記念日デート4
「これは何ですか?」
「そいつは魔物避けの魔道具だ。まあ、試作品だがな」
「魔物避けも作れるんですね」
カレンは感嘆の声をあげた。
ランプのような形をしていて、稼働させるとランプの中に設置された石が光を発する仕組みなのは見て取れた。
それだけでも美しい見た目のランプだったが、ここに置いてあるのだからただのランプではないだろうと思ったら、稼働中は魔物避けの効果まで発揮するらしい。
「一応、魔物が近づきにくくはなるんだが、女神のお作りになったアーティファクトみたいに効果が続く間は魔物を一切寄せつけない、というわけにはいかねえな。一応、ダンジョンに採取に行く錬金術師向けにこの一角に置いてはあるが、ここで買うより冒険者から買取をしている魔道具店や冒険者ギルドで女神の魔道具を買った方が効果は確実だぞ」
誠実に自身の制作した魔道具のデメリットを語るウルゴに、カレンはうなずいた。
「これならただのランプの代わりにもなりますし、多少でも魔物が近づきにくくなる効果があるのなら、わたしみたいに魔物と遭遇したくない錬金術師にとってはお役立ちですよ」
「だが、ただのランプにしては馬鹿高いぞ。そいつは金が有り余ってる金持ち向けだ。やめときな」
ランプとしては高価でも、並ぶ魔道具の中ではかなり安価だった。
かつ可愛らしいデザインだったのでカレンは乗り気だったのだが、他でもない売主に却下されてしまった。
「どういう仕組みで魔物が近づいて来なくなるのか聞いてもいいですか?」
「構わんぞ。わし個人の技術は伏せるが、一般的な仕組みとしてはコイツを稼働させると、周辺に魔力の膜を張るようになっている」
ウルゴは自作の魔道具ランプを光らせながら言う。
「魔物は人の魔力を察知して近づいてくるって説があってな。魔力の膜を張ることで持ち主の魔力を察知されにくくなるはずなんだが、まあ目視されれば意味はねえし、意に介さず近づいてくる魔物もいるんだよな。ちょっと待ってろよ」
そう言って、ウルゴは店の奥に引っ込んだかと思うと、やがて六角柱の石を手に奥から戻ってきた。
魔物避けの魔道具は高価な代物なので、カレンはこれも初見である。
「これが本物の女神の魔物避けだ。そもそもコイツの仕組みがわからねえから、わしらが作る魔物避けは単なる猿まねだな」
言いながら、ウルゴは女神の魔物避けの魔道具に魔力をこめて発動させた。
その影響範囲は半径一メートルくらいのようで、影響範囲の境目にいたカレンは目を瞠った。
「何らかの膜を張っているのは間違いないんだが、その膜の正体がわからねえんだよ。おまえは何かわかるか?」
ウルゴの言葉は本気ではなく、軽い冗談のようにカレンに投げかけられたものだった。
だが、カレンはうなずいた。
「この感覚、知ってます」
「……何だと?」
カレンは発動された魔物避けの魔道具の、その影響範囲の境目にすっと手を伸ばして触れた。
「ここ、無魔力の膜が張ってあります」
「――無魔力の、膜? 何だソイツは?」
「まったく魔力のない薄い空間が、膜のように張ってありますね。最近、そういう空間に行ったことがあるので気づけました」
「私もその空間に行った覚えがあるが、私にはわからないようだよ、カレン」
ユリウスも膜の境目に指を通してみるが、無魔力の空間を感じられないらしい。
カレンはふむとうなずいて言った。
「もしかしたら、ハラルドにならわかるかもしれませんね」
「無魔力というもの理解した者にしかわからない、ということだね」
「おまえらだけで納得すんな!」
ウルゴは女神の魔物避けの境界線をためつすがめつし、手や体や頭を通したりと、忙しなく動き回ったあとにうなだれた。
「まっっったくわからん……!」
「魔力がない、という状態を理解している人じゃないと、わからないのかもしれないですね」
「そいつはどうやって理解すりゃあいいんだ?」
「一度魔力を使い果たしてから、わたしは理解できるようになったと思いますけど……妖精種のドワーフの方は、その」
「死んじまうだろうな……マジか。道理でドワーフの誰にもわからねえわけだ……いや? だとしても、数値ですら観測できてないのはおかしいぞ?」
「それはわたしにはよくわからないですね」
カレンの言葉など聞いてはおらず、ウルゴは女神の魔物避けに魔力をこめたりしながらぶつぶつと呟きはじめてしまった。
楽しそうだったので、カレンはウルゴを置いてそっと魔道具探しに戻った。
やがて、ユリウスが言った。
「カレン、これはどうかな?」
「欲しいものがあるならわたしに確認せずお好きに購入してください」
カレンは反射的にそう答えたが、ユリウスが手にしていたのは錬金術師のための魔道具だった。
カレンは両手に木の枝を大事に握りしめ、ユリウスはそのあとについてウルゴの魔道具店を出た。
見送りに出てきてくれたウルゴが言う。
「世界樹の柄杓はな、最初こそオリハルコンやミスリルの杖より魔力の伝導率は悪いが、使い込んでいくうちにおまえの魔力や『理解』にすら馴染んでいくと言われている。オリハルコンの錬金釜ほど高価ではないとはいえ、大事に扱うといい」
「はいっ!」
カレンはぎゅっと柄杓を手にうなずいた。
錬金術においてポーションをかき混ぜたり瓶に移し替える時に使う柄杓だ。
カレンはこれまで台所用のお玉を使用していたが、錬金術用ではないお玉に触れるだけでポーションは劣化してしまう。
形はお玉にも似ていて、かき混ぜる時に抵抗が少ない流線型になっている。
ユリウスが選んでくれたこの世界樹の木でできた柄杓を、ウルゴがその場でカレンの手に合わせて握りを削って調整してくれた。
そのため、すでにしっくりとカレンの手に馴染んでいる。
「ところで、おまえはもしオリハルコンの錬金釜を手に入れたら何をするつもりだ?」
「賢者の石を作るつもりです。それまでに何とかお金を貯めて、またここに来られるように伝手をあたりますね」
ユリウスは前回の王国剣術大会の報酬として紹介状を持っていたが、それは一回限りのものらしい。
またここに来るには別のルートを辿らなければならない。
ちょうど、伝手がありそうな師匠がいるのでカレンはいずれ紹介してもらおうと目論んでいる。
最近、何やら忙しそうにあちこち行ったり来たりしているので中々会わないけれども、今すぐの話ではない。
「なるほどな」
ウルゴは何事かを納得した様子でうなずいた。
「おまえにとってわしらドワーフが秘術を駆使して丹精を込めて作りあげた至高の一品であるオリハルコンの錬金釜は、単なる手段ってことだな」
「え? な、何か失礼なことを言ってしまったでしょうか?」
ウルゴが低い声で言うのでカレンはドキッとした。
この一流の魔道具職人の誇りを穢して怒らせてしまったとしたら、オリハルコンの錬金釜を手に入れるのは絶望的になってしまう。
オリハルコンを加工できるのはSランクの魔道具職人で、当然その数は恐ろしく少ないのだ。
当然、彼らには横のつながりもある――。
「むしろ逆だ!」
ウルゴは、息を詰めるカレンに向かって髭をもしゃっとさせつつ笑った。
「わしらが作るのはあくまでも道具だ! 一流の証なんかじゃねえ。わしらはわしらが作った魔道具がないと行けない高みに挑戦をするやつの助けになりたいんだ。道具を手に入れるだけで満足するようなやつに、道具が必要な挑戦をする予定のないやつに、傑作を売るなんてお断りでね」
ウルゴは懐を漁っていたかと思うと、そこからメダルを一枚取りだした。
金色だが、金貨ではなかった。
そこにはウルゴの魔道具店の紋章である、羽と金槌の絵が描かれている。
「オリハルコン製のメダルだからなくすなよ」
「ひえっ」
カレンは悲鳴をあげて柄杓を腕に挟むと、メダルを両手の中に握り込んだ。
「そいつはわしの店の入店許可証だ。それに、わしからの紹介状の代わりにもなる。余所の魔道具店やドワーフの店なら、一見はお断りでもそいつを見せれば入れるところもあるかもな」
「あ、ありがとうございます……いいんですか?」
「ああ。そいつをやるから今度はわしの魔道具工房に来い。おまえに聞いてみたいことが山ほどできた」
「わたし、魔道具のことは全然わかりませんよ?」
「だが、わしにはわからんことがわかっているだろう? そいつを教えてくれるなら、代わりにわしはおまえがわからんことを教えてやろう」
幻の金属、オリハルコン。賢者の石を作るには、オリハルコンがないといけないと言われている。
いずれオリハルコンの錬金釜を扱うにあたって、オリハルコンへの理解は必ず必要になる。
「そう言っていただけて光栄です。いずれまたお訪ねしますね」
「よし。たまにこういうことがあるからわしは人間の版図に店を構えているんだ」
満足げに言うウルゴにカレンも笑った。
人間社会で暮らす妖精種の人々というものは、みんなこういう考え方をするものなのかもしれない。
知識に対して貪欲で、常に上を目指している。
カレンと同じ場所を目指している。
そう気づいたら、途端にウルゴが身近な存在に感じられて、カレンはメダルをぎゅっと胸に当てて握りしめた。