主張の舞台
錬金工房に帰ってくると、そこにはユリウスとサラも集まってきていた。
帰り道にポーションを使ってボコボコにされた顔を治しておいてよかったと胸を撫で下ろしつつ、カレンはボサボサの髪を手ぐしで直した。
「カレン、大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ、ユリウス様。お互い、手加減はしていましたし、一発ぐらいは殴らせてあげても罰は当たらないと思いますから」
イザークは死んだのだ。そして、今日の慰霊祭で弔われることもなかった。
何者か――ホルストの一味に踊らされたとはいえ、彼らの計画に加担したからだ。
そして、イザークが思いあまった理由は恐らくカレンにある。
カレンの存在は、そしてカレンが成し遂げてきた成果は、間違いなくイザークを追い詰めただろう。
マリアンがカレンを恨んでもおかしくはなかった。
なのに、マリアンは何故かカレンのために働いている。
もう、契約にも縛られていないのに。
「……もしAランクの冒険者が聞き耳を立てていたとして、わかりますか?」
「小声でしゃべってくれれれば、オレは気づける、とは思うけど――絶対かって言われると自信はねーな」
「錬金工房の作業室内ならば聞き耳は立てられないはずだよ、カレン。この錬金工房には工房の秘密を守るための魔法がいくつかかけられているからね」
「そうなんですか!?」
「だからヘルフリート兄上とアリーセ義姉上はこの工房を君に送ったのだよ」
秘密の多いカレンが秘密を守れるように、贈り物をしてくれたという。
ありがたさを噛みしめる暇もなく、カレンは錬金工房の中に人々を招き入れた。
中に入るやいなや、サラがカレンに向かって頭を下げた。
「カレン様、私の管理が甘く、マリアンをやすやすと解放させてしまい、申し訳ございませんでした」
「謝らないで、サラ。契約解除はAランク冒険者の魔道具によるものだし防ぎようがないよ。それに……マリアンはわたしたちを裏切ったわけじゃない。むしろ、わたしの気持ちを汲んで、Aランク冒険者が暴走しないように食い止めてくれているんだよ」
「それはマリアンをよく捉えすぎではないでしょうか? カレン様、マリアンの根本は変わっておりませんよ? カレン様に遠慮するようにはなりましたが、それはカレン様がマリアンにとって尊重すべき護国の力をお持ちの方だとわかったからです。その芽を自分が潰しかけたことに強い反省の念を抱いてはおりましたが……」
「うん。そうだね。わたしが力を示さなかったら反省はしなかったよね。もしもわたしが弱いままだったら、こうはならなかった」
カレンはマリアンがカレンを裏切るとは思っていなかった。
カレンという個人に対してマリアンが本気で命をもって償おうとしていた姿勢を信じていた。
だが、Fランクの人々のためにここまでしてくれるとも思っていなかった。
確かにカレンは彼らに心を寄せているけれど、それでもカレンとは関係のない人々だ。
マリアンのような人は珍しくない。
階梯の低い者に対する世間の人々の眼差しは冷たく、その冷たさに彼らが反乱を起こす可能性があると知れば、無関心の冷たさは苛烈な嫌悪感に姿を変えかねない。
世の中がそう変わることを何故か、マリアンが止めようとしている。
「何か企んでいるのかもしれません」
「そうかもね」
カレンはサラの言葉を否定せずにうなずいた。
「人がたくさんくる大市の開催日に、わたしを訴えるんだって。それまではAランク冒険者の暴走を防いでくれるそうだから、あとはわたしたちで何とかしないといけない」
「ねーちゃんに八つ当たりしようってんだろ? とりあえず、ミトラはオレがぶっ潰すよ。正直オレだけじゃ不安だから冒険者ギルドにも掛け合って仲間を集めるよ」
「一週間後だね。私の方で王国騎士団に相談を上げることはできるが、その場合、ボロミアス殿下を敵に回すことになるかもしれない」
「あの王子様を?」
カレンが首を傾げると、ユリウスは苦み走った顔になった。
「ダンジョンでの顛末をもって、ボロミアス殿下はますます強者絶対主義に傾倒するようになってしまったのだよ。自力では生き残れない者たちを無理に生かした結果が先の事件だと思われたらしい。今は偏った思想を持つ側近を側に置き、日々不平不満を言っているそうだ。あちら側に合流しかねない」
「でしたら、平民同士の諍いということで収めた方がよさそうですね」
ボロミアスはダンジョン調査隊での不始末で慰霊祭での立場を追われ、腐ってしまったという。
カレンの味方になってくれる貴族を巻き込んでは、あちら側の貴族も出て来かねない。
王子主導で弾圧など行われたら、カレンにはなすすべもなくなってしまう。
あくまで平民の問題であるということにしておけば、貴族も王子もわざわざ首を突っ込んでこないだろう。
彼らにとって、平民などというものは取るに足らない存在だ。
「カレン様のランクを公表してはいかがでしょう? カレン様がBランクの錬金術師であることが明らかになれば、マリアンも訴えるなどという馬鹿げた真似はしなくなるでしょう」
サラの言葉に、カレンは首を横に振った。
「マリアンが言うには仲間は大勢いるっていう話だった。複数の不穏分子が集まっているみたい。その中でマリアンがまとめる役割を〝勝ち取った〟だけだから、冒険者やマリアンを止めるだけじゃ多分、この流れは終わらないと思う」
「ではカレン、どうするつもりなんだい?」
「どこの誰かもわからない人たちを、世間を、説得する必要があります。魔力量が少なくとも、低ランクであろうとも、何もできることがないとしても――」
ユリウスの問いに答えながら、カレンは顔を上げて窓の外、マリアンのいるだろう方角を見やった。
カレンの要求を認めないグーベルト商会を相手に戦うことで、カレンの主義主張を世間に広めること――それを広く認めさせること。
イザークという犯罪者を出してしまい、傾いてしまったグーベルト商会相手ではもうできないと思っていたことだ。
「――生きているだけですべての人に価値があるのだということを、証明し、認めさせるための必死の努力がしたいんです」
これは元々、カレンがやりたかったことだった。