主張の舞台3
「待って、一旦待ってちょうだい!」
マリアンは聴衆に向かって叫ぶとつかつかとカレンに近づき、マリアンは小声でささやいた。
「あんた、そんなバカな言い分でこの流れを止められると思ってんの!? 私たちを説得するアテがあるからここにいるんじゃないわけ!?」
マリアンの慌てように、カレンは笑った。
「マリアンって、わたしがこの場にいる人たち全員を説得する言葉を持ってると思ってたんだ? 信頼されてるねえ、わたし」
「何を馬鹿なことを言ってんのよ!?」
「正直、この場にいるすべての人を説得するとか無理じゃない?」
カレンは集まった聴衆たちを見渡した。
彼らにとってバカげた言い分に聞こえたとしても、これがカレンにとっての原体験だ。
ただの綺麗事じゃない、カレンがまざまざと理不尽を味わった原因で、世界を変えたいと思った理由だった。
「この中には、わたしの体験に共感してくれる女性は結構いるんじゃないかな? だけど、全員を納得させるのは難しいね」
「勝算がないなら、この舞台を潰しなさいよっ! できるでしょう!? それくらい!」
「できるけど、させなかったよ」
「どうしてよ!?」
声をひそめながら焦燥感の滲む顔をして言うマリアンに、カレンは目を細めた。
「やっぱり、マリアンはわたしのためにこの舞台を用意してくれたんだね。わたしがこういう場を欲しがってるって、オイゲンさんに聞いたのかな?」
「……そうよ、父さんに指示されたの。あんたがうちとの敵対を利用して、自分の思想を広めたがっているって……迷惑をかけたお詫びに、うちが滅びてしまう前にグーベルトを利用させてやりなさいって父さんが言うから、最後に有効活用させてやろうと思ったのよっ」
カレンは先日、オイゲンが出した声明発表に感謝した。
それはカレンを追い詰めようとするものだったが、それでも、カレンにとっては自分の主張が広まることは渡りに船だった。
グーベルト商会との諍いも乗り気だった。
揉めれば揉めるほど人々の注目が集まって、多くの人の記憶に刻まれるだろうから。ゴシップとはそういうものである。
恐くないと言ったら嘘になるものの、目的を達成する手段としては悪くないと思ったのだ。
「オイゲンさんのご配慮、ありがたいね。マリアンからお礼を言っておいてくれる? そうえいば倒れたって言ってたけど、大丈夫?」
「あんたに心配されるいわれなんてないわよっ。全部わかっていたくせに、どうして……!?」
「負けるつもりでは来てないけど、今、この場では負ける可能性も織り込み済みだからだよ」
妥協して、負けてもいいと思ってここにいるわけじゃない。
「全力でわたしを叩き潰しにきてよ、マリアン。わたしの負けた姿がみんなの心に深く残って、誰もが忘れられなくなるくらいに」
カレンの目的は、できるだけ多くの人の心にカレンの考え方を刻み込むこと。
それさえ果たせるなら、勝ちでも負けでもカレンの目的は達成されるのだ。
いずれカレンがSランクの錬金術師になった時に、すべてを思い出してもらえるように。
それに、魔力なしに敵意を向ける人たちの注目をカレンに集められれば魔力なしから視線をそらせられる。
両手を広げてみせたカレンに、マリアンは顔を歪めた。
「魔力なしどもに、今、どれだけの憎しみが集まっているのか知らないの……? 私だって元々好きでもないけど、そんな私ですら彼らの憎悪はおぞましいと感じるぐらいなのよ……その憎悪がすべて、あんたに向かうことになるわよ。そうなるように誘導しちゃったのよ」
「助かるよ。正直、Fランクの人たちをどうやって守ったらいいかわからなかったから。わたしにヘイトが向かうなら、約束も果たせる」
カレンはホルストに約束した。ユリウスの状態を教えてもらう代わりに、今後偏見の目で見られることになるだろう魔力の少ない人たちを守ってみせると。
「ま、そうは言いつつ、マリアンを言い負かしてみんなを説得できちゃうかもしれないけどね?」
「無理よ。あんたに特別な策がないなら、私が勝つわ」
マリアンは静かに勝利を宣言した。
「あんたに負い目がある私だって、あんたの平等論には納得していないの。確かにたまにFランクでもあんたみたいに芽が出る人間はいるかもしれないし、そういう人の邪魔をするかもしれないと思うと恐ろしいけれど、それでも、やっぱりあんたみたいなやつが早々いるはずがないんだもの」
「だから、芽が出るとか出ないとか、そういう話じゃなくってさ――」
「悪いけど、私はあんたが何を言っているのか、全然理解できないのよ……理解させてもらえると思ったのに、残念だわ」
マリアンは静かな面持ちで言う。
そこには嫌悪も何もなく、ただカレンの言葉を理解できない当惑がある。
これがこの世界のごくごく一般的な感性、考え方、通底する思想。
一体どうして、たった一度の演説ごときでカレンがありとあらゆる人々の気持ちを塗り替えられると、マリアンは信じてくれていたのかが不思議なくらいである。
「それがあんたの望みなら、全力で叩きのめしてあげるわ、カレン」
カレンから目を逸らし、つかつかと離れていった。
喉元に魔道具を当てると、マリアンは集まる聴衆を見渡して朗々と言った。
『この女に改心の機会を与えたけど、無駄だったわ! この馬鹿げた考えを変えるつもりがないみたい! 私はこれからこの女の罪を上げ連ねていくわ。カレン、反論があるならここにいるみんなの前で主張してみることね! 私とあんたのどちらが正しいか、この場にいるすべての人たちが判断してくれるわ!』
カレンも必死で反論するつもりだ。最初から負けるつもりで諦めているわけじゃない。
だが、すべての人たちの説得は無理だろうと現実的に思うだけ。
そして、それを将来のための布石とするだけだ。
「ほんっとうにあんたって大馬鹿者ね、カレン」
マリアンは拡声の魔道具を一旦離して悪態を吐くと、再び喉元に当てようとした。
その時、聴衆の中から声が上がった。