祝いのパーティー4
子どもたちの体力に配慮して、これにてお祝いのパーティー一次会はお開きとなった。
演奏を終えて疲れがどっときたらしい子どもたちの中にはうつらうつらしはじめた子もいる。
お付きの侍女や子守の使用人たちが抱き上げたり手をつないだりして子どもたちを応接室から連れ出していく。
エーレルト伯爵家がお昼寝部屋を用意しているらしく、カレンはほっこりした。
あとに残ったのは、カレンとハラルド、そして子どもたちの親である貴族たちである。
近づいてきた貴族の姿に、カレンが立ち上がるとハラルドも急いで立ち上がった。
貴族の男性はうやうやしくカレンにお辞儀した。
「カレン様、先程いただいた子どもたちへのお言葉に心から感謝いたします」
「余計なことを言うなと怒られるかと思っていました」
誇り高き貴族になるよう教育している子どもに余計なことを吹き込むなと言われてもおかしくはなかった。
だが、はじめに近づいてきた父親だけでなく、他の人々も首を横に振っている。
「うちの子は、遅れを取り戻そうとあまりに必死に学ぼうとしています。再び体調を崩してしまうのではないかと、不安でたまらなかったのです」
「我が家もそうでしたわ。最初はやりたいようにさせていましたけれど、無理をしているように見えて。私の言葉では止まるどころか追い詰めてしまって……」
「どこもそうなんですねえ、ジーク様?」
「なんで僕を見るのかな?」
子どものくくりではあるものの、一番年上で今回のパーティーの主催者でもあるジークはこの場に居残りである。
むすっとして見せるジークだったが、場を和ませるためのユーモアがある。
ジークが見せる余裕に大人たちはくすくす笑いながらも安堵の息を零していた。
いずれ、我が子もこれほどまでに回復してくれるはずだと、百の言葉で言われるよりも信じられるだろう。
「皆様、子どもたちはカレン姉様ヘの恩を痛いほど感じているはずですから、カレン姉様の言いつけを守るように、と言えば無理はやめるはずですよ」
「ジーク様の実体験かな? 頼もしいお言葉ですねえ」
「そうだよ、カレン姉様」
カレンが笑っていると、ジークは大真面目に答えた。
「これは僕たちの、切実なぐらいの感謝の証なんだよ、カレン姉様。色んなお祝いを丸ごとひっくるめたお祝いでもある。だから遠慮なんてしないで、受け取ってね」
ジークがそう言って合図をすると、ゾフィーとサラがワゴンを押してくる。
ワゴンには布が被せられていて、何を運んでいるのかわからない。
だが、カレン以外の人はみんなその中身がわかっているようで、カレンの視線に気づくとニコリと笑った。
「開けてくれ」
ジークが布をめくらせる。
その下から出てきたものに、カレンはあんぐりと口を開いた。
透きとおる黄金色をした、錬金釜。
「オリハルコンの、錬金釜……!?」
「ユリウス叔父様が同じものを贈ろうとしていたと聞いた時にはどうしようかと思ったよ」
ジークがふうと息を吐く。
「恐ろしく高価なはずですよ……!?」
「カレン姉様のことだから、そう言うと思ったよ。あんまり高価なものを無理をして贈っても、姉様は喜ばないとわかっていた。だから、ここにいる全員でお金を出し合ったんだ。だから一家が出した額はそれほど高額でもない」
カレンは戸惑い顔で部屋中を見渡した。
子どもたちを使用人に任せてこの場に残った、貴族の親たち。
彼らはカレンに笑顔でうなずいた。
「最初は恩人への贈り物を個別で用意せず、費用を分けて負担するなど失礼ではないかと思ったが、恩人がもっとも必要とするものを、恩人にとって負担のない形で贈るのが何よりもの恩返しではないかとジーク殿に持ちかけられたのだ」
「カレン様のご様子を拝見するに、ジーク様のお考えは当たっていたようですね」
「さすがはエーレルト伯爵家の次期後継者ですね、伯爵」
貴族のうちの一人が、先程まで自分たちが隠れていた衝立を振り返る。
それを見て、ジークが素の声をあげた。
「えっ? まさか、父様もそこにいるの?」
「私もいますよ、ジーク」
「母様まで! ……あれ? 父様は?」
衝立の裏から出てきたアリーセは、笑い含みの呆れた顔を衝立に向けた。
「とても表には出て来られない状態なのよ」
「ご心配なく。私も先程までは同じ状態でした」
「わたくしもですよ」
平静を装ってはいるものの、目元を赤く腫らした貴族たちの微笑ましげな眼差しが衝立に注がれる。
それを見て、ジークは顔を赤らめた。
自分のために父が涙していると理解したのだろう。
「そ、そう……僕はもう他の子たちと違って大きいし、とっくに元気になっているのに……父様ったら大げさですよ……」
モゴモゴと言いながら、ジークがうるっと目を潤ませる。
そんなジークにアリーセが近づき、抱きしめて人目から隠しながらカレンを見た。
「カレンさん、私たちからの感謝と祝いの贈り物を、どうか受け取ってくださらないかしら?」
この場にいる全員で分けたとて、恐ろしく高価な代物だったはずである。
二組の指輪ですら、カレンは有り金を叩いたのだ。
もちろん、今後仕事に必要になりそうな費用は手元に残しはしたけれど。
だが、ユリウスが個人的に買い与えようとするよりはずっと受け取りやすい。
カレンはふらりと黄金の錬金釜に近づいて、触れた。
時には剣にもなる素材なのに、触れても冷たくはなかった。
妙に温かみのある質感だった。
カレンはジークやアリーセ、貴族たちに向き直った。
「――皆様、わたしはいずれSランクの錬金術師になります。そして賢者の石を作るつもりです。賢者の石は黄金を作りだし、不老長寿を人にもたらし、あらゆる病を治す完全な万能薬でもあると言います。今後も悩める子どもが産まれてきた時、わたしが作ったポーションは、賢者の石は、その子たちを助けるでしょう。その道のりを、皆様が贈ってくださった錬金釜がきっと助けてくださる」
カレンはできるかぎり優雅に、貴族の女性らしい礼を取った。
それが平民の錬金術師のカレンの感性に配慮してくれた彼らに対する、カレンの礼儀の尽くし方だった。
「素晴らしい贈り物を、ありがとうございます」
贈り物がオリハルコン製であること以上に、カレンが今後成し遂げる功績によって、今日の贈り物が素晴らしいものとなるように。
「おめでとうございます、カレン様!」
ハラルドが言い、拍手しはじめる。
先程まで貴族の中で物怖じしていたのに、カレンの語る未来に緑色の目を潤ませ、この場がどこで自分が平民で、貴族に囲まれていることも忘れたかのように力一杯拍手していた。
そんなハラルドを邪険にする人はこの場におらず、誰もが笑顔でハラルドに追従した。
礼を取るカレンの上に、温かな拍手が降りそそいだ。