慰霊祭
「ダンジョン調査隊の献身のおかげで、ダンジョンに異変をもたらしていた悪しき者たちを捕らえることが叶った。そして、私たちアースフィル王国は、シビラ王以来のペガサスを手に入れた。これは女神の祝福である」
「うきゅ!」
大神殿の壇上のヴァルトリーデの言葉に、腕に抱かれたヴァイスが合いの手を入れる。
「女神に祝福されし勝利をもたらしたのは、護国の戦士たちの捧げた献身である。私は王族として、そなたらの、そして亡くなった者たちの身命を賭した献身を女神に報告しよう。未知の悪に恐れず立ち向かった勇気と偉業を讃え、その犠牲に報いよう」
今日は特別慰霊祭が開催された。
慰霊祭とは国のために戦い亡くなった護国の戦士のために開催される式典である。
国の要請で神殿が開催し、護国の戦士たちの魂が女神の階梯に昇れるように祈りを捧げる。
今回の慰霊祭は、アースフィル王国のために戦って亡くなったすべての者のための祭ではなく、ダンジョン調査隊の者たちのためだけに開催される特別な慰霊祭である。
会場は大神殿。ダンジョンの門がある神殿ではなく、王宮前広場にあるアースフィル王国王都で一番大きな神殿だ。
参列者は大神官と神官たち、国王をはじめとした王族たちと、ダンジョン調査隊の参加者たちである。
そのため、カレンもヴァルトリーデの部隊の人間として式典に出席している。
そしてヴァルトリーデはダンジョン調査隊の第一席を宛がわれ、式典の中で調査隊の代表として演説させられているところである。
先程までは真っ青な顔をしていたものの、壇上に上がったヴァルトリーデの姿は立派なものだった。
「ご立派ですわね……」
「一見すると、ですね」
イルムリンデの言葉にドロテアとカレンは苦笑した。
つい先程まで、兄と同じように病欠したいと駄々をこねていた人である。
本来ならば、ダンジョン調査隊の代表者として演説するのはボロミアスの役目だ。
だが、ボロミアスの管理下にいたホルストを逃がしてしまった。
見張りがいたにもかかわらず、煙のように消えてしまったらしい。
ボロミアスは首謀者にかなり近しい犯罪者を逃がしたかどで咎められ、表だって処罰はくだされなかったものの、慰霊祭への出席を許されなかった。
病気療養のためという名目で欠席させられている。
それによって、ヴァルトリーデが繰り上げ当選してしまった形である。
ダンジョン調査隊にいた王族はボロミアスとヴァルトリーデだけだった。
それで終わるならばともかく、ヴァルトリーデは傍目から見れば敵の基地を破壊しペガサスを連れて帰ってきた功労者だ。
基地の破壊によって証拠や組織の手がかりは手に入れられなくなり、損害は大きいらしいものの、それでも一見してヴァルトリーデが建てた手柄は大きい。
そのために、この慰霊祭において、王族的に言えばヴァルトリーデはもっとも美味しいポジションを得た。
慰霊祭という死者を悼む場とはいえ、式典の場で存在感をあらわすことは、王族にとっては華々しいことであるらしい。
だから、王族の席に並み居る王族の、ヴァルトリーデの家族らしき人々からヴァルトリーデは明らかに熱心に見つめられていた。
ヴァルトリーデ的には睨まれているように思えるらしい。
親兄弟たちは誰もがヴァルトリーデがこの場にいることを疑問に思っていて、ふさわしくないと思っているに違いない、とヴァルトリーデは信じていたし、実際にそうなのかもしれない。
それでもヴァルトリーデはダンジョン調査隊に参加した王族のひとりとして、出してしまった犠牲者たちを悼み、貢献に感謝し、讃えきった。
「ウウッ……みんな私を見ていた……何かヘマをしたかもしれぬ……」
フラフラと戻ってきて一番にヴァルトリーデは泣き言を言う。
「ご立派でしたわ、ヴァルトリーデ殿下」
「ええ、一見しただけなら決して王女殿下のお心は見破れませんから、大丈夫です」
「そうであるならばよいのだが」
イルムリンデの結構失礼な発言も、ヴァルトリーデ的にはいいらしい。
次に登場したのは大神官だった。
カレンはその姿を見るのははじめてだった。
壮年の男性に見えるが、カレンが生まれるずっと前から大神官は変わっていないらしいので、かなりお年を召されているはずである。
女神に仕えるため、神官の階梯は高くないといけないとされている。
そのため、神官には魔力量がCランク以上の人しかおらず、大神官になる人物はSランク以上の魔力量を求められる。
だから若々しく見えるだけで、すごい年齢であるはずだ。
カレンはあまり熱心な信徒ではないので、ダンジョンに行くついでにダンジョンを管理する神殿でたまにお祈りするくらいだが、熱心な女神の信徒たちは毎週ある女神礼拝の日に神殿でお祈りしている。
そんな敬虔な人々にとって大神官を目の当たりにするのは貴重な機会らしく、死者を悼むというより感激の涙を流している人もいた。
「勇敢に戦った護国の戦士たちを女神の園に送るため、どうか皆さんも、私と共に女神への祈りを捧げてください」
女神に近い階梯にいる、と信じられている大神官が祈ってくれれば、女神の園に行けるに違いない、と多くの人が信じている。
信心深くはないカレンだが、亡くなった冒険者たちの存在はあまりに身近だ。
カレンは唇を引き結んで、胸に手を当てて目を伏せた。
今回トールが、ユリウスが死ななかったのは運が良かっただけだった。
父のように帰ってこない可能性はいつだって、誰にだってある。
そう思った瞬間、背後にいたユリウスがカレンの肩に手を置いた。
カレンはその手の上に、胸に置いていない方の手を重ねた。
ヴァルトリーデたちも神妙な面持ちで口を噤み、目を伏せる。
大神官が言葉を発するために息を吸い込んだ瞬間、水を打ったように大神殿内が静寂に包まれた。
「女神よ、護国のために生をまっとうした者たちの魂を、どうか貴女の階梯に招き入れてください。階梯の低き者も高き者も、冥き地下の森で迷うことがないように、貴女の慈悲と愛によって導かれ、無事に貴女の階梯にたどり着けるよう見守ってくださいますように。高みに登った魂たちがやがて浄化され、女神の園で完全な肉体を与えられ、永遠の命を生きることを許されますように」
女神の実在はカレンも実感している。
ならば、女神の園も実在するのだろうか?
時折浮かぶ疑問を胸に抱えつつも、カレンはその実在を強く女神に祈願した。