記念日デート5
「ユリウス様、素敵な贈り物をありがとうございます」
「君が喜んでくれたなら何よりだよ、カレン」
カレンがユリウスからのプレゼントを世界樹の柄杓に決めたあとや会計時に引き続いて、カレンは再びユリウスに礼を言ってユリウスをそろそろと見上げた。
オリハルコンの錬金釜を固辞したものの、太陽の下で見てもユリウスは朗らかな表情をしていた。
ユリウスをがっかりさせたかったわけではないので、カレンはほっと胸を撫で下ろした。
それに、本当にありがたく嬉しい贈り物だった。
カレンは艶々とした滑らかな木目を指の腹でそっと撫でた。
「前々から、専用の柄杓は欲しいなと思っていたんです。世界樹の柄杓のことも知っていたし、世界樹の柄杓を導入するならできるだけ早くがいいと思ってはいたんですけど、中々手が出なくて……」
ウルゴも言っていたが、世界樹素材は使用者の魔力に馴染ませる必要があるが、馴染めば替えの利かない得がたい道具になる。
それだけに、できるだけ早く導入して使い込みたいなとは思っていたのだ。
「柄杓ならばどこへでも持って行けるだろう? ミスリルよりも軽いが世界樹の固さなら下手なナイフよりも攻撃力の高い武器にもなる。時には君を守る盾にだってなるだろう。常に携帯していてほしい」
「はい、そうします。どうやって持っていたらいいでしょう」
「棍棒用の鞘にちょうど収まるよ、カレン。今から買いに行くかい?」
カレンはうなずこうとして、固まった。
「……どうして棍棒用の鞘に収まるって知ってるんですか?」
「おっと」
ユリウスが何やらわざとらしく唇を指で押さえた。
笑みの浮かんだ口許と、輝く瞳、ほんの少しだけ申し訳なさげに下がる眉――カレンはピンと来て、愕然とした。
「まさか――謀りましたか!?」
オリハルコンの錬金釜と比べれば安いとはいえ、世界樹素材の柄杓もまた、恐ろしく高価な魔道具である。
億とか兆とは言わないものの、数千万円規模の代物である。
もしもこれを最初に勧められていたら、カレンは果たしてすんなりと買ってもらっていただろうか。
「オリハルコンの錬金釜を買おうとしているとわたしに思わせてわたしの金銭感覚を麻痺させて、はじめから世界樹の柄杓を買おうとしていましたね!?」
「バレてしまったようだね」
「わたしが本当にオリハルコンの錬金釜を欲しがったらどうするつもりだったんですか!」
「その時には喜んで購入したよ。ただ、金額によってはヘルフリート兄上に借金をすることになるかもしれないとは思っていた。まあ、ないとは思っていたが」
最初に無理難題を突きつけておいて、相手が渋ったら条件を緩和すると見せかけて本当の要求を突きつける。
無理難題を突きつけられた人間は、相手に譲ってもらったと感じて、自分もお返しをしなければならないと思って次の要求を受け入れやすくなる。
一種の騙しのテクニックである。
まんまとユリウスの策に嵌まったカレンは頭を抱えた。
「どうしても君が生涯の持ち物にしてくれるだろう贈り物をしたかったのだ、カレン。道具であるためいずれ壊れてしまうこともあるかもしれないが、それでも、できるだけ長く君の側に置いてもらえるようなものをね」
その考え方なら、ユリウスの贈り物の大本命は最初から世界樹の柄杓だったのだろう。
オリハルコンの錬金釜はアダマンタイトの錬金釜より軽いだろうが、それでも気軽に持ち運びできるようなものではない。
カレンは唇を尖らせて言った。
「……そう言ってくれたら、最初から素直に受け取ったかもしれませんよ?」
「しかし、オリハルコンの錬金釜も捨てがたかった。あれなら、生涯買い換えることも紛失することもないだろうからね」
「受け取れるわけがないでしょう! あんなの!」
と言いつつ、すでにカレンの手の中にあるこの世界樹の柄杓の方も本来なら受け取れない種類の贈り物である。
やはり、何を言われても素直に受け取るのは無理だったかもしれない。
完全に金銭感覚に痺れ薬を嗅がされている。すべてがユリウスの手のひらの上である。
「……これは大事に使います。でも! 今後はこういうやり方はしないでくださいね。心臓に悪いので」
「わかったよ、カレン。ヘルフリート兄上からも、あまり使いすぎると騙されてくれなくなると聞いているからね」
「また使う気でいるじゃないですかっ」
「君と家計が同一になる日のためにも貯蓄はしておくよ」
「も~!」
照れ隠しにユリウスの腕を叩くカレンを笑いながら、次にユリウスはカレンを革道具屋につれていった。
最初から店に目星を付けていた者のスマートな犯行である。
そこで世界樹の柄杓を装着できる革のホルダーを購入した頃にはもう四の鐘が鳴っていた。
「お昼という時間でもないですけど、夜のパーティーまで時間もありますし、おやつでも食べにいきましょう。ここはわたしが奢りますよ!!」
「なるほど。店は私が選んでもいいかい?」
「いいですよ。行きたいところがあるんですか?」
ユリウスが笑顔でうなずいてカレンを連れていったのは、アースフィル王国王都に暮らす平民の女の子なら誰でも一度はデートで行きたいおしゃれ菓子屋の『緑の小鳥亭』だった。
いつもは行列が並ぶカフェなのに、何故か今日に限って人っ子一人いないと思ったら、店の看板に『本日貸切』と書かれている。
「平民の女性はパートナーとこの店に来ることを一度は夢見ると聞いたよ。だから、カレンと共に来たかったのだ」
カレンはユリウスの気持ちが理解できた。カレンがユリウスの夢を形作る何者かになりたいと思ったように、ユリウスもそうなのだとしたら、これは本当にユリウスがしたかったことなのだろう。
「……確かにここでデートしたいと思ったことはありますし、デートで来るのはユリウス様とが初めてですよ」
「それは嬉しいことを聞いた」
ナタリアと来たことはあるけれど、それはノーカウントというものだろう。
少なくともライオスと来たことはない。
ユリウスはほとんど顔パスで店員に招き入れられ、カレンもまたそれに続いた。
ガラガラの店内の一角にあるテーブルにつくと、ユリウスが言った。
「おすすめはあるかい?」
カレンは少し迷ったが、いつもナタリアと来た時にするのと同じ提案をした。
「ケーキを四つ頼んで、全部半分こにしましょう。すると、お腹がいっぱいになりすぎずに四種類の味が楽しめます」
「では、そのようにしよう」
ユリウスにとっては行儀の悪い行為かもしれないが、そうだとしても、ユリウスが知りたいのはカレンの望みだろうから。
カレンとユリウスは二人で四つのケーキを吟味して注文し、半分にして分け合った。
「私はこのイチゴのタルトが美味しく感じられるね」
「わたしはクリームパイが好きです」
「これも美味だね。この店は店主はかつて王宮料理人だったらしいよ」
「そうなんですね。だから美味しいのかな」
「普通の料理よりも菓子作りをしたくなって王宮料理人をやめたというから、ただ好きなことを極めただけの可能性もある」
ゆっくりおやつと会話を楽しんで、お会計の時にはそもそも貸し切りの時点で会計は済んでいると言われてまたユリウスに一杯食わされて、じゃれ合いながらカレンたちが店を出る頃には、パーティーの時間が迫っていた。