記念日デート9
「ユリウス様にうかがいたいことがあるんです」
「うん? 何かな」
「この会場にいる令嬢たちのうち、わたしを睨んだり悪口を言ったりしていない令嬢って、いますか?」
「いるにはいる。数は少ないが……それがどうしたのだい?」
ユリウスが気遣わしげな顔になる。
数が少ない、のところでとても申し訳なさげだったが、カレンとしては数が少なければ少ないほどありがたかった。
「その子たちとだけ踊ってあげてくれませんか?」
ユリウスは目を丸くし、カペル子爵夫人はぱちんと手を合わせた。
「あら、素敵! どの令嬢か教えていただければ私が声をかけてきますわ」
カペル子爵夫人としては、ユリウスを招待できた以上、誰かしらと踊ってもらって、今夜の夜会の目玉としたいだろう。
カレンとしても、カペル子爵夫人の面目が立つようにしたい気持ちになっていた。
こういうのが人徳というのだろうなと思いつつ、カレンはユリウスを見上げた。
「しかし、今夜は話し相手がいなかっただけで、カレンを悪く思っている可能性はある」
「それならそれでいいとします。今日は運よくわたしの悪口を言わなかったからユリウス様とダンスができるんだってことを、きちんと伝えておくんです。そうすれば内心はどうあれ、今後も口を噤み続けてくれるかもしれません」
「私からも伝えておきますわ!」
カペル子爵夫人のキラキラとした眼差しを見て、カレンを見やったユリウスはご機嫌斜めになりつつ言った。
「……しかし、良いのかい? カレン。私が他の令嬢とダンスをしたりして。私なら君が他の男とダンスを踊る姿など見たくはないが」
「必要であればわたしはユリウス様以外とも踊りますよ」
ダンスは完全に教養であり、社交のコミュニケーションだ。
だから平民学校でも習うものなのである。
カレンとて、錬金術師として必要になれば躊躇いなく踊る所存。
「私が令嬢とのダンスを封印すればカレンのダンスも封じられるかと思ったが、やはり無理か」
「ユリウス様がわたしの許可さえあればダンスしてくれるとなれば、わたしの味方をしてくれる令嬢が今後増えていく可能性が高まりますよ! わたしのためにいってらっしゃい!」
「……いってくるよ」
カレンはふてくされた顔をしたユリウスを笑顔で送り出した。
カレンの悪口を言わなかった令嬢たちは、ほとんど孤立している令嬢ばかりだった。
友人がいればほとんどユリウスと、その隣に何故かいるカレンの話題になったろうから、当然の帰結なのかもしれない。
ユリウスと令嬢たちを引き合わせたあと、すぐにカペル子爵夫人は戻ってきた。
「カレンさん、私の側にいらしてね。あなたに何かあってはユリウス様に申し訳が立たないもの」
「……ありがとうございます、カペル子爵夫人」
視界の隅から、剣呑な目つきをしながらこちらに近づいてくる令嬢たちがいた。
カレンは応戦する気満々だったのだが、カペル子爵夫人がカレンにぴったりと寄り添うと、彼女たちはすごすごと引き返していった。
カレンは視線をユリウスに戻した。
まさかユリウスと踊れるとは思っていなかったらしい令嬢たちは感激したり、夢心地になっていた。
カレンにとって、そんな令嬢たちを見るのが面白かったと言えば嘘にはなる。
だが、カレンは一年前の自分を見ているようで微笑ましくも、懐かしくも思えた。
「カレンさん、ユリウス様を説得してくださってありがとうございます」
カレンの隣に立つカペル子爵夫人はささやくように言った。
「きっと、彼女たちにとっては生涯の思い出になりますわ。私からはとてもユリウス様に紹介できるような子たちではありませんもの。でも、あの子たちに何か良いことが起きてほしいと思って招待しましたの……彼女たちはちょうど、今年の秋から領地の狩猟祭に参加する子たちなのですよ」
「それって、領地の魔物狩りのことですよね?」
「ええ、殿方のご兄弟がいらっしゃらないか、次期当主として命を危険にさらしてはいけない立場で、彼女たちが戦わなければならないのです。命をかけた戦いの場に立つ前に、良い思い出ができたことでしょう。よく話しておいたので、彼女たちはきっとカレンさんに感謝していてよ」
当の令嬢たちはダンスが終わった子から夢心地で長椅子に座り込んでいて、とてもそうは見えない。
だが結婚して逃げたがっているヴァルトリーデと違って、覚悟を決めて実際に戦いの場に立つ令嬢たちなのだという。
「立派なことです。子を産み育てる私たちが劣っているとは思わないけれど、それでも、護国のために戦う方々を誇りに思いますわ。ですから、誰にとっても大事な一夜になるような催しにしたいと、私、常々思っておりますのよ」
「……それもまた、立派なお考えですね」
パーティー好きの貴族というと、どことなく軽薄なイメージがあったのに、カペル子爵夫人はカレンの知らないやり方で戦っていた。
「もちろん、カレンさんにとっても素敵な催しになってほしいと思っています。ですから改めてお詫びさせてちょうだい。本当にごめんなさいね。今日招待したお嬢さんの親御さんたちには、私からきちんと話しておきますわ」
相手は平民で、ランクもC程度だと思っているだろうに、カペル子爵夫人は謝罪した。
カレンのことも招待客として、心から大事にしようとしてくれているのだ。
「わたしは何も聞いていないし、気にしていません。ただ、ユリウス様が怒っているみたいなので、なだめておきますね」
「そう、そうよね。ユリウス様を怒らせてしまったのよねえ。はあ。せっかく来てくださったのに、もう二度といらしてくれなかったらどうしましょう」
「わたしが来たいと言えば一緒に来ますよ、ユリウス様は」
「まあ」
カペル子爵夫人は海老で鯛を釣り上げた驚きに目をパチパチとしながらも「そうよねえ。ダンスもカレンさんに言われてだったものね」と納得顔になる。
戻ってきたユリウスは疲れた顔ひとつせずにカレンの手を取って、ダンスに誘う姿勢になる。
「役目を果たして帰ってきた私に褒美をくれないかい? カレン」
「わたしとのダンスがユリウス様にとってご褒美になるんだったら、喜んで」
カレンとユリウスが進み出ると、あからさまに嫌な顔をする人々がいる。
その中でもユリウスと踊った三人の令嬢以外のうら若い女性はみんな、カレンの悪口を言っていたと、ユリウスのお墨付きである。
なので、そんな令嬢たちに向かってカレンは渾身のドヤ顔を見せつけた。
令嬢たちは怒りや悔しさのあまり顔を真っ赤にしていた。
「本当に楽しそうだね、カレン」
ユリウスがカレンを見ていて、安心したがっていたからというのもある。
だが、この顔はカレンの本心である。
「ええ、とっても楽しいです!!」
誰もが命をかけた戦いの中にいて、その中でつかの間の生の喜びを求めて競い、争っている。
カレンを悪く言った令嬢たちも、己の人生のために戦っているのだろう。
その戦いにはカレンが勝ったというだけで、そこには正義も悪もないのかもしれない。
音楽が流れ出す。ユリウスに心の内をさらけだした解放感と勝利の余韻で、カレンは一曲目よりもいっそう軽やかにダンスを楽しんだ。