主張の舞台2
「よく逃げずに来たわね、カレン」
カレンは商業ギルド前広場に設えられた舞台に上がった。
先に舞台の上に立っていたマリアンは、カレンを見下すようにほくそ笑んでいる。
この一週間、巷にはカレンに関するあらゆる流言飛語が飛び交っていた。
マリアンが流した情報だろう。
あらぬ噂や誤情報も飛び交っていたが、カレンが魔力の少ない身内のために、グーベルト商会に謝罪を要求しているという事実だけは変わらなかった。
そして、その甘さがダンジョンの異変を引き起こしたのかもしれないという尾ひれまで付け加えられていた。
その甘さに巻き込まれて兄を失ったグーベルト商会のマリアンが、カレンの罪を糾弾する――マリアンが触れ回ったために、大勢の見物人が押し寄せていた。
マリアンは拡声の魔道具を喉に当てた。
『カレン、私はあんたに悪いことをしたとは思っているわ。けれど、あんたみたいな人間は早々いないの。Fランクに生まれついた人間は、一生Fランクで生きていく。それが普通で、そういう人間にはそういう人間にふさわしい扱い方っていうのがあって、そんな人間相手にも対等で接するべきだと強制するあんたの考え方は異常なのよ、カレン』
普通、人は階梯を昇らない。
だから人の一生は大抵、生まれつきの魔力量によって決まってしまう。
魔力酔いをし階梯を昇る人間を身近に見て育ったカレンや冒険者街の人間が特殊なだけで、世間一般の人というのは魔力量が少ない時点で、半ば人生を諦める。
命をかけて戦ってまで人生を変えようとする人はほとんどいない。
いたとしても、その大半は死んでいる。
人生を諦めて、彼らは魔力量相応の仕事に就く。
魔力が必要のない仕事に就いていても、団体においては魔力量によって上下ができて、最底辺に追いやられていく。
魔力が必要のない仕事のように思えても、どこかしらで必ず魔力を使う仕組みに足を絡めとられてしまう。
Fランクの魔力量を持って生まれてきた人間に相応の仕事もまた、Fランクだ。
魔力量がFランクより多少はあっても、Fランクの仕事しかできないのであれば、その人間は人間としての器がFランクだとみなされる。
Fランクだとみなされた人間に対するこの世界の当たりはひどく厳しい。
かつて、カレンへの風当たりが強かったのもこの世の中の仕組みのためだった。
より優れた成果を出す人が優遇されるのはカレンだって理解する。
だけど、だからといって、Fランクが蔑まれるのは違うだろう。
ライオスと別れる前の自分はまさにFランクだった。
だからそういう扱いをされた。
『自分が異常だということを、この一週間で嫌というほど味わったんじゃない?』
「確かに、家に生卵をぶつけられたのははじめてだったよ」
カレンの主義主張が広まるごとにカレンに対する敵意の眼差しが増えていった。
流れる噂には嘘もあったが、彼らがカレンに敵意を送る理由については真実だった。
カレンを護衛してくれている、エーレルトの騎士たちによって犯人はすぐに捕まった。
これまで上手く人間関係を築いていたと思っていた近所の人で、少なからずカレンもショックを受けた。
『後悔しているのなら、今からでもその馬鹿げた考えを訂正したら許してあげるわ。あんたが自分の過ちを認めるなら、私も必要以上にあんたを責めたりはしない。あんたはCランクの上級錬金術師様なんですもの』
「訂正しない――だって、おかしいのはそっちだもん」
この世界の論理があるのは知っている。
強者が命を張らないと、生きることさえ難しい世界で、弱者に厳しい眼差しが集まることだってカレンもわかっている。
マリアンはバカにするようにカレンを笑って言った。
『何がおかしいっていうのかしら? 私にわかるように、ここに集まったすべての人に向かって説明して、納得させてみなさいよ!』
そう言って、マリアンはカレンに拡声の魔道具を投げて寄越した。
カレンはそれを受け取ると喉に当てて、聴衆を見やった。
アースフィル王国王都で暮らす人たちの、カレンの噂を信じ込んだ警戒の眼差し。
大市に合わせて都市近郊からも集まった、大勢の人たちの好奇の眼差し。
その間に紛れる、まさに今弾圧されようとしている人たちの期待と不安の入り交じった眼差し。
誰もが舞台の上のカレンを見上げ、カレンが何を言うのかを待っている。
カレンはすうっと息を吸い込んだ。
『王国騎士団に入るのが大変なのは、わたしだって知っているけどね?』
「――はあ?」
マリアンが言葉の意図を理解できないとばかりに怪訝な顔をする。
聴衆の大半が、一体何を言い出したのかという目でカレンを見上げている。
『王国騎士になれたら、エリートだよ! だけど、エリートになったからって、それが偉いことからって、それまで支えてくれた婚約者が自分と同じぐらい偉くないからって、低ランクだからって、魔力量もそんなにないからって――ボロ雑巾みたいに捨てていいわけがなくない!?』
エーレルトで冒険者たちを煽った時とはまったく違う。
聴衆たちからの手応えがまったくない。何も返ってこない。
白けた空気がひしひしと伝わってくる。アウェー感が半端ではなかった。
しかし、カレンはひとりでボルテージをあげていく。
『確かに今は和解したけどね!? わたしを捨てた元婚約者がわたしに謝ってくれたから!! だけどそれって、わたしに血筋の祝福を癒やす力があったからだよね!? わたしに能力があるとわかったから、謝ってくれたんだよね? だけどわたしが献身した時間には、この気持ちには、能力とか関係ないんですけど?? わたしに何の能力もなくても、元婚約者は反省したかなぁ!? しないよねえ!? それってわたし、おかしいと思うんだよね!!』
「待って、あんたの主義主張って、そこから来てるわけ!?」
マリアンは悲鳴じみた声をあげて頭を抱えた。
「そんなくだらない理由でこんな大立ち回りをしてたわけ!?」
『くだらなくなんてない! おかしいのは、この世界!!』
カレンはビシッとマリアンに指を突きつけた。
『だから、わたしは世界を変えてみせる』
「バッッッカじゃないの!?」
つまるところ、そういう話だった。
綺麗事ならいくらでも言えるけれど、人を説得しようというのだから、自分の内側から出てきた言葉でなければならないだろう。
ユリウスには中々言いづらい本音ではあるが、すべてはここからはじまったのだ。
ちなみにユリウスには、これは平民同士の諍いということにした方がいいから、などという適当な理由を付けてここには来ないようにお願いしている。
ライオスに未練があるなどと思われては大事である。