祝いのパーティー
「カレン様、エーレルト伯爵家のジーク様からお手紙が届いております」
「ありがとう、ハラルド」
ジークからということは緊急ではないだろう。
だが、最近溜まっていた手紙をすべて捌き終えていたので、さっそくカレンは手紙を開封して微笑んだ。
「わたしのDランクとCランクの昇級祝いと、ダンジョン調査隊からの凱旋のお祝いと、階梯を昇ったお祝いもひっくるめたお祝いパーティーを開いてくれるんだって」
「それはようございましたね」
ハラルドはお行儀良く微笑んだ。
カレンの交友関係はよく考えてみると派手だが、よくも悪くもハラルドはそこに興味がないのだ。自分には関係ないと思っている節もある。
カレンはそんなハラルドにふふっと笑った。
「ハラルドも招待されてるよ」
「え?」
きょとん、と目を丸くして、何を言われているのかわからないと言いたげなハラルドを見て、カレンはニヤニヤしながらハラルドに招待状を見せた。
「ハラルドのEランク錬金術師への昇級のお祝いもしたいんだって。ジーク様と一緒にパーティーを準備してくれる、血筋の祝福に悩む子たちからの招待だってよ」
カレンがダンジョン調査隊に向かったあと、ハラルドは貴族に要請されて、作れるようになったハーブティーを子どもたちに振る舞ったらしい。
ハラルドが作れるようになったハーブティーポーションはカモミールティーの一種だけだ。
だが、その一種だけでも子どもたちにとっては大きな慰めとなったらしい、という話は、カレンも聞き及んでいた。
ハラルドは夢を見るような目つきで茫然と招待状を見下ろしている。
カレンはその肩を叩いた。
「お呼ばれしたからには、パーティーに相応しい服を買わないとね」
「はい……」
カレンは馬車を呼ぶと、ぼうっとしているハラルドを馬車に押し込んでハラルドが気を取り直さないうちに仕立屋につれていった。
アリスの仕立て屋。
上級錬金術師向けの服も仕立てられる、いわゆる上級職人用の仕立て屋である。
カレンの錬金術師の服も、ここで仕立ててもらっている。
先日の両家顔合わせ時のドレスも、ここで仕立ててもらったものだ。
上級職人たちが出入りする場所では礼装が必要になることが多くなってくるので、見えないようにポケットを付けたり、作業しやすいように魔力耐性のある素材で作ったり、軽作業もできる礼装も作ってもらえるのである。
「アリスさん、こんにちは」
「カレン様、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「この子はわたしの弟子のハラルドと言います。弟子のために礼装と錬金術師服が欲しいんです。わたしが行く場所に連れていくので、わたしに作ってもらったのと同程度の格式のものをお願いします」
「ご予算はおいくらほどでしょうか?」
「それぞれ、わたしのと同じぐらいで。もう成長は止まったと思うんですが、もしかしたらまだ伸びる可能性もあるので、念のために長く着られるよう大きめの作りでお願いします」
「カレン様? 僕、それほど手持ちがないのですが――」
顔を強ばらせるハラルドに、カレンは笑った。
「階梯を昇って昇級した弟子への、師匠のわたしからのお祝いだよ」
Eランク錬金術師への昇級のお祝いとして、錬金術師の服は仕立ててあげようと前から思っていた。
ダンジョン調査に出かける前よりハラルドの身長はぐんと伸びていたが、最近はあまり伸びていない。
カレンより拳一つ分高くなったあたりで成長が止まったようなので、頃合いだろう。
この際なので礼装も仕立ててあげることにした。
ハラルドは目をまん丸にしてはくはく口を動かしたが、言葉が出て来ない。
頭がよくて卒のない子だが、とっさの時に動けなくなることがある。
今もフリーズしているハラルドにくすくす笑いながら、カレンはアリスの採寸の手にハラルドを委ねた。
「カレン様、その、ありがとうございます」
「お礼を言うのは服が完成してからでも遅くないよ?」
帰りの馬車の中、カレンは笑って言った。
「ですが、嬉しくて……感謝の気持ちがあふれて、止まらないのです」
ハラルドは先に受け取った錬金術道具を入れるためのポーチを胸に抱いて言う。
四つ種類がある中から、ハラルドが選んだものである。
「こうして私物を買ってもらえることなんてこれまでの人生でなかったので……しかも、お祝いなんて……まるで、家族の買い物、みたいで――」
言いさして、ハラルドはハッと息を呑んで口を手で覆った。
「す、すみません! 馴れ馴れしく! あの、誤解していただきたくないのですが、これは決してカレン様に対して恋愛感情などがあるわけではありません。まずこの点を深くご理解ください」
きょとんとしているカレンに、ハラルドはまくしたてた。
「トール様と張り合おうという気持ちもまったくありません」
「つまり、わたしの子どもみたいな気持ちになったってこと?」
カレンの指摘に、ハラルドははたと凍りついた。
「~~失言を失礼いたしましたッ!!」
ハラルドが馬車の椅子の向かい側で勢いよく頭を下げる。
四歳ぐらいしか年齢の変わらない男の子に母親を重ねられるのは不思議な心地で、カレンは前をぱちくりした。
身なりが小さかった頃ならばともかく、体の成長はすでに年齢相応に追いつきつつある。
だが、やはり成長できずにいた頃のハラルドの姿も記憶に残っているので、カレンはくすりと微笑んだ。
「でかい息子ができたもんだね」
「殺していただきたい……ッ!」
「物騒な恥ずかしがり方だね」
ティムにも与えたお仕着せや、住み込みで働くための必需品ならカレンは何でも買い与えてきた。
だが、それらはあくまで仕事に必要なものだった。
何かあげようとすると甘いとナタリアやサラに怒られるのもあって、カレンもあえて何かを与える時には仕事のためだと理由をつけてきた。
それらは、店を訪れる親が子どもに買い与えるような贈り物とはきっと違っていた。
「弟子とは、弟のような子どものようなもの、だからね。いいんじゃない? 息子でも」
「いいわけがない……!」
カレンが何をしてもイエスマンなことが多いハラルドから結構鋭い突っ込みが返ってくる。
カレンはぷっと吹きだした。
「あそこで仕立ててもらった錬金術師服はBランクになっても着られるから大事に着るんだよ、息子よ」
「弟子です」
間髪入れずに訂正を入れてから、ハラルドは咳払いをして言った。
「……服に相応しい、立派な錬金術師になってみせます」
「期待してるよ」
「はいっ」
ハラルドはきりっとした面持ちでうなずいた。
暗夜の子にカレンの望む無魔力素材のポーションを作らせるのは難しい。
だが、ハラルドならカレンのポーションを再現できる。
カレンはハラルドの未来に深く重く期待せずにはいられなかった。