ティータイム
「カレン様、『錬金術師のカレー揚げパン』を買ってきましたよ」
「ありがとー、ハラルド。じゃあ休憩にして、一緒に食べようか」
カレンはいそいそと錬金工房を出て台所に向かった。
ハラルドは買い物袋からカレー揚げパンたち購入品を取り出しつつ言った。
「パン屋の方々はどうもカレン揚げパン、と言っていた気がします」
「ぷぷぷ。怒ってる怒ってる」
カレンの周辺がきな臭いのもあって、直接抗議できないので意趣返しだろう。
どうやら食べさせられたカレーが万能薬だったことに気づいたらしい。
カレンがくすくす笑いながらお皿を出していると、二階からバタバタと降りてくる足音がした。
お皿を置いて居間の前の階段に向かうと、ユルヤナが目を輝かせている。
「カレンさん! いつの間に万能薬を作ったのですか!?」
「わたしが作ったカレーじゃないですよ~」
「じゃあ、これは何ですか?」
香りでカレーに気づいて降りてきたらしい。
ユルヤナがきょとんとしている。
ユルヤナの後ろからはアヒムも降りてくる。最近、アヒムは錬金工房に入り浸りで、ユルヤナの側にべったりである。
あれが錬金術師の弟子として取るべき態度だったらどうしようと、カレンは恐々としているところだ。
やりたいことが多すぎるのである。
それにしても、カレーの香りを嗅いでもカレンの作ったものではないと、エルフでSランクの錬金術師であるユルヤナにすらわからないらしい。
きょとんとしたユルヤナに、カレンは説明した。
「わたしがBランク錬金術師になったことを公表する際、一緒にポーションのレシピを公表するって言ってたじゃないですか?」
「はい、言っていましたね」
カレンはフィーネのパン屋から帰宅後、すぐに錬金術ギルドに向かってナタリアに公表の手続きをお願いした。
カレンはBランクの錬金術師となったことを公表し、ついでにポーションのレシピ集の販売もはじめたのだ。
「そのレシピを見て作ってくれた、パン屋さんのカレー揚げパンです!」
本当はカレンが教えたのだが、それは黙っておく。
『錬金術師のカレー揚げパン』はカレンがBランクへの昇級と万能薬を作れるようになったことを公表してから約一週間ほどの時間を置いて、パン屋に並ぶようになった新メニューだ。
ユルヤナは、カレンの説明の意味がわからないとばかりに首を傾げた。
「……どうしてパン屋がカレンさんのレシピを見られるんですか? 普通、錬金術師にしか公表しませんよね? しかも、ランクによって区切りますよね? 万能薬のレシピなら、Sランク以上の錬金術師にのみ閲覧できるように制限をして公表するようにするべきではありませんか??」
ユルヤナが言うように、通常はポーションの等級によって公表する対象を錬金術師ランクで区切る。
等級が上がるほど、そのレシピの値段も高くなるし閲覧制限もあるのだ。
だが、カレンは一切制限しなかった。錬金術師以外にも無差別に公表した。
レシピ集としては少々お高いかもしれないが平民でも買える、破格の値段である。
その名も『料理ポーションレシピ集その壱』。
ポーションにならなくても美味しく食べられる、料理のレシピ集である。
つまり、パン屋でも買える。
「公表範囲を制限したら、わたしが自分以外の人が作ってくれたカレーを食べられないじゃないですか? それに、錬金術師は美味しさを追求してくれないでしょ? でも、一般の人なら美味しさを追求してくれるはずです!」
「そ……そんな理由で公表したんですか? 万能薬のレシピを??」
ユルヤナは愕然としているが、カレンの言葉を疑う様子はない。
カレンの本気が伝わったのだろう。
自分以外の作ったカレーが食べたい。これは、カレンのまったき本心である。
誰でも買えるようにしておけばパン屋でカレー揚げパンが売られていてもカレンとの親しさを勘ぐられることもないだろう――そんな本音もあるものの、こちらはそっと押し隠しておく。
「まあ、万能薬のレシピについては素材がひとつ暗号で書いてありましたし、完全に公表しているわけではないのですよね……それでも非常識ですけどね?」
「カレン、ユルヤナ様に呆れた顔をさせるなんてすごいことだぞ」
アヒムがお皿に載せたパンを六個、ウェイターのごとく器用に手に腕に乗せて運びながら言う。
確かに、ユルヤナはいつもこんな表情をされている方である。
「暗号の素材がなくても美味しく作れますよっ! 大丈夫!」
「一体何が大丈夫なんですか? どうしてこれほど貴重な情報を簡単に漏らしてしまいますかねえ」
ユルヤナがぶつぶつ言っていると、「ねーちゃん! このパンの匂いって、平民学校の近くのパン屋のだろ?」と言いながらトールが庭から戻ってきた。
カレーが万能薬かどうかはわからなくても、パンの香りでパン屋を当てられる。
それがBランクの冒険者クオリティである。
その後ろから、汗だくのティムが這うように入ってくる。
カレンにサポーターがついたのもあり、トールは再びパーティーの人々と共に出立するらしい。
それまでは目一杯教えを乞いたいと言うので、ティムは現在休職中である。
「ティム! 汗を風呂場で流してから中に入れよ!」
「くたくたで、もう、歩け、ない……ガクリ」
「ったく……」
ハラルドはティーセットを居間に置くと戻ってきて、庭につながる勝手口で行き倒れているティムを嫌そうな顔をしながら抱き上げた。
最初に出会った頃は同じぐらいの背丈だったのに、あっという間に大きくなってしまったハラルドに抱き上げられて、ティムはヘラヘラ笑っている。
「へへ……楽ちんだぜ……」
「落とすぞ」
色んなことが変わってしまったものの、ハラルドとティムは前と同じようでいて、新しい関係性を築きつつあるようだった。
カレンが二人を微笑ましく見ていると玄関のベルが鳴った。
ハラルドがティムを落とそうとするのを制してカレンが玄関に出ると、そこにはユリウスがいた。
「ユリウス様! いらっしゃいませ! 何かあったんですか?」
「君の顔が見たくてきたのだけれど、邪魔ではないかな?」
「ユリウス様ならいつ来ても邪魔じゃありませんよ!」
「あーでも、ユリウス様の分のカレー揚げパンはありませんけど~? あっ、ガキから奪います? 雑役人のティムの分とか?」
態度の悪いアヒムが言うと、風呂場から「ヤダ!! おれも食べる!!」「うるさいっ!!」とティムとハラルドが叫ぶ声が聞こえた。
ティムのさすがの魔力量で、ここでの会話が聞こえているらしい。
「ティムの分を取ったりしないから大丈夫だよ~。ユリウス様はわたしと半分こしましょうね」
「いいのかい? カレン」
「もちろん、ユリウス様とわたしの仲ですからっ」
「婚約したもんなー」
ティムと違い汗一つ掻いていないトールが飲み物を手に台所から出てきて言うと、居間に戻ろうとしていたアヒムが階段に足の小指をぶつけてうずくまった。
トールはそんなアヒムを軽々と拾って居間に放り込むと自分もあとに続いて入っていった。
ハラルドとホカホカのティムが戻ってきたら、ティータイムだ。
カレンはユリウスとソファに並んで座ると、買ってきたばかりの熱々のカレー揚げパンをユリウスの口許に持っていく。
「はい、あーん」
カレンに言われ、ユリウスが照れながらも口を開けてぱくりと一口。
「ふむ……美味しいね、カレン」
「でしょ~!!」
「君に食べさせてもらったら何でも美味しく感じられてしまうだろうけれどね」
「キャ~!」
一足先に結婚後の夢を一つ叶えて、カレンは黄色い悲鳴をあげてご満悦。
目を輝かせてカレー揚げパンを食べるティムとハラルド、死んだ顔をしているアヒム、「味はほぼ万能薬と同じなんですよねえ」と不思議そうな顔で食べつつも研究に余念がないユルヤナと、ほぼ一口でカレー揚げパンを平らげて指を舐めているトール。
アヒムについてはカレーが辛すぎたのかな? などと誤解しつつ、美味しく食べるみんなを眺めてカレンはにんまりした。
「私もカレンに食べさせてあげたいのだけれど、いいかな?」
「お願いしますっ」
ユリウスにカレー揚げパンを渡すと、カレンの口許に運んでくれる。
カレンは笑顔でパクッとカレー揚げパンにかぶりついた。
これにて『第六章 貴族と平民』完結です!!
応援してくださった皆様、ありがとうございました!
書籍化作業などの兼ね合いもあり、今後の更新については週2更新とさせていただきます。
次の投稿は6/10です。
『錬金術師カレンはもう妥協しません』のSQEXノベル様からの出版は、今年夏~秋頃になるかと思います。
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