反応である。
カレンがゴットフリートを見る目を変えかけたところに、ゴットフリートは言った。
「――本当にユリウス様と結婚するつもりなのか?」
まるでカレンがユリウスと結婚するのが信じられないと言わんばかりの口ぶりだった。
何かを含んだ口調と表情と、意味ありげな目つき。
「エーレルトの新年祭で発表してしまえば、取り消しは不可能だ。いくらエーレルトの恩人といえどもエーレルトの誇りを穢すことは許されん。考え直すなら今のうちだぞ、錬金術師カレン」
カレンは、自分がユリウスに相応しくないと言われるのであれば何とも思わなかっただろう。
いずれ認めてもらうために、むしろ奮起したかもしれない。
だが、ゴットフリートは明らかにユリウスとの結婚をカレンにとって悪いものとして扱った。
やはりこの男は、ユリウスに対して何か思うところがあるのだ。
ユリウスが自分に似ていると言って恐れる、父親とよく似たこの男――ゴットフリートには、何かが。
一気に警戒心を膨らませたカレンは笑顔を深めた。