サポーター面接
「カレン、冒険者のサポーター候補を連れてきたわ! 面接してちょうだい」
カレンの錬金工房にやってきたナタリアは、二人の冒険者を連れていた。
「Dランク冒険者のセプルで~す」
「Cランク冒険者のウルテだよ」
「エッ!? 二人とも採用!!」
「知り合いなのは知ってるけど早すぎるわよ! 条件を詰めなさい!!」
隣に座るナタリアに叱られて、カレンは採用を引っこめて二人の冒険者と応接室で対峙した。
二人にソファに座ってもらって、カレンは向かい側に腰かけた。
「わたしはBランクの錬金術師です。今日はわたしのサポーターの面接にお越しいただき、ありがとうございます」
カレンがペコリと頭を下げると、セプルが泡を食って腰を浮かせた。
「待て待て待て。ついこの間までCランクじゃなかったか!?」
「へへ! まだ発表してないんだけど、上がっちゃったんだ。表で言うのはサポーターが決まってからにしようと思ってね」
「……確かに、そいつはサポーターが決まってから公表すべきだな」
募集をかけたわけではなく、二人にはナタリアが直接声をかけたそうで、カレンのランクについては話していなかったらしい。
セプルが茫然とした顔でソファに腰を落とすのを見計らい、カレンは訊ねた。
「えっと、まずはセプルおじさん。なんでサポーターになろうと思ったの? 冒険者として結構上手くやってるはずでしょ?」
「実は俺、ガキができてな」
「えーっ!! 嘘! いつ結婚したの!? 相手は誰!?」
「相手はウワバミ亭の看板娘のリリーちゃんだ。酒を飲んだ勢いで、できちまってな。結婚はしてないんだが……おい、カレンちゃん! 汚いものを見る目をするんじゃねえ!」
酒の勢いでできちゃった婚。ウワバミ亭のリリーという女性はカレンよりは年上だが、あまり年齢が変わらなかったはずだ。
お付き合いをしていたかすら怪しく、まだ結婚もしていないという。
思わず白い目で見るカレンにセプルは慌てた顔をする。
「まあ……順番は人それぞれだけど、ここからちゃんとするんだよね?」
「おう。だからやっぱ、十階層に挑むのはやめたんだ。俺も年だし、サポーターに回るのもいいと思ってな」
「そっか」
カレンはうなずいた。カレンの父は十階層を越えた先で失踪している。
セプルもどうしてもそれを意識するのだろう。
子どもができたなら、Cランクの冒険者を目指すのをやめて家族のために生きるというのも、立派な選択だ。
「ウルテさんは?」
「サポーターなら家に帰りやすいだろう? あんたも知っての通り、うちで夫が待っているんでね。それに、どうもうちの夫の状態異常はあんたの作るポーションで治るかもしれないっていう話だ」
「あ、そっか。確か毒に犯されているんでしたっけ?」
「そうだよ。あんた、万能薬が作れるんだろう?」
「それじゃあ――」
「カレン、ダメよ。ただで作ってあげるなんて言っちゃ絶対にダメ」
隣に座っていたナタリアが、ソファから腰を浮かせかけたカレンの腕を掴んで引き戻した。
「錬金術のギルド員サンの仰る通りだよ、あんた。今、まさか万能薬を取りにでも行こうとしたのかい?」
「在庫はないので作りに行こうとしたんですけど……ウルテさんは万能薬が欲しいんじゃないんですか?」
カレンが首を傾げると、ウルテはごくりと生唾を飲みつつも、やがてゆっくりと首を振った。
「喉から手がでるぐらい欲しいさ。欲しいが、正当な対価を払わないといけないことぐらいわかっているよ」
「報酬の前払い、とかどうですか?」
カレンの提案を受けて、ウルテは完全に馬鹿を見る目をした。
ウルテが助けを求めるようにナタリアとセプルを見やると、二人はやれやれと肩を竦めた。
「うちのカレンはこういう子なの。だから、あなたたちのようなサポーターが必要なのよ」
「そうそう、カレンちゃんはこういう子なんだよな。だから俺たちがしっかりしないとな」
「だからこの子に借りのあるあたしに声をかけてきたってわけか」
三人はカレンを置いてけぼりにして意気投合する。
ウルテはガシガシ頭をかいたあと、カレンをジト目で睨んだ。
「二度とそんなこと言うんじゃないよ。前払いの報酬を持ち逃げしようとする馬鹿共があんたのサポーターになろうと殺到するからね」
「わたしだって、誰にだって万能薬を前払いするつもりはないんですけど――」
「二度と言うんじゃないよ??」
「はい」
万能薬が欲しくてたまらないはずのウルテにきっちりと線を引かれ、ナタリアとセプルにもじっと見つめられ、カレンは素直にうなずいておくことにした。
そこから、仕事内容や基本給、手当についての折衝がはじまった。
途中まではカレンも参加していたのだが、完全週休二日制を取り入れようとしたあたりでナタリアに交渉権を奪われて、カレンはポケッとしていた。
「カレン、雇用条件はこれだから、確認して問題なければあなたのサインをちょうだい」
「……DランクとCランクの冒険者をこの値段で雇っていいものなの?」
サポーターの給金については元々聞いていたものの、それはサポーターとしてきてくれる人のランクが低い場合だと思っていた。
それが、セプルもウルテも、多少ウルテの方が給金は多いものの、そこまで代わりがなかった。
「冒険者としての仕事をさせるわけじゃないもの。あくまで、錬金術師のサポーターの仕事しかさせちゃいけないの」
「なるほど」
「冒険者を続けるよりも負担が軽く、命の危険の少ない仕事をしたくて、二人はサポーターの道を選んだのよ。だから、そのことはカレンも頭に入れておいてちょうだいね」
「……わたしのサポーター、冒険を続けるより負担が軽いかなあ?」
「はっはっは! カレンちゃん、さすがにダンジョンに潜るより大変な錬金術師の護衛はねぇよ」
セプルは笑うが、カレンはうーんと首を傾げた。
「でも、ちょっと前はAランクの冒険者と敵対してたし、多分、暗夜の子どもたちっていう組織にも睨まれてる」
ホルストをはじめ、様々な領地の魔力量の少ない貴族たちのあのダンジョン事変の裏には、『暗夜の子どもたち』という組織がいるだろうと予想されている。
ついでに、第一側妃ベネディクタも絡んでいるかもしれないことはどこかから報告が上がっているはずなのだが、ベネディクタは以前とかわらず王の側に侍っているらしい。
例の組織がどれだけ情報を掴んでいるかによるものの、彼らの計画を潰した人間の一人がカレンであることぐらい、彼らは掴んでいるだろう。
「それにこの間、貴族に喧嘩も売っちゃったし」
「おいおいおい、カレンちゃん、一体何をしてるんだ?」
「貴族とは言っても喧嘩を売った相手は権力者とかじゃなくて、ユリウス様に色目を使ってわたしの悪口を言うような令嬢たちだけどね! 多分、いや確実に恨まれてる!」
「カレンちゃん……ユリウスサマと生きていくつもりなら、貴族社会で上手く生きていかないといけないぜ?」
忠告に苦笑するカレンに、セプルは続けて言った。
「何はともあれ、カレンちゃんには早急にサポーターが必要だって話だな」
「本当にわたしのサポーターになってくれるの? 結構危ないよ?」
「尚更サポーターにならねぇといけないだろうが。カレンちゃんも俺の娘みたいなもんなんだからな」
セプルは机に身を乗り出してカレンの頭をぐしゃっと撫でた。
「守ってやるから雇ってくれや」
「……ありがとう、セプルおじさん」
「あたしのことも雇っておくれ。危険とは言っても、やっぱりダンジョンで女神から課される試練ほどじゃないだろうしね」
「女神の試練は理不尽だって言うしなあ」
「そうなんだよ。十階層を超えると露骨に女神の試練はあたしたちを限界に追い込もうとする。アレに比べりゃ、地上での人間同士のいざこざの方がまだ理解できるさ」
ダンジョンは女神の試練場と言われ、そこに入る者を試そうとすると言われている。
わけのわからない女神の理不尽よりも人間社会のいざこざの方が理解できる分マシというのは、カレンも最近身に染みた話だ。
「あんたには恩があるからね。恩返しをさせておくれよ」
「ウルテさんも、ありがとうございます」
「それに万能薬を作れるあんたに死なれちゃこっちが困るからね!」
「あはは、なるほど」
ナタリアが見つけてきてくれた、これ以上ないくらい優秀なサポーターたちである。
はじめから、カレンの答えは決まっていた。
「二人とも、これからよろしくお願いします!」