祝いのパーティー3
「二曲目は女神に捧ぐ讃歌です」
ジークの合図で、子どもたちは演奏しながら今度は歌も歌い出した。
こちらの曲には慣れているのだろう。演奏も上手いし歌も上手い。
神殿でも歌われている宗教歌で、貴族も親しんでいるのは知っていたが、もしかしたらこうして演奏しながら歌うことは貴族の教養なのかもしれない。
子どもたちの澄んだソプラノの声が明るい光の粒のように部屋に広がっていく。
女神の祝福に感謝し讃える歌。
血筋に祝福されて苦しんできた子どもたちにとっては複雑な歌だろう。
それでも、誰もが女神を讃えるのが普通のこの世界では、この歌を違和感なく歌えるようにならないといけないのだ。
この頃になるともう、衝立の裏や控えの間のあたりからも、抑えきれない嗚咽が漏れ出していて、子どもたちも歌いながら気づいてちょっと笑っていた。
見守ってくれる保護者たちの存在感に勇気づけられた子どもたちが力強く竪琴を弾き、伸びやかに歌いあげる。
歌い終わった途端、カレンとハラルドのみならず、あちこちから拍手が飛んできて、子どもたちは上気した頬で得意げな顔をしていた。
はじめて見た時にはどの子もベッドに力なく横たわっていた。
そんな子どもたちの姿に、親たちほどではなくともカレンも目が潤んだ。
歌い終えると竪琴を手にジークが席を立った。
「カレン姉様……それと、ハラルド先生」
ジークは子どもたちの視線を受け、おまけのようにハラルドの名前を付け加えた。
「今日は僕たちの開くパーティーに来てくれて、ありがとう。このパーティーは母様たちの手を借りずに、僕たちが計画して立てたものなんだ。僕たちが全員でカレン姉様……や、ハラルド先生にもね、贈れるものはないかって考えて、演奏と歌を贈ることにしたんだ」
ジークはそう言って竪琴を掲げた。
「この楽器、平民だと知らないらしいね。これはイーリスって言うんだよ。イーリスの演奏は貴族の教養で、だけど僕たちは座って姿勢を保つことすらできなくて、長らく習うことができないものだったんだ」
ジークの言葉に子どもたちはこくこくとうなずいた。
「だけど、ぼくはカレン姉様のおかげで――彼らはカレン姉様とハラルド先生のおかげで、こうして貴族として身につけるべきことを習えるようになった。勉強だってできるようになった。騎士見習いを夢見る子やダンスが習いたい子たちは、あともう少し体がよくなったらって我慢させられているみたいだけれどね?」
くすくすと子どもたちが顔を見合わせて笑う。
まだできなくても、いずれできるようになると知っているから笑えるのだ。
「カレン姉様、Dランクの昇級に、Cランクの昇級もおめでとう。ハラルド先生も、Eランクへの昇級おめでとう」
ジークがあまりハラルドに思い入れがないことを子どもたちもわかっているのか、そこで「おめでとう!」と子どもたちの合いの手が入る。
ハラルドは嬉しそうにはにかんでいた。
「無事にダンジョンから帰ってきてくれて、ありがとう。階梯昇段も、二人ともおめでとう。カレン姉様とハラルド先生を見出してくれた女神に感謝を。そして、僕たちを助けてくれたカレン姉様と、ハラルド先生に感謝を。あなたたちのおかげで、僕たちは惨めで可哀想な運の悪い子なんかじゃなく、誇り高き護国の戦士になることができる。僕たちが心を込めて紡いだ音楽を、喜んでくれたら嬉しいよ」
そう言って、ジークがうやうやしくお辞儀する。
カレンは手を叩いてうなずいた。
「感動しましたよ。とっても素敵な贈り物です」
「ぼ、僕も、感動しました!」
カレンの言葉にジークがほっとし、ハラルドの言葉に子どもたちがほっとしていた。
「それじゃあ、演奏と歌はこれで終わりだから――」
「次に行く前に、わたしから一ついいですか?」
「カレン姉様?」
カレンが手を挙げると、ジークは目を丸くしつつもうなずいて、自分は椅子に座ってくれた。
カレンは椅子から立ち上がると、ジークと子どもたちに微笑んだ。
「皆様、今日は素敵なお祝いの場をありがとうございます。依頼人が元気になってくれるだけでも嬉しいのに、こうして元気になったからできるようになったこと、やりたかったことをしている立派な姿を見せてくれることは、思いがけない報酬です。素晴らしいお祝いをいただきありがとうございます……ただもう一つ、お願いしたいことがあるんです」
「もう一つ?」
「わたしたちの演奏と歌じゃ、お祝いにたりなかった?」
「いえいえ、そういうわけじゃありません。実はわたし、あれからBランク錬金術師に昇級したんですよ」
「えーっ!! もうっ!?」
驚いていないのはエーレルトから情報が入るジークくらい。
秘匿されている情報を知る術のない子どもたちは目をまん丸にして可愛らしく驚いてくれ、カレンは思わず笑ってしまった。
「そう、なので、もう一つお祝いが欲しいんです。お祝いに、わたしのお願いごとを聞いてくれたらなって思ったんです」
「……カレン姉様のお願い?」
ジークはカレンが無茶なお願いをするとは思っていないのだろう。
純粋に不思議そうに目を丸くしている。
子どもたちは何を要求されるのだろうと不安顔で、言い方が悪かったかな、とカレンは頬を掻いた。
「護国のために――それは立派な目標です。誰かが護国のために戦わなければ誰もが生きられないこの世界で、力を持って生まれた皆様が戦おうとしてくれることはありがたく、嬉しいことです」
ジークも、子どもたちも、カレンが何を言い出したのかときょとん顔である。
きっとカレンが言おうとしていることは、一般的な言葉ではない。
「ただ、皆様自身の幸せのためにも戦ってほしいな、とお願いさせてください」
「僕たち自身の……幸せ?」
「血筋の祝福が癒えたから、もう幸せなんじゃないの? それとは違うの?」
「ぼく、いっぱい迷惑かけたのに……」
「国のためにつかうべき力を、自分の幸せのために?」
子どもたちは困惑顔を見合わせる。
この国の貴族の落差にカレンは苦笑してしまう。
ここにいる彼らのような貴族のおかげでアースフィル王国があるのだろう。
特権に相応しい義務を負う彼らを眩しく尊く思うのと同時に、天地がひっくり返らないと義務を負いたくても負えず、尊重もされない定めを背負った人々のことを思う。
「自分が幸せでないと、人の幸せは願えないものです。幸せになって、幸せになった分、自分とはまったく違う境遇の誰かの幸せも願えるようになってほしいんです」
魔力が多すぎて苦しむ人もいれば、魔力が少なすぎて苦しむ人もいるということを、彼らはハラルドを通じて他の人々よりも理解しやすいだろう。
だけど、自分たちも苦しんだのだから他人の苦しみをも理解しろ、というのは祝いの場に相応しくない。
この子たちが幸せになり、他の人の幸せも願える人間になってくれるように。
「わたしのBランク錬金術師への昇級お祝いとして、たまにでいいので思い出してください」
カレンの言葉に不思議そうな顔をしつつも子どもたちはうなずいてくれた。