記念日デート6
迎えの馬車にはサラが乗っていて、サラに身支度を調え直してもらうとカレンは馬車の扉を開いた。
「カレン、手を」
「ありがとうございます、ユリウス様」
カレンはユリウスの手を取り馬車を降りると、ユリウスにエスコートされて歩いていく。
パーティーの主催者であるロージー・カペル子爵夫人はアリーセと交友関係にある人物の一人だという。
既婚者で、息子が一人いるそうである。
これが娘だったらカレンも少々心穏やかではいられなかっただろう。
「パーティー好きの方で、しょっちゅうパーティーを開催していてね。以前から誘いは度々受けていたのだが、参加するのはこれがはじめてとなる」
「今回ユリウス様が参加されると聞いて喜んでいるでしょうね」
「……そうだろうね」
ユリウスは曖昧に微笑んだ。
先程まではとても柔らかだったユリウスの表情が、パーティーの時刻が迫るごとにだんだんと強ばっていた。
カレンはそんなユリウスを見上げながら言った。
「ユリウス様、何なら今からでも、取りやめますか?」
「どうしたんだい? カレン」
「体調不良でもなんでも、理由はわたしのせいにしていいです。わたしじゃ理由にならないなら、ヴァルトリーデ様を理由にしても許してくれると思います。急に呼び出されたと勝手に言っても口裏を合わせてもらえますよ。だから――」
「カペル子爵夫人は私の出席を聞いてとても喜んでくれているだろうし、ここまで来ておいて今から取りやめなどしないよ」
「……そうですか」
ユリウスがそう言うのならとカレンはうなずいた。
「カレンが帰りたいと言うのならば帰るが――君は、私を心配してくれているだけだろう?」
ユリウスは困ったように微笑んで言った。
「心配をかけてすまない。君が傷つけられてしまうのではないかと思うとどうしても心が落ち着かなくてね。だが、君が傷つけられることがないよう私が守ればいいだけの話だ」
ユリウスは自分に言い聞かせるように言う。
誰にも認められずとも、ユリウスと共にある姿を披露するためカレンはここにいる。
元より無傷でいられるとはまったく思っていなかったカレンだったが、ユリウスの言葉に、決意に、口を挟みたくなくてそれは言わなかった。
代わりに、ユリウスの腕に抱きついた。
「では、貴族社会にわたしとユリウス様の関係を見せつけに行きましょうかっ!」
カレンは明るく宣言した。
ユリウスはどうあれ、カレンの方には一切躊躇いがないことを全身で表現しておく。
ユリウスはほんの少し頬を緩ませて目を細めた。
屋敷に入ると主催者らしい女性に出迎えられた。
ふっくらとした貫禄のある女性で、年齢としてはアリーセの親世代か、それより少し若いくらいか。
「まあっいらっしゃい、ユリウス様! 本当に来てくれるなんて、嬉しいわ」
「招待に感謝するよ、カペル子爵夫人」
「ところで、そちらの方は……」
カペル子爵夫人ロージーは、お行儀のいい笑みを浮かべてカレンを見やった。
その振る舞いには今のところ何も失礼なことはないが、消えていった言葉の行方は気になるところである。
大方、ユリウスの隣に立つにはそぐわない女だと思われているんだろうな、とカレンはひねくれつつもにっこりと笑い返した。
「私のパートナーのカレンだ。Cランクの錬金術師なのだよ」
「まあ、Cランクの。……Cランクの錬金術師のカレンさんといえば、お話をうかがったことがありますわ。ヴァルトリーデ王女殿下の錬金術師様ですわね? あの王女様印の化粧品の!」
カレンが何者かわかると、途端にロージーが目を輝かせた。
面くらいつつ、カレンは化粧品事業をやっていて良かったと思いながら礼を取る。
「はい。お見知りいただき光栄です」
「パウダーだけお友達に使わせていただいたことがあるのですよ。あれがとても素晴らしくて是非とも私も手に入れたいのですが、中々手に入らなくて困っておりますのよ」
「ダンジョン調査隊に参加しておりましたので、供給が間に合っておらず申し訳ないことです」
「そうね、ダンジョン調査隊への参加は名誉なことですものね。でも、貴女が社交界に戻ってくるのを私、楽しみにしておりましてよ!」
取っかかりができた途端、キャッキャとテンション高めにふるまう姿は愛嬌たっぷりである。
にこやかに見送られ、カレンたちは会場に向かっていった。
「感じのいい人ですね」
「カペル子爵夫人のパーティーはいつでも盛況だそうだが、彼女の人徳によるものだと言われているよ。アリーセ義姉上も、パーティーで困ったことがあれば彼女に相談するという。ただ、少々口が軽い」
「なるほど?」
「君は王女殿下の錬金術師ではないのだが」
ユリウスが不満げにささやくのに、カレンはくすりと笑った。
「専属ではありませんが、近い存在ではありますよ。お友達ですしね!」
今夜のパーティーは夜会形式で、舞踏会ほどの規模ではないものの音楽の演奏があり、ダンスもできるという。
カレンたち――というより、ユリウスが会場になっているホールに入ると途端に視線が集まった。
平民たちの社交場だけでなく、貴族の社交場でも相変わらずユリウスは視線を集める存在らしい。
そして、変化したのはカレンに向かう眼差しだった。
どうしてこのような場に、ユリウスの隣に、カレンのような人間が立っているのかという白々とした白い眼差しがあちこちから突き刺さった。
意外と平気で、カレンはほっとした。
「カレン、大丈夫かい?」
「平気ですよ。予想した通りで、むしろ安心したくらいです」
大勢の人の前で昇りかけた階梯から下ろされたりと、わけのわからないことが起こるよりも全然マシである。
心配そうに訊ねてくるユリウスに、カレンは本心で答えた。
「ユリウス様こそ、わたしといて恥ずかしくないですか?」
「何一つとして。君といて恥ずかしいことあるはずがない」
ユリウスの言葉は本心に聞こえた。
それでも未だにユリウスは緊張し、警戒し続けている。
やはり礼儀作法をより完璧に身につけて、せめてBランクの錬金術師になってから来るのがユリウスのためだったのかもしれない。
今のままのカレンと共にあることを恥ずかしいと思わないでほしいだなんて我が儘を言うべきではなかったのかもしれない。
カレンが傷つけられることを、カレン本人よりもずっと恐れているユリウスの張りつめた横顔を見て、カレンはぎゅっと心臓が痛むのを感じた。