顔合わせ2 トール視点
「君がBランクになったのは一年前、ということで合っているか?」
「よくわかりましたね。オレの情報って秘匿されてるはずなんですが」
「だからこそ、君の情報が途絶えたあたりが君の昇級した時分だとわかりやすい」
「あー、なるほど」
夕食会は和やかに進んで行った。
カレンは緊張した面持ちだったが、それはトールが何かエーレルト伯爵家の人間に対して粗相をしないかということであって、この家に取り込まれることを恐れているようではなかった。
カレンを安心させるため、口調は砕けたものにはしても、トールは礼儀作法を守って食事をしてみせた。
だが、それはそれでカレンを動揺させて、理不尽にもエーレルト伯爵家の次期当主であるジーク・エーレルトに睨まれた。
トールはそんなジークにニヤッと笑ってみせると、カレンを見やった。
「ねーちゃんこれ、すげー美味くね?」
「わたしの分も食べる?」
トールが美味しいと言えばカレンはごく自然に自分の分を分けてくれようとする。
昔からこうだった。父親が不在の時には小さな手でトールの手を引いて、近所の居酒屋の隅で食事を分けてもらう時、こういう風にトールが食べたいものを食べたいだけ食べさせようとした。
食べ物だけならともかく、何でもかんでも、親しい身内が欲しいと言えば、与えてしまいがちな人だった。
カレンのこういう部分に付け込んで、奪おうとする者がいずれ現れるだろうと、トールはずっと前から予想していた。
「うん、ちょーだい」
トールは笑顔でねだった。
カレンがそれほど好んで食べない種類の香味野菜の料理を選んでねだって、弟の特権をジークに見せつける。
「あーん」
これがマナー違反だという意識はカレンにはないらしい。
カレンはエーレルト伯爵家で礼儀作法を学んでいるというが、かなりゆるい教え方である。
トールが礼儀作法を学んだのはCランクの冒険者だった時だ。
Cランクからは、貴族の客が増える。
貴族の依頼を好んで受けはしなかったが、ギルドから頼まれれば引き受けなければならない依頼もあった。
そのために、トールたちは礼儀作法を学ぶことを余儀なくされた。
間違えたら貴族に殺されると思って学んだ。
ヘマをすれば殺すと面と向かって言われたこともある。
すべての貴族がそういう人間ばかりではない。
だが、実際にトールたちトールを含めた当時の鮮血の雷のパーティーは、ヘマをしていたら言葉の通りに殺されていただろうという場面に鉢合ったこともある。
低ランクの平民の命などにつゆほどの価値も覚えない貴族たちの手によって。
――ランクが上がった暁にはあいつらを見返してやろうと言っていた仲間たちも、ランクが上がると低ランクの人間がゴミのように見えるようになったと言って、貴族側の理解者になってしまった。
ランクが、というよりは階梯を上がり魔力量が増えると、誰もがそうなるものらしい。
だが、幸か不幸かトールはそういう考え方に違和感を覚える。
なんとなく、自分がこうなのはカレンのおかげのような気がしているから、きっと幸いなことなのだろう。
今のカレンは、かつてトールが強いられた緊張感とは無縁に見えた。
ヘルフリートもアリーセも、カレンにそういった圧力をかけてこなかったのだろう。守ってきてくれたのだろう。
今もただ、微笑ましげにカレンとトールのやりとりを見守っている。
母親の方は息子の様子に気づいて、苦笑していたが。
「ふっ」
視界の端で、ジークが少女のように可愛らしい顔を真っ赤にしてわなわな震えているのが見えて、おかしくてトールは開けようとした口で笑ってしまった。
誤算だったのは、トールの反対隣に座っているユリウスからの視線までもが痛いことぐらいか。
こちらもマナー違反を睨んでいるわけではなく、あからさまな嫉妬の視線だ。
どちらにしてもおかしいばかりで、トールはカレンとの仲を見せつけるかのように大口を開けた。
だが次の瞬間、カレンとトールの間にメイドが割って入り、ドサッとトールの皿に料理を盛った。
ちょうど、カレンからもらおうとしていた料理である。
「おかわりがご入り用でしたらまだまだたくさんありますよ、トール様」
銀髪のメイドはにっこりと微笑むが、その目は笑っていない。
ちょくちょくエーレルト伯爵家からの手紙や荷物を錬金工房に運んで来ていたメイドなので、トールも名前ぐらいは知っている。
「サラ、あとで話そうね」
「ええ、カレン様。またあとで」
「あとでっていうか、深夜でもいい?」
「何時でも構いませんよ。お待ちしています」
ただのメイドではなく、カレンの友人のサラだ。
そしてエーレルトの次期伯爵の忠実なメイドでもある。
トールがジークに対してやろうとしていた悪戯を見抜いて阻止しにきたらしい。
まんまと阻止されたトールがジークの方を見れば、ジークはご満悦の悪い笑みを浮かべている。まさに悪の貴族の卵という笑みだった。
「いっぱいもらえてよかったねえ、トール」
カレンはほのぼのと言いながら食事を再開してしまい、トールは山と盛られた野菜をバリバリ食べた。
てっきり食事中、トールばかりが質問に答えさせられることになると思っていた。
貴族に招待された先で稀によく体験する、平民の品評会。
客として招待されたものだとばかり思っていると、足をすくわれることになる。
品評会で毛並みを評価される人の形をした家畜の扱いだとわかっていないと、対応を間違えることになるだろう。
だが、トールがあえて聞かずとも、ヘルフリートとアリーセは様々な話をした。
エーレルト伯爵家のこと、エーレルト領のこと、そこで起きている現在から過去のいざこざについて。
余所者に、ましてや平民に話すべきではないようなことも彼らは話した。
トールとしては、彼らの話にカレンが驚いた様子がなく、すでに既知であった様子なのが印象深かった。
トールが一番興味深かったのは、彼らが息子のために雇った錬金術師が、彼らの大恩人となるまでの話だった。